【私】

私は所謂風俗嬢だ。

恋?愛?ちゃんちゃらおかしい。

そんなもの、とうの昔に捨ててきた。

私はお金の為ならなんだってできる。



「ーーーーむ、らむ!!」


あ、やばい。今は店長と今後の目標について面談している最中だった。

【悶える美人妻】の店長、杉本さんが私に『何上の空になってんだ?お前の話だぞ?』と言うような顔で私を見ていた。この悶える美人妻での私の名前はらむ。お店のNo.2だ。年に一度ある風俗嬢の総選挙で地方予選巨乳部門3位を納めた実績もある。かなりの人数の中で3位だったので、その肩書きがちょっと自慢だったりする。


「はーい、ごめんなさい。今月は個人オプションでロー風呂つけようかと思う。90分以上リピのみ!ロー風呂の素はAmazonで経費で!」


杉本さんはりょーかい、と言って書類にメモしていた。


「らむ、お前結婚とかどうすんの?彼氏居たっけ?」

「いないよー。結婚はいいかな」

「うちとしてもお前に居てもらうのは嬉しいけど、お前の人生だからな。幸せを優先しろ」


店のグループの方針なのか、はたまた杉本さんがただのお節介おじさんなのか。普通の人なら喜びそうな事を言って、次の面談の女の子と交代するよう言われた。

今日は面談だけだったので、早々と事務所を後にした。




家に着き、愛猫を撫でながら先程杉本さんに言われた言葉を考えていた。



結婚がどうして幸せと言えるのだろう。どうしてみんな私の幸せを決めつけるんだろう。


私は元々こんなに擦れた人間ではなかった。

どちらかと言えば惚れやすい方だった。彼氏もいた事はあるし、道にいる人でもイケメンが居れば振り返る。

ただ、きっと男を見過ぎだのだ。

好きでもない男に媚を売ってお金にし過ぎたのだ。

私の事を、昔友人だった人は

『私は風俗って仕事に偏見無いけど、よくできるよね〜。キモくないの?もっと自分大事にしな〜?』と言われた事がある。

今思えば偏見の塊のそれは、当時の私からすると、私より収入低い奴がなんか言ってるくらいにしか思わなかった。



明日も仕事がある。

予約が既に入っているので今日は早めにお風呂に入った。

ベッドに入ると、何故かいまだに今日の事が悶々としたので眠剤を飲んで眠った。








今日の1本目はリピ150分だった。

今日もありがとうね〜と言いながら扉を閉めた。悪い人ではないし、私にゾッコンなおじだからそこまで不快ではなかった。


2本目は新規90分だ。

同じホテルだったので、一旦フロントに降りてドライバーにお金を渡して次に向かった。



ここだ。307号室。

私はチャイムを鳴らしていつも通りの笑顔を作った。


扉が開くと、そこにはおどおどした青年がいた。お金無さそう…と思いながら、いつも通りの挨拶をしてお部屋にお邪魔した。

勿論、いつも通り靴も揃えて。



「こういう所初めてで、今日友達と来たんです。不慣れですみません、何もしなくていいので、あの、お金、渡しますね」

「何もしないなんて寂しいですよ。まずはイチャイチャしませんか?」


お金を受け取り、いつも通り私のペースに乗せようとしたが、青年は私から離れた。


「本当、お話だけで!本当に!」

「タイプじゃないですか?」

「いや、そういうのじゃなくて、僕、女の子慣れしてないので、また来ますから、まずお話からお願いします!!」


無理強いしてクレーム入れられたら溜まったもんじゃない。

私は青年の言うとおりにした。


他愛もない話。時間早く過ぎないかな、なんて思いながら大袈裟に笑った。話を真剣に聞いているふりをして、さりげなくボディータッチしてみたりした。青年は避けなかったが、顔を赤らめていた。


ーーーーーピピピ…ピピ…


アラームが鳴った。

時間の合図だ。

身支度を整え、青年に挨拶して部屋を出ようとした時だった。


「あ、あの!!らむさんが良かったら、連絡先とか交換できませんか?」





それは本当に気まぐれだった。

こんなもっさいお金も無さそうな男なんて、普段なら絶対相手にしない。

今日は何故か、交換してもいい気がした。



「ありがとうございます!!また絶対呼びますね!!」

「こちらこそすごい楽しくて時間あっという間でした。ありがとうございました。いつでも連絡してね」


そう言って部屋から出て行った。

ドライバーの元へ行き、お金を渡して次へ向かった。


『今日はすごい楽しかった♡ありがとうございました。なんだかもう寂しいよ。゚(゚´ω`゚)゚。』とメッセージだけ送っておいた。





仕事が終わり、スマホを見ると返事はきていなかった。

少し心配だったが、気にする事なく眠る事にした。



次の日メッセージがきていた。


『あの後友達と会ってました!返信遅れてすみません。僕も楽しかったです』

『おはよう♡お友達大丈夫だったかな?今日は雨だから気をつけてね』

『らむさんもお気をつけて』


当たり障りのない会話だ。

面白くもなければ営業に繋がるかもわからないが、この日から毎日メッセージを送った。



ある時は好きな花の話。

またある時は昔飼っていたペットの話。

趣味や怖い話など色々話した。


私は青年とのやり取りが楽しくなっていた。


私を風俗嬢としてではなく、1人の人間としてみてくれている。

完璧な私ではなく、普段の私を求めてくれている。


私は勝手にそう思っていた。


そして2ヶ月が過ぎた頃、青年は私をリピートしてくれた。

90分。同じだ。そして部屋も307号室。

またあの照れた感じが見れるのかな?

今日は青年の好きなアニメを見て来たから、その話できるかな?

私はワクワクしながら部屋のチャイムを鳴らした。



青年が出て来た。

またもや緊張しているようだ。

私は少し笑いながら、お部屋へお邪魔した。


お金を受け取り、タイマーをセットした所で


私は天井を見上げていた。

青年に押し倒されていたのだ。


「ご、ごめんなさい、はぁ、はぁ…ずっと、はぁ、らむさんとこういう事したくて…はぁ…はぁ…」


目を見開いてしまった。

私は、プロなのに。



この男に、私は何を期待していたのか。

当たり前の事だ。

私は人間じゃない。商品だ。

この男は買っただけだ。私の90分を。


慣れていない青年を楽だと思った私の罪だ。

この青年とならプライベートで会いたいと思った私の罰だ。




いつもより念入りに仕事をこなした。

私の嫌いな完璧な私を演じた。

きっとどこかで、『完璧ならむさんじゃなくて、いつものらむさんの方が好き』と言って欲しかったのかもしれない。

そんな事とは裏腹に、男は果てた。そして私に愛おしそうにキスを求めてきた。




ああ、同じだ。

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