26話 ルイーズの大事な人だから
「今、終わらせる『
パキッ――――――
辺りは静寂に包まれた。
海神メルヴィルは、頭をもたげ口を大きく開けた状態のまま動きを止めた。
その身体は傷だらけで、紺碧の鱗は剥がれ落ち、血が流れ肉がむき出しになっている個所が幾つも見えた。
これで、正気に戻ってくれるといいんだけど……
「ごめん、メルヴィル! いつものメルヴィルに戻ったら、解除するから! だから……
「ヴィティ! 気を付けろ、奴はまだ……」
アスモデウス殿下の声に、メルヴィルの顔に目を向けると。
メルヴィルはギロリと、赤く光る眼球を動かし私を睨みつけた。
(メルヴィルの普段の瞳は、虹彩が水色で、瞳孔が濃い青)
正気に戻ってない!?
しかも、めっちゃ殺気立ってる!?
ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"―――――ぅ"ぅ"ぅ"―――――
メルヴィルの地鳴りのような低いうなり声が響いた。
「早くとどめを刺せ!」
「ダメよ! メルヴィルは、ルイーズの大事な人だから」
「はぁ?」
ズドォォォ――――ン!!!
氷メルヴィルの頭部に何者かが攻撃を加え、メルヴィルがゴロンと横倒しになった。
「キャ――――!!! なに!?なに!?なに!?」
タタタタッ……
「……っ、硬ってーな! やっぱ剣がねぇとキツいぜ。アスモデウス様、何でもいいんで武器貸してくんねーですか!」
黒い眼帯姿のジュード・クルーニー(※以後、ジュードと表記)が、鼻の下の血を拭いながらこちらに駆けてきた。
「ちょっと、攻撃はやめて! 砕けたらどーすんの!」
「俺の獲物だ氷の魔女……様。つーか、こいつもあのコレクションの仲間入りに? デカすぎねぇか?」
「コレクション!? あ」
私が書いた小説内で、海神メルヴィルはヴィティを説得しようとして失敗。約16年もの間、氷に閉じ込められていた。だが、メルヴィルは『海神』というだけあって、飲まず食わずでもちゃんと生存していた。――――という設定だった。
この展開が、物語の強制力によるものだとすれば……
―――ここで私がメルヴィルを氷に閉じ込めなければ、メルヴィルは助からないのかもしれない。―――
なんだかよくわからないが、物語の辻褄を合わせるために、メルヴィル夫妻がこんな状況に陥っているのだとすれば。安易かもしれないが、今は『メルヴィルを凍らせる』方法しか無いように思えた。
「氷で閉じ込めておけば……」
「おいおい、マジか」
「ジュード、早くそこから離れろ。巻き込まれるぞ!」
そうだ、城内や城下町にいる人たちを避難させないと……。
「ジュード、城内や城下の者たちの避難は?」
「は?……んなの、とっくの昔の半日前に済ませたぜ」
ジュードは、私の問いかけに驚きながらも自慢げに答えた。
さすが未来の『アンフェール城騎士団、騎士団長補佐』。
やることはきっちりやる。頼もしい。あと、もうちょっと清潔感があれば……。
「わかった。それと、ルイーズを守ってくれてありがと」
「ぅおっ……ふ」
ドバッと鼻血を吹き出した。
ルイーズの名前を出した途端これだ。このドエロ悪魔。
「……んなの、当然のことでっ…っふ……ふ、ぐふ……ぐふふふ」
「ジュード! いいから早く、離れろ!」
鼻血を滴らせ不気味に笑いはじめたジュードを、アスモデウス殿下が抱え飛び去った。
ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"―――――ぅ"ぅ"ぅ"――ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"
再び低いうなり声を上げ始めたメルヴィルに、両手を翳した。
絶対に溶けない氷を思い描き、ほとばしる魔力を思い切り吐き出した。
『氷
白い冷気が、海神メルヴィル飲み込み、更にカース城一帯に広がった。
……ごめんなさい、メルヴィル。
必ず、助けるから。
ごめんなさい。
日が暮れつつある空の色は、暗い灰色だった。
***
丘の上。
私とアスモデウス殿下、ジュード・クルーニーは、氷に覆われた海神メルヴィルと、カース城一帯を見下ろしていた。
「ごめん、メルヴィル……」
私を回収してくれたアスモデウス殿下は、無言で抱き上げた私の背中を、ポンポンと優しく叩くので余計に苦しくなった。
そこで、また私はハッとする。
「殿下まで凍らせちゃったら……」
慌てて離れようとすると、白い息を吐きながらアスモデウス殿下はニカっと笑い、
「心配はいらねぇ、イフリートの角の欠片を持っているからな。ほれ」
首にかけた紐を引っ張り、歪な形をした黒い物体を見せてくれた。
一瞬、思考が止まった。
「ぅ……、つの?」
角というより、”黒かりんとう”のような形……
「う〇こみてぇ! がはははは!!!」
ジュードが笑い転げた。
私も、ちょっとそう思ったけど言わないよ! 小学生か!?
「ふっ……俺もルシフェルから貰った時、そう思った」
「ぐふっ、う〇こネックレス、ぐははははは」
「ふ、ふふっ」
私も笑うと、アスモデウス殿下は安堵した表情で言った。
「よし、先に帰るか。イフリートが来るまで待とうと思ったが。いいか?」
「うん」
「ぅえ!? そ、その雰囲気!? まさか!? おまえらデキてんのか!?」
ジュードが、驚愕した表情で私たちを睨みつけた。
「そ、そんなんじゃねぇ。こいつは今俺の城にいて」
「そうよ、部下たちと滞在してて……あ、今ルイーズがいるんだ!」
「ぐはっ」
ルイーズと聞いた途端、ジュードは鼻血を大量に吹き出した。
そのうち、出血多量で死ぬんじゃないかと思う。
「んじゃ、戻るぞ」
「お願いします」
「おう!」
キュイィィィィ―――――――
移動用魔方陣の青い光に包まれた。
あれ、力が入らない。
移動の際は、魔力で身体を防御しないといけないのに、全く力が入らなかった。
「もう、無理……」
ランダムに襲う浮遊感に成すすべなく、私はそのまま意識を失ったのだった。
***
私はまだ「夢の中」にいる。
_________________________
次回、来週水曜日ごろ更新予定。
フォロー&応援ありがとうございます!
こっそリストとしては恥ずかしさもありますが
めっちゃ嬉しいですm(__)m
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