第10話 会議
王城会議。
本来ならもっと長ったらしい格式ばった名前が付いているのだが、今ではこの王城会議と呼ばれる事が殆どだ。
「……では、此度の『砂糖輸入率拡大法案』は可決とする」
「有難き幸せ。今や甘味も立派な娯楽……それだけの砂糖があれば民の舌を満足させる菓子も開発されましょう」
「うむ。我ヴェールバルドに不幸な民の存在は許されぬ。
娯楽の一端であろうとも充実させられる“富”を我等は勝ち得ているのだからな」
「全くその通りでございます」
国王の言葉に、大臣の1人が恭しく頭を下げ、周りの人物達も一斉に頭を下げる。
この場には王ダールトンと第一王子スヴェン。
武官に文官、貴族に商人と様々な有力者達が集まっている。
そんな“大人”達の中に、レオノーラは居た。
「では、此度の会議は終了とする。皆、ご苦労であった」
ダールトンのその一言で皆が立ち上がり、部屋を後にする……直前。
ガタっと椅子を鳴らしてレオノーラが立ち上がり、声を張り上げた。
「お待ちくださいお父様! まだ私の議題が終わっておりませんっ!」
「ふむ……そうであったな。申してみよ」
「はい! この度私が提案したいのは『スラムの環境改善案』です。
皆さんはスラムと呼ばれる場所に住まう人々の現状をご存知でしょうか?」
そう言ってレオノーラはゆっくりと会議場を見渡すが、反応は芳しくない。
「幾らレオノーラ様と言えど大人の仕事場に遊び半分で入ってくるのは関心せんな」
「いやいや、あの歳頃なら大人の仕事に興味があるのは当然。それに子供ならではの発想は時として役に立つ事もあるでしょう」
「しかしあの場所に態々コストを掛ける理由もありますまいに」
「利益に繋がるならば兎も角、レオノーラ様の仰り様では……」
想像よりも冷ややかな反応に気圧されつつ、それでもコホンと咳払いをして話を続ける。
「ヴェールバルドの主要産業は魔鉱石の輸出です。
これにより我が国は莫大な利益を得ています。これは皆さんの共通認識であると思います」
「その通りだ。今更確認する事でもあるまい」
「はい。ですがこの魔鉱石は如何にして採掘されているのか?
スラムの住民を不当な待遇で働かせて採掘させているのです!」
こちらの資料をご覧ください、とレオノーラが予め配っていた紙に目を向けさせる。
「そもそもにして魔鉱石の採掘というのは危険な作業です。
崩落のリスク、有毒ガスの発生、脱水症状。
魔鉱石から発せられる魔素による魔力酔い。
魔鉱石その物も、蓄えられた魔力と与えられた衝撃によって爆発する危険があります。
更にはスライムやゴブリン等極弱い部類ではありますが、魔物の出現も確認されています。
だと言うのに……鉱夫に支払われる報酬は余りにも安すぎるのです。
これは一刻も早く解決すべき問題であると、私は強く訴えます!」
「……ふむ」
「ヴェールバルドの主要産業である魔鉱石の採掘作業。
これは鉱夫達なくしては成立しません。
ですが今の待遇ではいずれ鉱夫の数が減り、我が国の主要産業である魔鉱石の採掘に支障をきたす事でしょう」
「……だそうだが、誰ぞ反論はあるか」
「では、僭越ながら私の発言をお許しください」
「うむ、申せ」
「では……」
そう言って立ち上がったのは壮齢の男。
名前はゼニス・リューゼント。
スラムの西方に位置する第三鉱山を経営している男だ。
「お言葉ながら言わせて頂きます。此度のレオノーラ様の議題……全くの的外れであると言わざるを得ません」
「なっ……!?」
「例えばこの資料……紙ですな。この会議が終わったらどうなさるおつもりで?」
「え? 捨てるけど……」
「それと同じです。スラムに住み着いた者もこの紙と同じ消耗品なのですよ」
「そんな……っ、彼らは私達と同じ人間よ! 物じゃない……!」
「もっと分かり易く言えば馬ですな。軍馬や馬車引きやらで働いておりますが、怪我や歳で動けなったらまた別の馬に変える……それと全く同じ事なのです。
レオノーラ様は全ての家畜を労働から解放せよと仰るおつもりですか?」
「彼等は家畜では無いわ! 同じヴェールバルドに住まう家族であり仲間なのよ!」
「ふぅむ……お互いにアレを真逆に見ている現状では平行線にしかなりませんな。
では実利の面で話しましょう。仮に奴等に金を掛けたとして……それで何になると言うのです?」
「……実利で言うのなら、待遇と安全面の強化により成り手の減少を防げます。
そして経験豊富なベテランが育ち採掘の効率も上がるでしょう」
「そのベテランとやらで掛けた金以上の利益を生み出せるのですか?
現状採掘量に不満はありません。金を掛ければその分だけ損になるだけです。
そして成り手の減少ですが……その心配も皆無かと。
欠員が出てもすぐ埋まる程に成り手は飽和状態なのですよ」
「それは他に仕事が無いからで……」
「えぇ、だから心配無いと仰っているのです」
「……っ」
ゼニスの嫌らしい笑み。
そして他の出席者も、彼の意見に同調するように頷いている。
そしてレオノーラはある1つの仮説が頭に過ぎった。
「……友人が言っていました。スラムの住民は城下町に入る事が許されないと。
そんな法律なんて無いのに、追い出されてしまうのだと。
だから、他に仕事が得られないのだと……!」
レオノーラは手を握り、口から絞り出すように声を発する。
「貴方達は……彼等をスラムに閉じ込める事で鉱夫以外の選択肢を奪っているのですね……っ!」
「奪ったとは人聞きが悪いですな。“そういう物”なのですよ、遥か昔から。
安い労働力で得た魔鉱石を高く売る事でこの国は潤ってきた。
これはヴェールバルドの至って正常な営みなのです」
「……っ、狂っているわ……!」
「どうぞお好きに言ってください。もっとも根本的な事を言わせていただければ、そもそもレオノーラ様に我等の経営戦略に口を出す権利など無いのです」
「くっ、お父様! お父様はどうお思いですか!?
先程ヴェールバルドに不幸な民が居る事は許されないと仰っていたではないですか……!」
「レオノーラよ」
ダールトンは呆れか、それとも哀れみか。
眉根を寄せながらゆっくりと口を開いた。
「民とはこの城と城下に住む者を指すのだ。
間違っても汚らわしく、税も納めない獣共の事ではない」
「そんな……っ!」
「レオノーラ・フォン・ヴェールバルドの議案は否決!
これにより本日の会議は終了とする!」
「うぅ……っ」
大人達が退室する中、レオノーラだけは立ち上がれずにいた。
「何故、何故なの……こんな事、あってはならないのに……」
「レオノーラ」
「お兄様……」
「悲しいが優しさと理想論だけでは根付いた基盤は壊せない。君も力を付けなければね」
スヴェンは優しくレオノーラの肩を叩き、しかしそれ以上は何も言わなかった。
「……はい」
今は、そうとしか返事が出来なかった。
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