20話 夜の宿場町 SIDE エスペン
SIDE エスペン
雪がやむのを待って、宿場町の通りに出た。
驚くことに町の通りは明かりが灯され、雪景色を楽しむ人々で賑わっていた。宿の近くの居酒屋では温かいワインを無料で配り(つまみは有料)、揚げパン屋さんでは半額セール。カフェではストーブ付のオープンテラスが用意され、お客さんで溢れかえっていた。
(カフェのお客さんの会話)
「それにしても、素晴らしい景色だ!」
「雪なんて、何年ぶりだろう」
「あれは? 神殿? 塔? 城かな」
「わたし、ケーキに見える」
「冬の女神様って、ケーキがお好きなのかしら?」
ん? ケーキ?
神殿の丘を見上げた俺たちは、思わず笑ってしまった。
「マジで、そこで食いたいものを主張するとか……」
「クスクス……ヴィティ様は、豪華なスイーツをご所望のようですね」
「うわはははは! こりゃ、参ったな。ま、今日のところはサンドイッチで我慢してもらうとして」
雪のケーキ(?)の頂上付近で動く人影を見つけた。
ヴィティ様だ。
さっそく、迎えに行こうと二人に声をかけた。
「迎えに行き……「「おっ」」(ゲオルグ&コンラード)
殿下たちの声に丘を見上げると、巨大ケーキの頂上付近に雪煙があがった。
次の瞬間、その頂上から男女の雪像が現れ、その周囲に花や鳥が夜空に飛び交った。見物客から歓声があがった。
その時だった。
「「「え」」」(ゲオルグ、コンラード、エスペン)
ケーキの上空に『巨大な氷の剣』が出現していた。
とてもいやな予感がした。
ブ――ン、ブン、ブン、ブンブンブンブンブン……
それは不気味な音を発しながら、縦に回転し始めた。
宿場町は、凍り付いたようにしんと静まり返った。
「エスペン、殿下を連れて逃げろ、俺は民間人の救助に」
「えええっ!」
「うわああああっ!!! 逃げろー」
「きゃーーーーっ!!!」
人々の悲鳴がそこかしこから上がりはじめた。
俺は口をあんぐりと開けたまま固まったゲオルグ殿下を担ぎ、宿へ引き返そうと、
ズド――――ン!!!
地響きが宿場町を襲った。
とにかく走り出すと。
「止まれ! エスペン! あれを見ろ!」
ゲオルグ殿下の声に足を止め、振り返るとそこには……
剣を掲げた長髪の男性の巨大な彫像がドーンと出現していた。
(群衆の声)
「おお―――――!!!」
「勇者フィンレー様だ!」
「勇者様だ!」
「フィンレー様!!!」
「勇者だと!?」
「勇者フィンレー……って誰!?」
夜空に次々と現れるドラゴン型の雪の魔獣を、「勇者フィンレー」が剣でばっさばっさと切り落とすと。切り落とされた魔獣は粉雪となって、今度は白いローブ姿の美しい女性に変わった。
(群衆の声)
「エスタ様だ!」
「聖女エスタ様よ!」
「エスタ様とフィンレー様よ!!!」
「きゃーーーーーーっ!」
その聖女は弓を構えると、夜空へ光の矢を放った。
光の矢は三つに分かれ、らせん状に勇者の周囲を飛び交い、勇者の頭上へ来るとパアアアッと弾けキラキラと煌めいた。
その瞬間、勇者が聖女を抱きしめキスを交わした―――――
(群衆の声)
「うぉーーーーーーっ!」
「きゃーーーーーーーっ!」
「エスタ様とフィンレー様が!!!」
「わぁああああああああ!!!!!」
「キャー―――すてき!!!」
宿場町に悲鳴と歓声とどよめきが起こった。
「いいのか!?」(コンラード)
「その前にヴィティ様は、王国の勇者と聖女様と、お知り合いなのですか?」(ゲオルグ)
「さあ……」(エスペン)
「いいのか!?」(コンラード)
キスを交わした勇者と聖女は寄り添うと、一つに溶け合い雪煙となって丘のすそ野へ消えていった。
「終わりでしょうか?」
ゲオルグ殿下がそう言いかけた直後。
雪煙から一角の青い龍と、長い髪の美しい人魚が現れ、手をつなぎ夜空へジャンプした。
海神メルヴィル夫妻だ。
どうして……
(群衆の歓声)
「うぉーーーーーーっ!!!」
「きゃーーーーーーっ!!!」
青い龍と美しい人魚は魚の群れと一緒に泳ぎ周り、流れるような尾ひれでパシャ―――ンと雪煙を跳ね上げた。その煙は赤ちゃんに変り、美しい人魚が抱きしめた。人魚が赤ちゃんを掲げると、その赤子はぐんぐん成長し少女になった。丘の上に金色に輝く城壁と塔が現れると、その城壁に立った少女は、手にした剣を夜空へ垂直に放り投げた―――――
パアアアアア―――――ッ!!!
剣も城壁も少女も眩い光の粒に変り、煌めく雪の結晶が夜の宿場町にキラキラと降りそそいだ。
神秘的で美しすぎる光景に、宿場町は感嘆のため息に包まれた。
(群衆の声)
「きれい―――!!!」
「すげぇ……あれ、フロライト城だったよな」
「感動した……人魚もフィンレーさんも……」
「はぁ~ステキだった~~」
「あの少女は……」
俺も、その場で泣き叫びたいほど感動していた。
だが、同時に不安も湧いた。
もしかしたら、ヴィティ様はここで俺たちに別れを告げるつもりじゃないだろうか? ヴィティ様は、ずっと王国行きを希望していた。俺たちと離れ、この王国に残りたいと……ここで別れましょうと……告げるつもりじゃ……
ズッ……と、鼻水をすすった。
膨れ上がる切ない予感に、宿場町の橙色のランプの明かりが歪んで見えた。
「あれは、ルイーズ様たちですよね」(コンラード)
「やはりノールへ行きたいのでしょうか」(ゲオルグ)
「ズッ……ヴィティ様、俺たちにまだ何か隠してるかも」(エスペン)
「え……また勝手に高価な物を買ったとか!?」(ゲオルグ)
ゲオルグ殿下が青ざめた。
「そうじゃなくて、上手く言えないけど……王国にはヴィティ様の昔からの知り合いがいるみたいだから……その、やっぱりここのほうが居心地がいいのかなって……」
ヴィティ様と離れてしまう……そう考えただけで胸が苦しくなった。
「そうだな、王国の勇者と聖女のこともご存じのようだったし、ん~、エスペン泣くな」
「泣いてなんかない」
「はははっ、そんなに心配するな。そうなったらなったで殿下も残るって言い出すから。ですよね」
コンラードに笑いかけられたゲオルグ殿下が笑顔で頷いた。
その表情を見て俺は気づいた。
殿下は、はなからそのつもりで……
「それにしても、絶景でしたね~」
「クス……まるで夢のようでした。もう一度見たいと言ったら、怒られるでしょうか?」
「……さあ。それより、お腹空いたって騒いでるよ」
「ですね……クスクス」
北の神殿の丘へ向かう俺たちの足取りは軽く、弾む白い息が冷たく澄んだ夜空へ消えていった。
そこでやっと、アクアラグーンの星空の美しさに気づいた俺たちだった。
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次回、明日更新予定
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