第2話 サナギのひみつ

「俺は昔から可愛い格好するのが好きで、幼稚園の時はいつもスカートを履いていて、一人称もわたしだったんだ。

でも「いつまでもそんな格好できないから」って、小学生に入ってからはそういうこともさせてくれなくなって、四年生の時にお父さんが単身赴任で離れてからは、一人称も矯正されたちゃった。

 お母さんがすごく"普通"にこだわる人で、多分お父さんがいる時はそれにブレーキかけてたんだと思う。

"普通"の男子っぽくするために男子校にも入れられたちゃった。

でもこっそり女装していたけど。」

 震える声で話すサナギは最後にきまりの悪い笑顔を浮かべた。

瞳からは涙がこぼれ落ちていた。

 リアムは思わず立ち上がり涙を拭うためのティッシュを差し出す。

サナギは一瞬ビクリと肩を揺らすも、リアムの意図に気がつくと今度は小刻みに身体が震えだした。

しんと静まり返った部屋の中に、しゃくりあげる声が際立つ。

「ヒグッ ごめんなさい。こんな急に泣き出して。ハァクラスメイトの家で女装して。スン」

 サナギの背をリアムの大きな手のひらが優しくさすっていた。

 

「もう大丈夫か?」

「ん、大丈夫。背中ありがと。」

 目を赤くしたサナギが少し浅い呼吸で答える。

「もう少しこうしてるよ。」

 手のひらをそのままにリアムが言った。


「続き話すね。普段はちゃんとバレないようにやってるんだけど、今日はお母さんがいつもより早く帰ってきて、この格好で鉢合わせちゃった。

それで焦って逃げてきて、気がついたら陽は沈んでいて知らない場所にいて、

そしたら知らない男の人に襲われて、その時に加路くんが助けてくれた。」

 リアムはあの時思い直して駆けだしたことを、心底よかったと思った。


「それじゃあ今日は帰りづらいな」

「ん、でも帰んないほうがめんどくさくない?」

「連絡すればいいんじゃね?普通の男子中学生なんてそんなもんでしょ。知らんけど」

 リアムが笑いながらそう言う。

「確かに、言えてる」

 サナギの口角も自然と上がった。


 サナギがスマホを取り出す

「もしもしお母さん?俺だよサナギだよ。今日はちょっと帰らない。

へぇっ?ああ友達の家に泊めてもらうから大丈夫。えっ代わるの!?」

 そういうとサナギは申し訳なさそうにリアムにスマホを渡す。

「ああそう言うことか。」

 リアムはぽつりと呟くと途端に豹変した。

「はいもしもし!!サナギの友達の加路っす!イヤー急にサナギに泊めて欲しいって言われた時はビビったっすけど、ダチの突然の頼み断れるわけないじゃないすか。」

 サナギも電話越しのサナギ母もあまりの勢いに固まっている。

「ア、アラそう?ソレジャアヨロシクネ、ホホホホ」

 逃げるように電話を切られた。

「はい!!よろしくおなしゃす!!それじゃあ失礼します!!」

 リアムはいまだに固まったままのサナギにスマホを返す。

「今の何?」

「普通の男子中学生っぽいだろ」

 大真面目な顔をして答えるリアムに、サナギが吹き出した。

つられてリアムも笑う。

2人はそのまましばらく笑い続けた。


 暗くなった部屋の中、リアムはクッションを枕代わりに床で寝ている。

本来リアムが寝ているはずのベッドにはサナギが寝ている。

「俺が床で寝る」

 と言い張るサナギを

「今日は疲れているだろうから」

 と無理やりベッドに押し込んだ形だ。

 リアムは中々寝付けなかった。

床が硬いからじゃない。

枕がないからでもない。

サナギと同じ部屋で寝ているからだ。

 夜道で震えていたサナギの顔を思い出す。

街灯の明かりに照らされて涙がキラキラと宝石のように光り輝いて見えた。

その輝きに思わず目を奪われてしまった。

衝動的に家まで誘ってしまった。

か細く怯える姿に辛うじて理性を保っていたが、今は安心して無防備な姿で、リアムの部屋でリアムのベッドでリアムの服を着て寝ている。

心臓が早鐘を打ち、目がギンギンに冴え渡る。

サナギから受けた相談に思いを馳せ、心を落ち着けようとするも、それすらも手のひらから伝わった震えるサナギの熱と結びついてしまい、心臓のギアが一段階上がった。


「加路くん起きてる?」

「!?」

 サナギからの突然の問いかけに、リアムはびくりと肩を揺らす。

「あ、やっぱり起きてるよね?床じゃ固くて寝づらいだろうしさ、加路くんもベッドで寝ようよ」

 同衾のお誘いに心臓がもう一段階加速する。

「ねえいいでしょ?お願い。ひとりじゃ心細くって…」

 寂しげな甘えるようなサナギの声に抗うことはできなかった。


「なあ分田、流石に抱きつくのはヤバくないか?」

 リアムはベッドの中でサナギに抱きつかれている。

今にも触れてしまいそうなほど近いサナギの顔から目を逸らしながら言った。

「やっぱり普通じゃないよな気持ち悪いよな」

 抱きつく力が強くなる。声は震えていた。

「ち、ちがそうじゃない!」

「何が違うの!加路くんもお母さんみたいに俺のこと普通じゃないって思ってんだ。 気持ち悪いって思ってんだ」

捲し立てるように金切り声を上げる。

瞳からは大粒の涙がこぼれ、ひどく怯えていた。

「違うこんな可愛い子に抱きつかれていると心臓が」

 言い訳がましいリアムの声はどんどん尻すぼみになっていった。

サナギはキョトンとした顔を見せた後、

「へっ、ふへ、ふへへへへ」

と間抜けな声を出し、嬉しそうに頭をグリグリとリアムの胸元に押し付けてきた。

グリグリタイムはサナギが満足するまで続いた。


 散々頭を擦り付けたサナギは満足げにリアムの顔を見つめてくる。

「安心したか?」

 サナギの背中に腕をまわしながらリアムが問いかけた。

「うん、ちょっと、よかった」

 照れくさそうに顔を逸らし、またぐりぐりしだした。


「女装バレしたくないなら服も道具も全部うちに置けばいい。両親は中々帰ってこないし部屋にこもっていることも多い。何も気にすることはない。」

 ふと思い立ったリアムがそう提案する。

「なんで加路くんはそんなに優しくしてくれるの?」

「今にも死にそうな顔してやつの相談を受けて、放っておけるわけないだろ」

これは嘘だ。ただ惚れただけだ。サナギの姿をもっと目に焼き付けたいだけしかない。サナギを騙している事実に胸がチクリと傷む。

「好きなんだろ?可愛い格好するの」

「ありがと」

 サナギはまた頭を胸にコツンとぶつけ呟いた。


 結局リアムはその晩一睡もできなかった。

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