第33話 君の夢に俺はいない④~氷室和~

 ニコがMVへの出演を快諾して、事務所も了承しプロジェクトはスタートした。と言っても特に俺がやることとかはない。仕事は全部玄武さんがやってる。俺は普通に大学に通う日々である。


「伏せカードをオープン。チャラ男ウザ絡み発動!くくくレイジ殿のヒロインはこちらの陣営に入り、プレイヤーにデバフでおじゃる!」


 最近がっつりとカードゲームにドはまりしている俺は大学でひたすらバトルに勤しんでいた。


「くっ!ずっと伏せていたカードがやっぱりヤバかったか!?ところでよく見るとなんか似てない?」


 俺は傍でエロ可愛いヒロインが表紙のラノベを読んでいるオシャボ君に目を向ける。オシャボ君ってなんかエロマンガ漫画とかに出てくるチャラ男にヴィジュアル似てる気がするんだよね。


「えー似てるかなぁ?むしろチャラ男はお前だろ。超ナンパチンぽマンのくせに」


「いや似てるっしょ。つーかおれはチャラくないし。むしろ硬派だし。オラ!カウンターカード発動!お隣に住む幼馴染発動!」


「あな!いとわろしでおじゃる?!」


「お隣に住む幼馴染の効果によってヒロインは自陣に返ってくる。そして相手プレイヤーにダイレクトダメージ!」


「ぐはぁ!!昼もあけぼのぉ!!」


「くくく!勝負あったな…」


 カードバトルに勝つととても気持ちがいい。というかこの男の園が意外にも居心地がいいのだ。女の肌のようなもっちりとくっついてくるような温かさではなく、暖炉の前のような暑さも感じるような温かさがいい。そんな男の園には女の子はニコしかいない。ニコはモニターに自分が演じるキャラクターのアニメを写しながら、早口でその演技についてオタクたちに語っていた。それを小川は背を壁に預けながら優し気な目で見詰めていた。その小川をオシャボ君は憐れむような悲し気な目で見ている。


「小川には強く生きて欲しいよ…」


 やめて欲しい。その言葉は俺に滅茶苦茶刺さる。


「あ!本当に食堂の一部を陣取ってるんだね!あはは!すごーい大学生って流石だね!」


 明るくてはきはきした綺麗な女の声が聞こえた。そこには明るいロングの茶髪のきれいな女の子がいた。


「あれ?土橋さん?どうしてここに?」


 小川が首を傾げて驚いている。どうやら知り合いらしい。


「氷室さんに会いに来たんだよ!アニメの仕事で現場一緒になるかと思ってたんだけど、意外に被らないから、会いに来ちゃった」


 周りのオタクたちは土橋と呼ばれた女の子を見て、ざわめいている。


「あの土橋咲良?!」「アイドル声優新人ナンバー1の!?」「サイン欲しい!」「握手チェキしたいでごわす…」


 有名人っぽい。俺はオシャボ君の方に振り向く。


「有名っぽいね」


「だな。たしかにかわいいし。まあ俺の彼女ほどじゃないけどな」


 彼女自慢でどやってるオシャボ君がかわいい。


「やだぁ♡惚気てるぅ!ミカさんに今の発言チクっちゃおうっと!」


「あはは!やめろよぉ!こらこら!あはは!」


 俺たちは土橋さんを放って二人の世界で戯れる。


「土橋さん。用。何?」


「氷室さんがデビューしたお祝いしに来たの。ケーキ持ってきたよ」


 スマホを弄ってミカさんに電話をかける。オシャボ君が照れ臭そうにしてるけど、電話は止めない。


「あ、食べる前にSNS用の写真いい?」


「かまわない」


「いぇーい!あれ?氷室さん!もっとニコニコしてよ!」


「いぇーい(棒)」


「お澄まし顔だと人気出ないよ」


「ファンは演技についてくるものだから」


 ミカさんが電話に出たので、オシャボ君がさっき言っていたことを話す。


「ミカさんミカさん!オシャボ君が土橋さんっていうなんか有名なアイドル声優よりも俺の彼女の方が可愛いとかって言ってたよ!」


「おい!ばらすなよ!はずいっつーの!」


 電話の向こうのミカさんは嬉しげな声でふふふと笑っていた。そして電話を切った。


「ミカさん今渋谷の円山町にいるって。これはあれだな。あれだよね」


「え?おいおい!?」


「待ってるってさ!早く行ってやれよ!この色男!」


「まじかよ?!昼から?!昼から円山町愉しんじゃうの?!俺そんなにリア充なの?!サンキューレイジ!行ってくる!!」


 俺たちは拳をぶつけ合う。そして友の旅立ちを祝った。昼からラブホでパコパコパーティーとか羨ましいわ。幸せに!


