第13話

「アスペン、貴下はずいぶん大胆なことを言う」


 女王の声は硬い。


「しかし、時と場合を選ばなければ、相手によっては二心ありと疑われるぞ」

「いいえ、決して脅しや憶測でものを言っている訳ではございませんが」

「どういう意味だ? 説明してみよ」


 女王の体から発せられる圧力プレッシャーがさらに増す。だが、ここで引くわけにはいかない。


「陛下、間もなく隣国サンデッガの王が代替わりしそうだ、というのはご存じですよね?」

「もちろんだ。だが、若き王子はまだ王宮内すら掌握しておらぬ。仮に王位を継いだとして、ただちに他国に食指を伸ばす大胆さはあるまい」

「そうとも限りません。現在、東には周辺国への野心を隠さないドラク帝国がありますね。ですから、タースベレデこの国常備軍の大半は東の国境近くに駐屯しているはずです」


 ぼくの言葉に、文官が驚いたように片眉を上げた。


「タースベレデは慢性的に食料不足気味、だからこれ以上常備軍の規模を大きくできない。おのずと、直接の脅威であるドラク帝国国境ひがし以外の方面に振り向けられる兵力は絞らざるを得ない。結果、西側の守りは手薄でしょう。自分の力を誇示したいサンデッガ新王の目には魅力的に映るはずです」

「我が国の西の守りが弱いと申すか?」


 女王が鋭い目つきでぼくを睨みつけた。


「ええ、もっとも重要な王都の守り、王直騎士団の規模を見れば判りますよ。現状はわずか一個小隊、三分隊合わせても三十六名しかいない。違いますか?」


 文官の顔色が青くなった。さすがに女王は顔色に変化はなかったが、よく見れば唇が小さく震えている。


「アスペン、貴下は一体どこでそれを知った!?」


 ぼくが王直騎士団の内情に詳しいのは、前世で騎士団付魔道士として勤務したからだ。だが、この世界の〝ぼく〟はまだ他国にいて、いまだ一人前の魔道士ですらない。そんなことを説明しても狂人扱いされるのがオチだ。だからぼくはもったいぶってこう返す。


「陛下、ぼくにも多少は諜報の心得があるのですよ」


 女王は虚を突かれたように目を丸くすると、次の瞬間カラカラと笑い出した。


「は、これは一本取られたな。確かに貴下ほどの者であればそれもあり得る話だ」

「陛下、笑い事ではございません! このような年端もいかぬ若造に我が国の内部情報が握られているなど、由々しき事態でございます!!」

「いや、そう言ってやるな。貴殿とて、伝書鳥のアイディアには感心していたではないか。誰もが毎日のように目にしていながらついぞ思い至らなかったと」

「しかし陛下! それとこれとは別の——」

「よい。これで貴殿もわかったであろう? この少年は敵にすればやっかいだが、味方にすれば心強い。というか、むしろ身内に抱き込んでおかねば危なくて仕方ない」


 ぐぬぬと黙り込んだ文官を横目に、女王は笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながらぼくに右手を差し出した。


「なるほどあの子が執心するわけだ。さてアスペン、話がそれてしまったが改めて問いたい。貴下の本音は何だ? 一体何を考えている?」

「はい。ぼくは陛下の思惑を後押ししたいと思っています。国内の物流と通信を大いに盛り上げ、他国からも物と情報が集まるように。そうすれば、自然と物も情報も自国の有利に動かすことができるでしょう。そうして蓄えた富を元手に、来たるべきサンデッカの侵攻に十分な備えを」

「サンデッガとの戦争が起きることについては譲らないのだな」

「はい。国内を掌握するためにも、サンデッガ新王は実績を欲するはず。国内で簡単にそれが得られない以上、わかりやすく力を示すにはどこかに攻め込むしかありません。今のタースベレデでは彼の野心を抑えられないとぼくは見ます」

「……なるほどな。しかし、仮に予算の手当てが整ったとしても、常備軍は簡単に増員できる物ではない。今から取りかかっても、かたちになるには三、いや五年……下手をするともっとかかるだろう。 それまでサンデッガの新王が待ってくれようか?」


 女王は顎に指をあてて考え込む。


「……アスペン、貴下ならどうする」

「では陛下、王直騎士団に魔道士を招いていただけませんか?」

「魔道士?」


 女王は不思議そうな顔をした。

 この時代、タースベレデに魔道士を名乗る人間はとても少なく、仮にいたとしても、本人も周りもせいぜいちょっと優れた薬師程度の認識でしかないのだ。当然戦場に立つなど想像もしてないし、そもそも戦力とは考えられていない。

 だが、今から数年もたたず、東のドラク帝国に〝黒の魔道士〟と呼ばれる強力な魔道士が現れ、クーデターを後押しして帝国を瓦解させる。それより少し早く砂漠のオアシスにも〝いかづちの魔女〟が現れ、すでに緊張が高まりつつあるオアシス同士の戦いに決定的な役割を果たすようになるはずなのだ。

 戦闘魔道士の活躍する時代はもうすぐそこに迫っている。西のサンデッガではすでに魔道士団が組織されているはず。若いサンデッガ王が身の程を越えた野心を抱いた背景には、彼に仕える大魔道士アルトカルの存在が大きかったに違いない。


「この先数年を待たず、国同士のいくさに魔道士が重用される時代が来ます。その時に備え、力のある魔道士が現れたら他国に囲い込まれる前にすぐに招いて下さい。魔道士ひとり、ふたり程度の雇用なら、国庫の負担は最小限で済みます」


 雷の魔女とスリアンの出会いも間もなくのはずだ。ここで女王の心に種まきをしておいて損はないだろう。


「魔道士が戦う未来か。貴下はずいぶん荒唐無稽な予言をするな。まるで見てきたかのような口ぶりじゃないか」


 女王は興味深げに片眉をクイッと上げた。が、これは予言ではない。ぼくのいた世界での現実だ。そして、ぼくはそんな未来が来ないことを強く願っている。

 それによってこの先の歴史が変わるとしても、この王宮をサンデッガの兵に蹂躙されるわけにはいかないのだ。

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