九龍ラーメン

チャーハンパラパラボーイ

九龍拉麺 プロモーションビデオ

2025年11月カナダ・バンクーバー近郊―――――――――――


 屋台ラーメンの店主の朝は早い。

「まぁ好きではじめた仕事ですから」


 最近は良い食材が手に入らないと愚痴をこぼした

 まず、素材の入念なチェックから始まる。

「やっぱり一番うれしいのはお客さんからの感謝の言葉ね、この仕事やっててよかったなと」

「毎日毎日温度と湿度が違う、レシピ通りでは出来ない」


 毎朝市場に赴き、その日の食材によって買う分量も変える。

 ここはバンクーバー市の南にあるリッチモンド市のパブリックマーケット。広東語が飛び交う市場はここがカナダであることを忘れさせる。


 大都会バンクーバーの片隅、夜な夜な暖簾を掲げ、一杯のラーメンにすべてをかける男がいた。誰よりも味にこだわり誰よりもストリートを知る屋台ラーメン店主・千建朗チェン ジェンラン。その背中には、ある覚悟があった。


 数年前、彼はサラリーマンとして働いていたが、ある日を境に決意を固めた。


 静かに微笑えみながら彼は語る。「やっぱりラーメンが好きなんですよ。…この街の人たちに、日本の究極のラーメンを食べてほしい。」


 屋台を出す。それは言葉にするほど簡単なものではなかった。しかし、店主は、自らの理想の味を求めて歩みを始めた。

 スープは深夜まで研究を重ね、麺は試作に次ぐ試作。肉の仕入れ、味付け、全てにこだわる。だが、屋台営業の許可や場所の確保、道具の準備…次々と立ちはだかる障害が、彼の前にあった。


「スープが濃すぎるとお客さんに重いって言われるし、薄いと物足りない…。」

 彼は何度も味を調整し、一杯一杯に全力を注いだ。


 ある冬の夜、ついに彼の屋台が開店した。しかし、客足は思うように伸びなかった。雨で冷え込む夜、路上には人気がなく、店主の心には焦りが募る。


 店主はため息をつきながら思った。「このままじゃ、続けられないかもしれないな…。」

 次第に限界に近づく中、彼の心にはある思いが浮かんだ。

「いや、やれることは全部やる。この一杯を待ってくれているお客さんが、きっとどこかにいるんだ。」


 その後、彼の努力は次第に実を結び始めた。小さな常連客たちが集まり、口コミで評判が広まっていった。そしてついに、彼の屋台はバンクーバーの隠れた人気店となる。


「寒い夜でも、ここのラーメンを食べるとホッとするんだ。」

 スープを一滴も残すことなく食べ終えて彼は言った。

 彼のラーメンには、温かさがあった。それは、寒い夜の街で人々を癒す、ささやかな灯火だった。


 今も彼は夜な夜な暖簾を掲げ、一杯のラーメンにすべてを込める。味への執念と、この町バンクーバーへの愛。それが屋台ラーメン店主の生き様だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 日本が鎖国政策を敷き始めてから8年が経過した。


 それはアメリカを中心に起こった内戦を発端に、世界が激動に飲み込まれていく時代だった。テロや紛争が激化し、既存の国家体制は次々と崩壊。国際秩序は紙くずのように消え去っていった。

 ロシア連邦の瓦解、中国での革命、中東核戦争――。立て続けに起こる混乱は、人類社会そのものを根底から揺るがせた。そして多くの国々が、犯罪や紛争の激化に伴う政情不安の中で、政府や国家としての形を失っていった。


 この未曾有の危機に直面した日本政府は、世界から孤立する道を選んだ。諸外国との交流を断ち切り人的・物的移動を徹底的に規制。名目上は『鎖国』ではないものの、事実上の国際関係の断絶だった。

 違法入国を防ぐため、国境沿いには武装ドローンを配備。沿岸海域はAI制御の無人機による厳戒態勢が敷かれた。国内では警察権が大幅に強化され、治安維持が最優先課題とされた。また経済政策の転換により、外的要因に左右されない『自立経済圏』が構築が図られた。


それでは日本人はどうなったのか。


 通称・『日本棄民』――突然の鎖国政策により100万近い在外邦人が祖国から見捨てられた。情勢が悪化する中、日本人は絶望した。「こんな状況でどこに行けというのか!?」逃げる場所も帰る場所も失った彼らに残ったのは、忍耐と協力だけだった。

 それでも彼らはわずかな希望を胸に生き延びていた。時には現地住人の助けを借りながら国境が解放される日を待ち続けていた。


 北アメリカ西海岸の都市バンクーバー、ここにも多くの日本人が集まり身を寄せ合いながら生活していた―――――

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