「アツアツだなぁ。ふっ。羨ましいぜ」


「ていうか。あの。本人目の前でなんかすごく失礼なやり取りしてるよね?!君自覚ある?!」


 気がついたら土橋さんが俺の顔を覗き込むようにしてプンプンしてた。これ本気で怒ってないな。アイドルのかわぃいポーズの一種っぽい。


「いやすまんすまん。俺はミカさんと君は同じくらい可愛いと思ってるよ」


「あれぇ?なんだろう?フォローが微妙?そこは嘘でも私の方が可愛いとかいうべきじゃないかな?」


「嘘はあんまりつきたくないんだよね。できるだけ正直でいたい」


 これ以上嘘重ねてカルマ貯めるのは勘弁である。


「あなたって変なひとなんだね。あたしが目の前にいてもちっともおどおどしてないし。昔なじみの小川君ならともかく、これでもアイドルだから男の子はメロメロにする自信あるんだけどなぁ」


「へぇ小川の友達なんだ」


 ニコの方を見ればテーブルのケーキが三切れあるのがわかった。ニコと小川の分のようだ。三人で顔なじみか。


「じゃ俺はお邪魔なので、ここで失礼させてもらうね」


「あっ!だめ!待って待って!」


 土橋さんが俺の腕を掴んでくる。


「どうせなら君も来てよ。なんか君面白いし、二人ともとも知り合いなんでしょ?学校での氷室さんと小川君について聞いてみたい」


「ええぇ」


「ケーキ半分あげるから」


 これ断るのも不自然だな。なんかこの子からは観察力の高さを感じる。ここで逃げたら疑われそうな気がする。だから俺は誘われるままに小川たちがいるテーブルについた。席はちょうどニコの正面で小川の隣だった。


「え?土橋さん?なんで?」


 小川が俺のことをちょっと嫌そうな目で見ている。この間のお馬さんごっこ事件以来、俺と小川の関係は微妙だ。俺はニュートラルだけど、向こうが避けてる。


「二人の学生生活がどんな感じかなって知りたくて。第三者による検証ってやつだよ!」


 土橋さんはこの学校の人間ではないようだ。アイドル声優ってことは大学生じゃなくて芸能活動専業っぽいな。


「ねぇねぇレイジ君。二人は仲良くしてるの?」


 さっきのやり取りで俺の名前は把握されているようだ。


「ん?いいと思うよ。俺はニコにコクったけどアオトぉ!が理由でお断りされてるし」


「え?レイジ君は氷室さんに告白したの?そっかーそれは残念だったねぇ。まああの昼岡くんも頑張ったけど最後はフラれちゃったし、やっぱり二人はきっと運命なんだねぇ」


 どこか寂し気に土橋さんはそう呟いた。どこか潤む目で一瞬だけ小川を見詰めた。小川はそれに気づいていないようだけど。


「運命。私。嫌い」


 ニコはお茶を啜ってそう言った。


「運命が決まってるのは。台本だけでいい」


 そう言った時だ。太ももの内側に柔らかな感触を覚えた。正面のニコを見ると瞳が薄っすらと艶やかに濡れているように見えた。俺は今ニコのつま先で太ももを撫でられている。


「え?そ、そう?でも最近演技に艶があるから二人は付き合いだしたのかなって思ったんだけど…」


 なんか嫌な話題出てきたな。無理やり変えてやろう。


「ねぇ土橋さん土橋さん。彼氏いる?」


「ちょっと。レイジ君いきなりすぎじゃない?ていうかあたしアイドル声優なんだけど」


 ふくらはぎにニコのふくらはぎが絡んでくるのが感じられた。誰にも見えないところでこういう悪戯をしてくるなんて。ニコちゃんのエッチむすめ!


「え?いないの?」


「いたらファンを裏切ることになるんだけど」


「バレなきゃ良くない?」


「駄目でしょ。黙ってるのは裏切りよ。あたしはそう思う」


「そうかな。なんでもかんでもオープンにしなくてもいいと思うけどね。知らなきゃ良かったことなんてこの世には腐るほどあるよ…。うん。いっぱいある」


 知らなきゃ良かったことが俺の人生にもあった。本当に知りたくなかった。知ってしまったからこそ、いまだに俺はその呪縛から逃れられない。


「なんかガチな感じね。まあいいわ。ところでどんなところが良くて氷室さんに告白したの?」


「顔と体」


「すがすがしい程ゲスね。それじゃフラれて当然ね」


 そうかな?そうだなぁ。でもどんな女の子もなんだかんだと言って顔がきれいとかスタイルいいって言われるの好きだよねって俺は直感してる。身に着けてるアクセサリー褒めるよりもそっちの方がずっと響くと思う。


「レイジ君ってほんとはモテない?実はモテてるフリしてるだけ?」


 小川がどことなく俺のことを侮蔑的な目で見ている。なんか必死にマウントを取ろうとしているようなそんな感じに見える。


「俺。モテるとは言ってはいないと思うんだけど」


「でも女の子の顔とか直球で褒めるのってちょっとデリカシーないと思うよ。身に着けてるアクセサリーとかを褒める方が良いんじゃない?」


「あ、はい」


 小川はニコの方へ向いて。


「今日つけてる右手の薬指の指輪可愛いね」


 まあ悪くなさそうな感じの言い回し。無難とも言えるけど。


「まあこんな感じの方が良いよね。ね、ニコ」


 小川がニコへ同意を求めた。その時だった。


「馬鹿!!」


 ニコは自分の目の前のケーキを右手の拳を振り下ろしてぐちゃぐちゃに押しつぶした。その顔には明らかに強い怒りが見える。


「に、ニコ?!どうしたの?!なんでそんなことをするのさ?!」


「うるさい!!」


 ニコはそのまま右手の拳を振ってぐちゃぐちゃになったケーキの破片を小川の顔に飛ばした。


「わかってない!何も!わかってない!!」


 そう大声で叫んで、ニコは立ち上がりどこかへと走り去ってしまった。残された俺たちはただただ茫然とする他なかったのだ。





--作者のひとり言---


次回がなんで怒ったのかの解答編になります。

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