第一話 サプリメント

「ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!?」


その朝、少年は寝起き早々絶叫した。


それはもう腹の底から。


刹那、ドタバタと床板を踏みならす足音が迫り、スパンッと勢い良く襖を開けたのは、藍色の甚平に身を包んだ白髪老人だった。老人は、ズカズカと少年の部屋へ入るや否や、形振り構わず少年のピンク色で癖っ毛の頭頂部に思い切り拳を振り降ろした。


「こっっっっんの、馬鹿孫ーーーー朝っぱらから近所迷惑だろうがあああ!!」

「あっ、爺ちゃ……ギャンッッ!!」


頭を殴られた少年は情ない声を上げながらその場に伸される。しかし、直ぐに起き上がると頭を擦りながら慌てた様子で抗議した。


「イッテテ……爺ちゃん、それどころじゃねぇってばぁ!!」

「あぁ?」


少年は、老人もとい祖父の前に立つと、自身の寝間着として着用していた白いTシャツを脱いで見せた。


「ほらっこれ!!」

「おまえ、それは……」


少年の身体には、ある筈の無いモノがついていた。



オレの名前は桜木 弥生【さくらぎ やよい】。幼い頃、父ちゃんと母ちゃんを亡くしてから爺ちゃんに引き取られて二人で暮していた。常日頃からガミガミ怒る爺ちゃんは、所謂カミナリ親父だ。何かあればすぐ怒る爺ちゃんをうっとおしく思いながらも、オレは今の生活を十分に満喫していた。

この春、高校生になったオレは爺ちゃんに買って貰った格安スマホでインターネットをみる事にハマっている。動画やSNS、ゲームにちょっと際どいサイトなんかを観ながら毎日楽しく過ごしていたんだ。そんな時、偶々見ていた動画に流れていた広告が目に入った。


『これでアナタもモテる男に……!!』


よくある謳い文句と共に美人のネーチャンが筋肉マッチョのナイスガイに抱きついている画像を誤ってタップすると、それはよく見かける怪し気なサプリメントの広告だった。


『科学志向【かがくしこう】社が開発!モテる男性用サプリメント“スグニモテール”登場!!』


黄色の背景に赤字でデカデカと書かれてあるソレに、興味本位で画面をスライドさせながら詳細を見ると、カプセル状のサプリメントの画像と共に使用者からの喜びの声が続々寄せられていた。


『このサプリメントを飲んでからモテまくり……無事可愛い彼女をGET!!童貞を卒業することが出来ました!(T.Sさん大学生20歳)』


『生まれてこの方モテた事がない僕。スグニモテールを使ってからモテ期が到来!!今ではすっかり人生勝ち組です。(B.Lさんフリーター30歳)』


『スグニモテールは効果絶大です。この年になってモテる日が来るなんて思いもしませんでした!(D.Tさん会社員45歳)』


ありふれたコメント欄を白々しく眺めていると、ふと掲載されていた二枚の写真を見つけ、思わずバツ印のボタンを押し損ねた。


それは、比較される左右対象の写真。


右側には“Before【ビフォー】”と書かれた文字下に上半身裸のガリガリな若い男がピースサインをしながら映っており、もう一方の左側には“After【アフター】”と書かれた文字下に同一人物らしき男が筋肉マッチョのイケメンになった姿で映っている。


「いや、どう見ても合成じゃーん!!」


見るからに別人と化した人物にゲラゲラ笑っていたが、この写真の男は珍しくモザイク無しの顔出しなうえ、このサプリメントを開発した科学志向の社員であるとも書かれていた。そこでふと、疑問に思ったオレは、直ぐにこの会社のサイトへ飛んだ。検索すると、確かに先程見た写真と共に彼の名前とプロフィールが記載されていた。


新田 勝【あらた まさる】科学志向開発研究課社員。


「は?マジで!?」


彼のプロフィールには、ちゃんと『サプリメントで此処まで変わりました!』と先程のビフォーアフター写真が掲載されていた。


いくらなんでも会社のプロフィールにまで手を込むか……?


オレは再度サプリメントのサイトに飛んで、要項を確認する。


『このサプリメントには、新陳代謝を上げて筋肉量を増やす働きがあり、日常生活を送るだけで余分な脂肪を減らし望む身体に仕上げます。』


「いやいや、んな阿呆な……」


疑いつつもタラタラ文章を眺めていると、ある文字が目に入った。


『今なら無料でお試し出来ます!』


「む、無料、だと……!?」


オレは暫く悩んだ末、文章末にあった『無料お試し』と書かれた文字をタップした。



そして先日。


届いた試供品のカプセルを飲んだオレの身体に〈実際には胸元〉だが、膨らむ二つの乳が出来上がっていた。


いや、なんでッッ!?


