前世の知恵で商売繁盛! 〜記憶喪失魔道士の珍商品開発記〜
凍龍(とうりゅう)
第1話
ここはラジアータ大陸の南端、目の前に広大な湾を望む商業都市ペンダス。
商人たちの自治が認められた都市国家であり、国を問わず日々多くの貿易帆船が出入りし、大陸の物流のかなめと呼ばれる活気のある港町だ。
もちろん、これらはすべて後で聞いた話。
そんな街の片隅で、ぼくは行き倒れている所を後の
目が覚めるとぼくはふかふかのベッドに横たえられており、そして、それ以前の自分についての記憶を全て失っていた。
「困ったな、すぐにでも君のご家族に無事の知らせを送りたいんだが、自分の名前すら思い出せないとはね……」
ぼくを拾ったランスウッド家の当主、リグナム・ランスウッドが困り果てた顔でぼやいた。彼の説明によると、彼はペンダスでも五本の指に入る大手商会の経営者で、ぼくは彼の別邸の裏口で頭から血を流して倒れていたらしい。
屋敷の管理を任されている使用人が今にも死にそうなぼくを見かねて保護し、当主である彼を呼ぼうと馬車を出した。だが、ぼくは意識が戻っても自分の名前すら思い出せず、困り果てたリグナム氏と顔を見合わせることしかできなかった。
「まあ、それを今言ってもしょうがない。とりあえず体調が戻るまではここにいなさい。自分の家だと思って気楽にするといいよ」
彼はそう言い残して立ち去った。
その夜、ぼくは高熱を出した。
◆◆
熱にうなされ、いくつもリアルな夢を見た。
夢の中で、ぼくは孤児として育ち、やがて魔法の才を認められて王都で魔道士の養成学校に入った。だが、卒業間際、実習先の上司にあたる大魔道士から許婚を略奪され、その上彼の放った暗殺者に追い詰められ、毒を飲んで死んだ。
次の瞬間、ぼくは見たこともない異世界の街に立っていた。あたりには空を穿つような四角い石造りの建物がびっしり建ち並び、黒っぽい石が敷き詰められ、平坦にならされた道には鉄でできた馬のない馬車が疾走している。そんな世界で、ぼくは商人の娘の護衛として雇われた。しばらくは平穏に暮らしていたが、最後には敵から彼女を守り、矢弾に身を貫かれて死んだ。
さらに次の瞬間、ぼくはまたしても見知らぬ街に立っていた。建物の様子は最初の夢で魔道士見習いとして暮らしていた街に似ていた。そこでぼくは王国の王子と名乗る少年に王直の魔道士として雇われたが、やがて隣国との戦争に巻き込まれ、最後には身内の貴族の陰謀で廃坑で生き埋めにされて殺された。
「はぁっ!!」
飛び起きると、ぼくは全身汗びっしょりだった。
室内には夜明け前の青い光が差し込んでいて、まだ人の動き回る気配はない。
「は〜っ」
ぼくは額に流れる汗を二の腕で拭いながら、ほっとして大きく息を吐いた。
「夢? それとも記憶? なんだったんだ?」
目が覚めていくにつれて夢の残滓が薄れ、細かい部分がぼやけていく。それでも、ぼくは今の夢が単なる想像の産物とは思えなかった。一つ一つの
何度も何度も人生をループし、殺されてはまたすぐに生き返るという繰り返しは、極悪人が落とされるという無間地獄そのものに感じられた。
「ぼくはどんな悪事をしでかしたんだ?」
いつの間にかぎゅっと握りしめていた両手をゆっくりと開く。爪の間には黒い汚れがこびりつき、指先はひどくあかぎれ、手の甲から二の腕にかけて、細かい傷跡やヤケドの痕がいくつも残っている。視線を枕元のテーブルに移すと、そこにはあちこちつぎの当てられた薄汚れた服と、そのみすぼらしさにまったくそぐわない艶やかな石のブローチが並べて置いてあった。
「いてっ!」
手を伸ばそうとして無理に体をひねり、途端に頭に走った激痛に反射的に腕を引っ込める。痛みの正体を探ろうと、指先でそおっと額に触れてみる。
頭には包帯が巻かれ、血がにじんでいた。ぶよぶよした感触からして、どうやら丸太のような鈍器で殴られコブができてるようだ。
ぼくはこれ以上痛まないように慎重に体勢を整え、あらためて机上のブローチを見つめる。
どう見てもかなり値の張りそうな代物だ。角の取れた多角形に磨かれた白く艶やかな石の中に、チカチカと淡い光りを放つ宝石が埋め込まれている。
「もしかして、かっぱらいでもやったのか?」
ぼくが着ていたというみすぼらしい服は、どう見ても最底辺、スラム街の住民のそれだ。一方、ブローチには汚れ一つ付いていない。それはあまりにも不釣り合いで、自分の持ち物だとは到底思えない。
「……盗みを働いて追われた……だろうな。たぶん」
そうとしか考えようがない。さっきまでの悪夢すら生ぬるく思える詰みきった状況に絶望し、ぼくはそれ以上自分の素性を詮索するのをあきらめた。
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