第9話

 どこかも分からない施設の中を、ただひたすらに進み続ける。耳を澄まし、神経を研ぎ澄まし、不意の一撃を貰わないように。


「どこだ、探せっ!」


 あらゆる場所から、俺を探す声が聞こえる。その中から孤立していそうな者を探し出して、背後から忍び寄り、首に手をかける。力いっぱい捻ると、力なく倒れ込む。頭があらぬ方向を向いているが、それほど罪悪感は覚えなかった。


 殺した兵士の装備は、裏世界で見たジャッジとよく似たものだった。だが、一部の意匠が異なる。所属する部隊によるものなのかもしれない。ともかく、俺をここに監禁した連中とジャッジが繋がっていることは、ほぼ確定したと見ていいだろう。


 あの部屋を出てからどれくらいだっただろうか。ここに来るまで、五人殺した。やらなければやられるという状況下で、相手を殺さずに制圧してやれるほど、俺は器用な男ではなかったらしい。正当防衛だということを自分に言い聞かせ、ここまで何とか、捕まらずにやってきている。


 だが、それももう限界が近い。全方向から敵の声が、足音が反響して聞こえてくる。そんな中で、不意打ちを受けないように精神をすり減らしながら、どこにあるかも分からない出口を探すのは、自分が思っている以上にメンタルがやられる。


「見つけたぞっ!」

「ちっ……」


 油断していたからか、あるいは、疲弊からか。近づいてくる敵に気づかずに、先制攻撃を許してしまった。飛来する銃弾を、先ほど殺した兵士の死体を盾にして防ぎながら先へ進む。角を曲がったところで待ち構え、相手の姿が見えると同時に、死体を投げつける。


 相手が姿勢を崩すと、一人目に殺した兵士から奪っていたハンドガンで、敵の頭を撃ち抜く。とっくに、敵の銃声で位置は知られている。今はとにかく、早急にここから立ち去る必要があった。


 追いかけてきた兵士が動かなくなったのを確認すると、すぐさまその場から離脱する。先ほどまで全方位から聞こえていた音が、着実にこちらに向かっているのが分かる。一言で言えば、絶体絶命というやつだ。


「いたぞっ、あそこだ!」

「ぐぅっ……!」


 分岐路を越えた直後、その先の通路にいた二人の兵士に捕捉され、銃弾を浴びせられる。そのうちの一発が、左肩に命中した。すぐに引き返して、もう一方の道を走る。


 撃たれた箇所が、焼けたように痛む。弾は貫通したような感覚があったが、だからこそ、余計に血が流れる。血が流れれば意識が遠のく上、相手に常に位置を知られるようになる。今すぐにでも止血したいところだが、後ろからは先ほどの二人が追いかけてきている。悠長に立ち止まっている暇はない。


「こんなところで終わるか……終わってたまるか……俺は、ぴりりちゃんに信用された男だぞっ……ぴりりちゃんを裏切るな、如月冬子っ……!」


 自分に言い聞かせるように唱え、ただひたすらに走る。後ろからは銃弾の雨が降り注いでいる。時には掠め、時には腕を貫通し……幸いなことに、走るための足には一発も命中しなかった。まだ、走ることはできた。


「はっ……はっ……」


 また、分岐路だ。迷っている時間はない。突き当たると同時に、首を左右に素早く振る。そして、その状況に絶望した。


「……嘘だろ」


 分岐路の先、そのどちらの通路にも兵士が待機していた。こちらに銃口を向けるようにして。


 先回りされていたのだろう。後ろからは先ほどの二人が追いつき、三方向からじりじりと、距離を詰められる。


「……万事休す、か」


 打つ手がない。兵士は全部で七人。しかも三方向に展開しているときた。この状況を打破する手段は、今の俺には、ない。


 何かを企んでいると思われたのか、背後にいた兵士が、俺の右足を撃つ。片膝をつくと、今度は左足を撃たれた。


「くっ……あっ……」


 思わず、その場に倒れ込んだ。起き上がろうにも、全身に力が入らない。例の火事場の馬鹿力も、ここまで血を流すと機能してくれないらしい。


 視界が滲んでいく。もうどうすることもできない。後頭部には冷たい触感があった。まるで、銃口を突き付けられているようだ。


「……悪く思うな、如月冬子」


 銃口を突き付けていた男が、そう告げた。そうして、ゆっくりと、引き金を引く。



 閉幕というのは、どんな時も、案外あっさりとしたものらしい。












「……おじ様、大丈夫かなぁ」


 ぴりりは椅子に座ったまま、足をパタパタと揺らしている。如月がシェルターを出てから、丸一日。シェルターのは既に完了し、安全は確保された。だと言うのに、如月からの連絡がない。


 如月のことだ。何か問題があれば、すぐにぴりりの配信にやってくる。そう考え、ぴりりは今日だけで三回、ゲリラ配信を行った。いつもならゲリラ配信だろうとすぐに飛んでくる如月……カラアゲサンドマンは、その日に限って、一度も姿を見せなかった。


「あのおっさんなら大丈夫だろ。あんたのためなら死んでも死にきれないタイプだよ、アレは」


 烈王は携帯を弄りながら、そう言った。ぴりりは、彼女が僅かに貧乏揺すりをしているのを見逃さなかった。何か、不安に感じている時に出る癖だ。


 チクリと、胸が痛む。如月の言葉を信じ、送り出したのは果たして正解だったのか。


「そうだと——いいね」


 ぴりりは配信のコメントを見返しながら、心ここに在らずといった様子で、呟いた。

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