「うえええ〜〜爺ちゃんどーしよッ!!」

「と、取り敢えず落ち着け弥生……!」


慌てふためくオレに爺ちゃんは宥める様に告げた。


だがしかし、落ち着けるワケが無い。


「なんでオッパイが出来てんだよぉぉ筋肉わぃ!!マッチョになる筈だろうがよぉぉ!!?」

「だから、落ち着k……「ヤダヤダヤダ〜〜!!オッパイが欲しかったわけじゃないのにぃい!マッチョなイケメンになりたかったのにいぃいい!!」


自身のオッパイを揉みしだきながら癇癪を起こすオレに爺ちゃんが再び拳骨を落とす。


泣きっ面に蜂とはまさにこの事。


「ええい、落ち着かんかいこの馬鹿孫がッ!!」

「いっってぇえ!!あ゛ーーーまたぶったあぁ!!」

「うるせぇ!喚く前にまずそうなった理由を話さんかっ!!」


爺ちゃんは一喝しながらも、オッパイ丸出しのオレに先程脱いだTシャツを着せる。頭から被せられたTシャツに腕を通しながら、オレは渋々ワケを話した。


「ぐすっ……ネットの広告に載ってたんだ。モテモテになれるサプリがあるって、それで試供品を頼んで試しに飲んだらこうなった」

「どれ、その試供品とやらを見せてみぃ」


畳に敷きっぱなしだった布団の上に正座して、呆れる爺ちゃんにサプリメントが入っていた四角い箱を手渡した。爺ちゃんは胡座をかきながら、どれどれと手渡した箱に書かれている説明事項を見つめる。


「それを飲めば筋肉ムキムキのイケメンになれるって書いてたのに……朝になったらオッパイが出来てるなんて」


俯き、情けない声でブツクサ呟いてると、爺ちゃんがいきなりオレを呼ぶ。


「おい、弥生」

「なに?」


顔を上げれば、爺ちゃんは箱を見ながら顎に手を当て首を傾げながら告げた。


「コイツは筋肉なんか着かんぞ?」

「えっ!?」

「強いていうなら真逆だ。ホレッ見てみろ!」


そう言われ、目の前に差し出された箱を見ると、描かれていたのはボディラインの美しい女性のイラストと『女性ホルモンで美しくなるためのサプリメント』と表記されていた。


「はっ?なにコレ!?」

「女が飲むモンじゃないのか?」

「え?ちょ、ちょっと待って……」


オレは慌てて枕横に転がっていた自身のスマホを手に取り、サプリメントのサイトを開いた。親指で画面をスライドさせると、その広告が姿を現す。


『女性やトランスジェンダーに悩む男性におすすめ!飲むだけで女性ホルモンが倍増!!美しくなれるサプリメント“オトメニナール”!!』


スグニモテールの広告の下にあった、淡いピンク色で華やかな雰囲気のサプリメント広告。もしやと思い、試供品の発送確認をすると誤って此方を頼んでいた事が発覚した。


「う、嘘だろ……間違ってコッチをポチッてたーーー!!」

「はぁ。全くお前は……」


スマホを見ながら絶句するオレに、爺ちゃんは皺が濃くなる額を抑えて再度呆れている。


「ああああ……どーしよ、オレ女の子になっちゃった」


両手で顔を覆いながら、布団の上に縮こまるオレに爺ちゃんは着ている甚平の裾に腕を隠しながら鼻を鳴らす。


「フン。ちゃんと確認もせず頼むからだろうが阿呆!」

「えーん!!爺ちゃんが冷た過ぎてピエン」


目をウルウルさせながらに言えば、巫山戯るなと頭をパシンと叩かれた。


「イテッ!だーから叩くなっての!!尚更馬鹿になるだろ!?」

「そんなに元気なら大丈夫だな」


抗議するオレを無視して爺ちゃんが立ち上がると、部屋を出て行く次いでにボソリと告げた。


「それに、サプリメント?とやらの効果が切れりゃあ元に戻るだろ」

「あっ……そっか!」


またフンッと鼻を鳴らして去る爺ちゃんの背中にオレは少し安堵する。なんだかんだ言っても爺ちゃんは優しいのだ。


ガミガミ親父でよくオレの頭を殴るけど……。


オレは、サプリメントの効果がどれくらいなのかと箱を見渡すと、そこにはこう書かれていた。


『サプリメント一粒につき、約四ヶ月効果を保ちます』


「えっ……」


オレは言葉を失った。


何故なら、早く効果を出したい一心で入っていた三粒をまとめて一気に飲んでしまったからだ。


「ほんぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


再び駆け付けた爺ちゃんに、今日三度目の拳骨を喰らったのは言うまでもない。

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サプリメントを飲んだら女体化した!?〜桜木弥生の受難〜 冬生まれ @snowbirthday

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