30話 海神メルヴィル討伐

 私はいま「灼熱の部屋」にいる。

 炎の悪魔イフリートと……二人っきりで。


 再度言うが、炎の悪魔イフリートは私(ヴィティ)の。今の私じゃ逃げ切れる自信はない。泣きたい。


 逃げ道になりそうな、部屋の窓へ視線を泳がせていると。

 イフリートは、背を向けたまま怒鳴った。


「氷の魔女。いますぐ海神の氷を解除せよ!」

 

「(小声)い、嫌よ」


 私の返事に振り返ったイフリートは、燃え盛る瞳で私をぎろりと見下ろした。


「海神の首を落とせば、沖に待機しておるノール軍も撤退する。さっさと解除しろ!」


 首落とすとか怖い。

 あらかた予想はしていたけど、イフリートは海神メルヴィルをる気満々だ。だけど……ルイーズの為にも、ここで私が引くわけにはいかない。語気を強めた。


「嫌よ! 海神メルヴィルは、ルイーズの大切な『夫』よ!」


「『夫』だと!?……操られていると言っておるが、あいつはルイーズを攻撃した。もう『夫』でも何でもない。ただの化け物だ!」


「それより、ルーシーは? ルーシーを探さなくていいの? 今優先すべきは、ルーシーでしょ。ルイーズがどれだけ心配しているか分かってる?」


「分かっておる! 儂だって、ルーシーのことを思うと胸が張り裂けそうだ。だが、ノール軍の攻撃による犠牲者が多く。民たちから『一刻も早く、海神メルヴィルを討伐せよ』との声があがっておる。その妻ルイーズにもノール軍を手引きしたとして嫌疑がかけられ、非難の的になっている状況ありさまだ。重傷を負った乳母カリンの代わりに、ルーシーを連れて逃げた部下の息子ルークも戻って来ておらぬ。利発で将来が楽しみな頼もしい少年であったのに。ルーシーを守ると言って、ルーシーと一緒に……うぅっ、ルーシーは、もう……うぉぉぉ……(泣)……ぅぁぁぁ」


 イフリートは嗚咽し、がっくりと肩を落とした。


 ルーク!? 

 ルーク・フォルネオス君!? 


(※ルーク・フォルネオス。赤髪のイケメン悪魔族(15年後)。主人公ルーシーをオスカー三兄弟に託す。ホムラの結婚相手。)


 ルーク君がルーシーを連れて逃げたってことは、物語は確実に筋書き通り進んでいる。


 っていうか、イフリートめっちゃ泣いてるし……それに、ルーシーて。生後2~3日のルーシーをイフリートが「ちゃん」付けするくらい可愛がっているなんて。赤ちゃんルーシー、どんだけ可愛いのかしら? 


 !!!

 

「ちょっと、あきらめないでよ……ルーシーは、きっと大丈夫。絶対生きてる! 無事よ! ああでも、ルイーズまで非難されているなんて。困ったわね」


 ズン(床に跪く音)…ゴツ!

 イフリートは、跪き頭を床に打ち付けた。


! ……」


 バタン!

!」(ルイーズ)

「「「うわっ!!!」」」 

 

 突如、開いたドアからルイーズと、アスモデウス殿下、天使族の男子二人(エリックとサミュエル)が転がり込んできた。どうやらドアに張り付き、私たちの会話に聞き耳を立てていたらしい。


「ルイーズ!」(イフリート絶句)

「メルヴィルを殺さないで! 殺すなら私を……」(テーブルの上のペンを取り、首に突き刺そうとするルイーズ)

「ええっ、早まらないでください」(ルイーズからペンを、ひょいと取り上げるサミュエル)

「あっ、ちょっとそれ返してよ!」(サミュエルを掴まえようと暴れるルイーズ)

「待て待て」(暴れるルイーズを抑えるアスモデウス)

「わあっ」(暴れるルイーズの巨胸がぶつかり転倒するエリック)

「儂が悪かった、ルイーズ!!!」(泣き叫ぶイフリート)

「痛いよー! サミュエルー」(泣き出すエリック)

「エリック、ちょっと待ってろ」(窓を開けペンを外へ放り投げるサミュエル)

「ちょっ落ち着け!」(アスモデウス)

「私は死んでもいい。だからお願い、メルヴィルを殺さないで」(泣き叫ぶルイーズ)

「ルイーズ!!!」(泣き叫ぶイフリート)


 ・・・・・・

 

 元をたどれば、私(=作者)がした創作こと。


 物語の強制力が働いているとすれば、まず真っ先に、主人公の母親であるルイーズがこの世界から強制排除されるだろう。だが、私が未来を変えたことで、その矛先が、父親である海神メルヴィルに変わる可能性もなくはない。というか、今まさにそうなりそう。


 それを阻止するには―――――


「(大声)わかった! 私が何とかする! そしてルイーズ、ルーシーは絶対無事! いつか絶対に会える! あなたが信じなくてどうするの! だから、ルーシーに会う前に死ぬなんて、!」 


「ヴィ―……うわぁぁぁ」


 今の今までどうにかこうにか気丈に振舞っていたのだろう。ルイーズはヘナヘナとその場に座り込み、わんわん大声をあげて泣き出し、騒動はいったん終息したのだった。

 

 ひとまず落ち着いたところで、開いたドアから部屋をのぞくエスペンと目が合った。エスペンは、言葉にしたら「うわ、なんでこんなことになってるの」的な顔で、苦笑いを浮かべていた。


 見慣れているはずのそのなんともいえない笑顔を、この時私は心底嬉しく思った。

 

 私に秒殺されるはずだったエスペンやゲオルグ、コンラードは、今も元気にこの世界に存在している。


 だったら、ルイーズだって……きっと何とかなる!


 *** ***


 深夜。

 その計画は、私とアスモデウス、イフリート、ルイーズ、エスペンとジーク・フォルネオス(ルークの父)の6名で行った。


 カース城近郊の断崖の下にある海に面した巨大な洞窟に、海神メルヴィルを移送し(アスモデウス殿下の移動用魔方陣を使用)。洞窟の入り口を氷で塞ぎ封印した。


 翌朝。

 王国政府は、

【『アレキサンドライト王国建国』と『ノール帝国の海神メルヴィルを討伐』】

 を同時に公表した。


 すると、カース城近くの沖合に待機していたノール軍は、その日のうちに全て撤退していった。


 *** ***


 メルヴィル討伐の公表と時を同じくして、カース城及びバンディ城内には箝口令が布かれ、海神メルヴィルとその妻子の情報は徹底的に伏せられた。


 ルイーズは、名前を『アオイ』に、髪色を黒に変え。アスモデウス殿下の勧めで、ホムラの乳母となりバンディ城で暮らすこととなった。



 ____________________________

 次回、来週水曜日ごろ更新予定。

 応援ありがとうございます!

 誤字脱字など見つけましたら、お手数ですが報告していただけましたら嬉しいです。よろしくおねがいしますm(__)m

 


 ちなみに、

 『癒しの光』の使い手の一人サミュエル君は、将来主人公ルーシーと結婚するという重要な役。未来の義母 (ルイーズ)との出会いが、今後の展開にどう影響するのか……作者もドキドキ。


 ***


2025/4/23 更新予定でしたが、諸事情により更新できませんでした(/ω\)。

     今週中には更新&ひとまず完結を目指しております。

     もうしばらくお付き合いいただけましたら幸いですm(__)m

      

 

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