第10話 うちで良ければ
「まさか
衝撃の事実が発覚してからというもの道中の話題は周辺スポットの情報からゴミ出しの日にまで
普通は会社の同僚、しかも男性社員が隣人だなんて嫌でしかない事案だろうに。
驚くのはお互い様としてこうまで喜んでもらえる
そんな中、話題は今俺が抱えるある悩みに移っていた。
「
「たしかに。私も家だとぼーっとしちゃいますし」
チェーンのファストフードやコーヒーショップを利用することが多いが、日によってなかなかに静かとは言い難い。ただ、そこまで多くの注文をするわけでもないし、個人経営のカフェ店などに入るのも少々気が引ける。
などと話している、何やら思いついたらしい。
「そうだっ」と声を挙げすすっと隣から肩を寄せると、
「でしたら
「いいお店、ですか?」
そう返しつつ、内心で浮かべるのは苦笑い。
というのも今もそうだが、さっきから彼女と身体的な意味での距離感がどんどんと縮まっているからだ。
それだけじゃない。ふわり鼻先を
しっかりと
彼女ほどの美しい女性からこういった距離感で接されたなら、大抵の男が、おそらく良からぬ意味で勘違いをしてしまうのではなかろうかと老婆心も湧くというもの。
まあ余計なお世話でしかないが。
「ちなみに駅前の、商店街を挟んだ反対側にあるんですけど」
「駅前って最寄りのですよね? でも、引っ越してきたばかりなのにどうして
「それはですね——」
珍しく言い淀むと、これまた珍しくなにやら
結局溜めに溜めた後、「また今度教えますね♪」と話を終えられてしまった。
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。
俺たちはマンションに到着する。
「今日は本当にありがとうございました」
自室を前にして会社の同僚に別れの挨拶をするなんて機会もなかなかに乙なものだ。
社宅だとこういった感じなんだろうかなどと想像を巡らせつつ、互いに会釈をすると俺は鍵を開けドアノブに手を掛ける。
すると「あのっ」と
「はい、どうされました?」
「いえ……、そのっ」
モジモジ。そんな表現が適切かも知れない。
もうさすがに酔いは醒めているはずなのに仄かに頬を赤らめながら、
「あの、良かったらうちでお茶でもいかが、かなと」
と、俯き加減。言葉尻、
律儀な彼女のことだ。単に御礼がし足りないからだと無理やりに自分を説得しつつ。
もし断る理由が無ければ思わぬ
「とても嬉しいお誘いなんですが。すみません、実はこのあと宅配便が届く予定になっていまして」
暗に自宅待機が必要な旨を告げると、「そ、そうですかっ。でしたら、仕方ないですよね……」と
その心から残念そうな
かと言って、俺が彼女を家に招き入れるのはまた話が違うのだろう。
「良かったらまた是非。では、今日はおやすみなさい」
「は、はいっ。おやすみなさい——」
ひやりと冷えた通路。
改めて互いに会釈をすると俺は今度こそとノブに手をかけドアを開く。
すると横目、バッグに手を伸ばした
「あの、どうかされました?」
ドアを半開きにしたまま小首を
「いえ……。たぶん今朝、一度帰宅した時に鍵を持っていくのを忘れちゃったみたいで」
「それは大変ですね。妹さんは? 今いらっしゃらないんですか?」
「あ、そうですよねっ」
慌てて玄関のチャイムを鳴らすも当分の間無反応。
その後、連絡を促すもどうやら繋がらない様子。
ちなみにここから徒歩数分圏内にコンビニはあるものの、カフェなど気の利いた場所はない……。
どんどんと気温も下がっている。立ちっ放しは怪我にも響くだろう。
仕方、ないよな——。
それにさっき
他意はない、ただの善意だ。
そう自分に言い聞かせるように。
「
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