異世界●REC。転生でもらったスキルは、見たものを何でも再生する。ただの録画スキルだと思っていたら時間が操作出来て、賢者と呼ばれる事になってしまった。でも何故か犬には効かない

向原 行人

第1話 異世界転生者の俺は散歩が仕事

「ねぇ。コーディさんって、何のお仕事してるの? いつも散歩してるだけだよね?」


 毎日の日課の為に宿屋を出ようとすると、中学生くらいに見える、可愛らしい金髪少女に声を掛けられた。

 この宿の看板娘で、アリスって名前だったと思うけど、俺はちゃんと料金を払っている客なので、不審者を見るようなジト目は勘弁して欲しい。


「よく知ってるね。その通りで、町の中を見て回っているんだよ」

「働かないの?」

「あはは。この見回りが俺のお仕事なんだ」

「剣とか杖とか、何も持って無いのに? 体術とかも……出来なさそうだよね?」

「まぁね。あ、じゃあ今から一緒に行く?」


 そう言うと、アリスちゃんの俺に向ける目が、変態不審者を見るような目に変わった。

 いや、本当なんだって。

 アリスちゃんは暫く俺にジト目を向け、そのまま奥の部屋へ。

 身だしなみには普通に気を遣っているし、服装も普通の旅人スタイルなんだけど、この辺りでは珍しい黒髪だから、こんな目を向けられてしまうのだろうか。

 とはいえ、俺は元日本人の転生者なので、目立つ黒髪を染めたりしようとは思っていないけど。


「お母さーん! 変た……じゃなくて、八号室のコーディさんとお散歩してくるー!」


 今、変態って言いかけた!?

 違うからね!? 俺はこの街の為に、いろんな所を見て回っているんだからね!?

 いやまぁ、確かに街中を歩いているだけだから、何もしていないように思われているんだろうけどさ。


「お待たせ! じゃあ、行こっか」

「……えっと、微妙に距離があるのは気のせいかな?」

「あ。先に言っておくけど、私は中級火魔法スキルを習得しているから、変な事は考えないようにね」


 そう言って、アリスちゃんが腰のベルトに差した小型の杖を見せてきたけど、やっぱり完全に変態不審者扱いされてるっ!

 アリスちゃんが俺についてくるのは、完全に監視だよね?

 魔法スキルという攻撃手段があるから、俺の行動を見張るつもりなのだろう。

 とはいえ、俺としてはいつも通りに歩くだけだが。


「じゃあ、街の西側へ行ってみよう」

「昨日は、宿を出て東へ向かったのに? まさか私がいるから、治安の悪いスラムに連れて行って……」

「いやいや、元から今日は西へ行く予定だったんだよ。というか、昨日の俺の行動を見ていたの?」

「見ていたというか、受付にいたら嫌でも目に留まるでしょ。お昼過ぎに起きてきて、眠そうに歩いていくんだもん」


 それは、二日前に夜の見回りをしたせいで、起きるのが遅くなっただけなのだが……説明しようにも、再び冷たい目を向けられているので諦めた。

 今日はちゃんと朝ごはんを食べて、朝から出掛けているんだけどさ。

 とはいえ、最近はいつも一人で歩いていたので、誰かと一緒に街を歩くのはちょっと新鮮かもしれない。

 例え相手にジト目を向けられ、不審者扱いされていても。


「それにしても……本当に歩いているだけなんですね。やたらとキョロキョロしていますが」

「見回りだからね」

「うーん。でも、武器も杖も持ってないし、弱そうなコーディさんが見回りをしても、あまり役に立たない気がするんだけど」

「あはは。まぁ確かに俺は戦う術は持っていないかな。けど、別に荒事を抑止する為に見回りをしている訳ではないんだ」

「じゃあ、何の為に? どうして歩いているだけのコーディさんに、誰が報酬を……」


 訳がわからないと言った様子で、アリスちゃんが俺に目を向けたところで、左手から大勢の悲鳴が上がる!


「うぉっ! 何だっ!?」

「逃げてっ! 馬が暴走してるわっ!」

「あんなのに轢かれたら、怪我じゃ済まないぞっ!」


 慌てて目を向けると、一つ向こうの通りを大きな馬が猛スピードで走っていた。

 中途半端に馬具が付いている様子からして、馬車を引いていた馬が逃げ出したのだろう。

 だがそんな事よりも、馬の進行方向に六歳くらいの女の子が立ち尽くしているのがマズい!


「危ないっ! 逃げてっ!」


 思わず叫んで駆けだしたけれど、女の子まで距離があり、間に合わない!

 その女の子も、向かって来る馬に驚いて身動きが取れず、このままだと馬に踏まれるか、蹴られてしまう!


「きゃぁっ!」


 後ろの方から、その様子を見ていたと思われるアリスちゃんの悲鳴が聞こえてきた。

 周りの人たちも、これから起こるであろう凄惨な事態に目を背けているけど……そうはさせない!


「≪風魔法・ゲイル≫」


 風魔法で自分自身を後ろから吹き飛ばし、強風に乗って……間に合った!

 大きな馬が女の子の目前に迫っていたところを、抱きかかえて間一髪通り抜ける!

 ただ止まる方法を考えていなくて、そのまま樹にぶつかってしまったけど、身を挺して何とか女の子は守った。


「ふぅ……危ないところだったね。大丈夫? 怪我はない?」

「うぅ……こわかったぁぁぁっ! おにーちゃん、ありがとー!」


 抱きかかえた女の子が、俺の首に抱きついて号泣する。

 まぁ、目の前まで大きな馬が迫っていたし、怖かったよね。


「コーディさん! あの一瞬で躊躇いも無く子供を助けるなんて……凄い! しかも、風魔法が使えたんだ!」


 背後からアリスちゃんの声が聞こえてきたけど、それに応じる前に周囲の人たちに囲まれる。


「兄ちゃん、凄えな! よく、あの暴れ馬の前に飛び出したもんだ!」

「これ、うちで一番旨い肉だ。是非、食ってくれ!」

「兄さん。名前は? ……コーディか。みんな! この街の英雄コーディに拍手を!」


 街の人たちに囲まれて褒められ、慌ててやって来たお母さんと助けた女の子に物凄く感謝され……何とか解放された。

 三日前に神様から貰ったばかりのスキルだったけど、何とかなって良かったと思っていると、アリスちゃんが近寄ってくる。


「コーディさんって、実は凄いんだね! 格好良かったよ!」

「あはは。ひとまず女の子が無事でよかったよ」

「うん! コーディさんのおかげだね! でも何か忘れているような……まぁいっか」


 アリスちゃんが、先程までのジト目とは違い、可愛らしい微笑みを向けてくれるようになった。

 何の仕事をしているかわからない変態不審者という話も有耶無耶になったみたいだし、宿に戻って……俺の仕事を終わらせようか。

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