開花/あんたに会いたかったんだよ
第32話
『心配要りません。どうせ最後はここが主戦場になりますよ』
と、言った稀梢の言葉が耳に甦る。
――なぜ?
テノチカ神威少佐は
『でなければ、ここに武官の神官が全員集められるのはおかしいでしょう?』
――たしかにそうだ。
神威士官八名が、仮に全員戦死したとしてもこのクイコチャ湖に残る神官がいれば、祭祀はつつがなく行われる。
神威士官を安全地帯に『待機』させ、温存する必要はない。
また近代兵器の発達で、まさに鬼神の如き威力を発揮する兵器、相手に気づかれずに襲撃できる兵器には事欠かない。
神威士官は神のちからを借りて、常人にはおよびもつかない特別なことができはするが、現代ではすべて機械で代替できるのだ。
神威士官は兵器としても信頼性と威力の面で、過去の遺物になりつつある。
――ならば、なぜ我々はここに配置された?
神威士官、いまいる八名全員が、アタカウカ将軍のクーデターのとき、テパネカ王国から逃げ出す親族に見捨てられた王族か、貴族、武官系の神官一族の子供たちだ。
脱出用のヘリコプターや、プライベートジェット機の席の空きがなく、捨てて行かれたこどもたち。
親や兄弟、妻やその子、主要な使用人よりも優先順位の低かったこどもたち。
アステカ王国時代から、この国の国民的な認識として、正式な婚姻関係にある男女以外の関係は、非常に不道徳なこととして蔑まれてきた。が、もちろんそんな関係が皆無だったわけではない。そして、金持ちや地位のある人々は、世間の目からは隠すように、そういう関係のもとに生まれた子らを養育してきた。
養子に出されるのならまだいい。
ほとんど屋敷の外に出されることなく育てられるこどもたち。
アタカウカ将軍は、見捨てられた彼らを保護した。
彼らがこれまでどんなに苦しい境遇を耐え忍んできていたとしても、市井のひとびとからすれば『これまでいい思いをしてきた王族、貴族の子』であり、かつ『不道徳な関係のもとに生まれた子』である。
二重の排斥を受ける可能性の高い彼らを保護し、適性のある道に進ませる。
適性のある、とは言うものの、軍関係と、神殿付の職に進む者が多かったのは、致し方ないところだった。
将軍の後ろ盾をもってしても、国民感情は操作しがたい。
姓を変えても良い……アタカウカ将軍にそう提案されたとき、断ったのは何故だったか。おなじ境遇の子のなかには、姓を変えた者も多かった。
王族を初めとした彼らは、もともと神官の適性が高い。
ふつうのひとには見えないものが見える。
屋敷に軟禁されてきたせいで、常識にも疎い。
だから姓を変えたところで早晩、出自を疑われるとあきらめていたのか。
自分だって、王族なのだ、この姓を
十五年前の自分の気持ちは、いまとなっては煙る鏡に映し出される像のようで、よく分からなかった。
テパネカ共和国は、内戦のどさくさ、人員不足もあって女性兵士の採用を始めていたし、将来的には神官職につく道を女性にも拡げるもくろみもある。将軍の保護したこどもたちは、男女とも軍に進む者、神殿付に進む者に別れて、それぞれの道を歩んでいた。
軍に籍を置いたのが、八名。テノチカ神威少佐も、そのひとり。
『おそらく、問題はじゃがいもの精霊と、
そう言った稀梢の、困ったような顔が思い出される。
――たしかにこの人員配置にはなにか意味がある。が、大将軍からも、なにも示唆はなかった。確証がなかったからか? 我々が事前に知ってしまうとなにか不都合なことがある?
そうかもしれない、とテノチカ神威少佐は溜息を吐いた。
神威士官は自身のちからを
我が身を振り返ってみてもそうだ。
生まれの問題もある。異形のちからを使うのも。
なにより、自分が他者となじめない。
廃鉱の穴から湧き出した黒煙。地震。巨人の右腕。
ピチンチャ火山と、カヤンベ火山……火山と言えば、コタカチ火山……ここは違法祭祀の現場にはならなかったが……このクイコチャ湖は、コタカチ火山の噴火でできた湖だったか。ほかにもある。
キトをはじめ、ここは火山に囲まれている。
――違うな、アンデスの峰は、どこで噴火してもおかしくない。
プレートの沈み込みによって生まれた山々、だったか。
火神シウテクトリに抱かれた世界。
――そう、まるで……『循環図』のように。
ふと、視界の端でなにかが揺れた気がした。
馥郁とした甘い香りが鼻腔をくすぐる。
花片が足元に落ちた。
――どこから? ここに庭はない。
と、いうよりここは
気がつけばあたりはどこか薄暗い。
まだ正午をすこし過ぎたばかりだというのに。
そう、正午。
彼らは、火山に向かった彼らは無事だろうか?
右手を見上げれば、通路の壁面には
花咲く楽園。
冥界から骨を譲り受けてきたケツァルコアトル神と、キラチトリによって第五の世界の人が創造された場所。
その広場の中央に聳える巨大な木。そして満開の花々。
花が、咲いていた。
腕を拡げるように、世界に語りかけるように、燃えさかるように、煌びやかに、命の限りに、花が咲いていた。
壁画の花が。
壁面から枝が伸び、現実世界で花が開いていた。圧倒的な甘い香り。煌めくような緑の葉群。
そして、白く、紅く、黄色く、開く花々。
現実世界を侵食している――
――これは、なんだ?
夢を見ている?
そのときだ。
ドン、とおおきく地面が縦に揺れる。
続けて縦揺れ。
煙だ!
火柱だ!
と、外で叫び声がした。
壁画からこちらにはみ出してくるように咲く花から視線を引き剥がし、窓から外を見る。
――噴火だ。
テノチカ神威少佐は息を呑んだ。
キトの方向に噴煙が上がっている。
と、同時に「敵襲!」との叫び声が上がった。
クイコチャ湖と湖岸を結ぶ橋。
その向こうでなにかが蠢いている。
明るいはずの外もまた、なぜか薄暗く見える。
テノチカ神威少佐は
十五の月
ピチンチャ火山噴火
同日同時
神都、王国支持派により襲撃さる――
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