第41話 オタクに優しいギャルと何にもない僕と③

 打ち上げはお開きになり、オシャボ君とミカさんはタクシーに乗って鶯谷へと行ってしまった。俺とタエコと高橋がその場に残されたけど、あまりにも微妙なメンツなので自然と解散の流れになった。と思ったのだが、電車に乗った後。


『愚痴らせてよ。鶯谷来て』


 とタエコからメッセージが届いた。俺が鶯谷の駅を降りるとそこにはタエコがいた。


「ほんとにラブホ街なんだね」


 そういうタエコの顔はどこか暗い。こういうときは嬉し恥ずかしな顔をしていた欲しいものだが。


「行くか」


 俺はタエコの手を取る。彼女は黙って俺についてくる。俺たちはラグジュアリーな外見のラブホに入った。そして部屋に入った瞬間にタエコの唇を奪う。


「ちょ。やめ。だめ…」


 俺はそれを無視して舌を絡め続ける。そのまま彼女をベットに押し倒す。


「ねぇ。そうじゃないの。うち愚痴りたくて」


「他の男の話でしょ。聞きたくないんで。そういうの」


「だからってこんなの…あっ…ん…」


 それでもタエコの身体は快感に震えてる。敏感な肌は誰かへの不満さえも超えて感じ始める。俺は都合にいい男じゃない。だからタエコと高橋の間の葛藤なんてしったこっちゃないんだ。













 僕は田村さんの秘密を知った。彼女はエロマンガを描くのが趣味だった。いや。趣味ってレベルじゃない。


「うち。エロ漫画家になりたいんだ」


 誰もいない教室で田村さんはそう呟いた。その笑みは普段の明るいものではなくどこか深い穏やかなものだった。


「女の人なのに?」


「そんなことないよ。女の子だってエッチなこと好きだし。それにさやっぱり性の話って人間の根源じゃん?追求しがいがあるんだよねぇ。エロマンガってみんなエッチしてるだけの話なのに作者の個性がもろに出るの。同じようなお話、設定、キャラなのに全部違うの。面白くない?それってさ」


 確かにその通りだ。エロマンガなんてパターンは限られる。なのに作者次第でそれは無限大に個性を発揮する。


「それにエッチなだけじゃなくて、恋とか友情とか。そういう複雑な感情を短い話でまとめて表現できる。すごいテンプレなんだよエロマンガって。異世界転生なんて目じゃないよ。うちはそう思う」


 田村さんは本当に楽しそうに語ってくれた。それは今まで教室で見たこともないような美しさで。それを見れることが僕には幸せに感じられたんだ。


「でもさ。最近ちょっとスランプ。絵は上達していってるつもりなんだけどね。お話とか構図とかがなんかうまくいかなくてさ。やっぱり一人じゃ限界あるのかなぁ」


 どんな趣味でもスランプが来ると聞いたことはある。僕はその瞬間少し邪なことを思いついてしまった。だけど僕は思ったんだ。彼女の横顔を見ていたいと。人生で初めてだ。何かを強く手に入れたいと思ったのは。


「なら僕が手伝いましょうか?」


「え?手伝う」


「はい。漫画家さんだって編集と相談しますよね。田村さんはいま一人でやってるからスランプなんですよ。僕もエロマンガ始めます。一緒に頑張ってみませんか?」


「高橋…!!」


 田村さんは俺の両手をがっしりと握ってきた。強いつからなのにとてつもなく柔らかい。そして細くて繊細。この指が僕を感動させてくれたんだ。


「じゃあ一緒に頑張ろう!高橋…えーーとじゃなくて。下の名前は?」


「松吾郎です」


「マツゴロー!これからよろしくね!じゃあ早速!」


 田村さんは俺の手をひっぱる。


「マンガグッズ買いに行こう!」


「どこ行くんです?」


「秋葉原!!」


 僕は田村さんに誘われ、漫画の世界へと入って行くことになったのだ。







 







 一緒に風呂に入っているときにタエコがぼそりぼそりと呟いた。


「うちは最初の頃は何も気づかなかった。だからマツゴローといっしょにマンガやって楽しかった。マツゴローのアドバイスは的確だったし、アシスタントしてくれるのも完璧、うちは自分の漫画がどんどん上達していって楽しかった。二人で創作を楽しむことが何よりも楽しかった。だから気づいたときにうちは。うちは…」


 そしてタエコは涙を流す。そして俺の首に抱き着いてわんわんと泣きだす。


「出会わなければよかった!そうすればうちはただ趣味でマンガやるだけのワナビで気楽にいられた。上を見て届かないって諦めて自分の分を知ってでもそこで楽しんでいられる気楽な女のままいられたの!無理だよ。無理なの!無理だった!」


 タエコは子供の様に泣き続ける。


「レイジぃ!抱いてよ!エロマンガなんて偽物じゃなくて本物のエッチで上書きしてよぅ!痛いの寒いの苦しいの!抱きしめて!うちをめちゃくちゃにしてぇ!!」


 ああ。なんだ。この子も壊れてるんだ。だからなんだろうな。今俺の腕の中で喘いでいるのは。タエコの魂の叫びの一端に俺は触れた。これは恋愛の一部なんだろうか?俺にはそれがわからなかった。

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