第29話 風揺らぐ墓標の前で

 曇り空の森は薄暗く、陰鬱な雰囲気が漂っていた。

 エルフの葬式は簡素なものだ。それが死者が多ければ誰であろうと一人ひとりに使う時間も限られている。それはララエも同じだ。


「………………、」


 ティンはラユゥとともに亡き妹を供養している。

 必死にかき集めたララエを埋葬し、世界樹の苗木を挿しただけの墓。長い時間をともに過ごした思い出とともに冷たい土の中だ。


「ヒグレからは聞いている。誰もティンを責めたりせんよ。これは偶然が引き起こした悲劇だ。だから自分を責めてはならん、追い詰めてはならんぞ」

「……大丈夫、わかってるから」


 ティンはかぼそい声で言った。


「……。ティンには色々と世話をかけたな」

「そんなことない。私にとって村のみんなはかけがえのない家族だ。そして大切な場所。ララエのお姉ちゃんになれて、本当によかっ……」


 ティンはララエとの時間を振り返って、一気に悲しみが沸き上がる。涙が溢れそうになって奥歯を噛み締めてその感情を堪える。

 そっと、ラユゥはティンの頭を撫でた。


「私にとってティンは大切な娘だ。今が一番辛い時期だ。だから今は出せるだけ、ぜんぶ出し切ってしまいなさい。我慢するのはよくない」


 ティンは振り向きはしなかった。だが、ラユゥの手から伝わってくる体温は優しく、抑制していた感情が絆されて決壊した。肩を振るわせながら止まらない涙を何度も拭った。


 そんなティンの頭をラユゥは静かに撫でた。

 ティンとラユゥの関係はとても曖昧だ。親というには距離があって、他人というには距離が近い。彼が距離を置いてるのか、それともティン自身が壁を作っているのは定かではない。ただ家族だということは間違いなく、揺るがない事実である。だからこうしてラユゥの言葉が暖かく自分の中に溶け込んでいくのだろう、とティンは思う。

 しばらく泣いたティンは、最後の涙を拭い、ラユゥに振り返った。


「ごめん。ありがとう。だいぶ楽になった」

「このくらいお安い御用さ」


 ラユゥはそう言いながらティンの頭を撫で続ける。


「撫ですぎ」

「ああ、ごめんよ。だが、今に思えば、こうやってティンを甘えさせてやれなかった」

「ラユゥが気にすることじゃない。私もそうだったから」

「そうだろうが、そうさせてしまったのは私たち大人だ。まだ小さかったティンにそう思わせてしまった。ティンという名前だって本当の――」

「ラユゥ。それは自分で決めるし、もう終わったこと」

「……、そうか。立派に成長したな。もうどこへ出しても恥ずかしくないな」


 ラユゥはそう言ってティンと肩を並べた。


「ララエから聞いたよ。ヒグレ殿に勧誘されたんだってな」

「そうだけど、それは」

「断ったのだろう? 知っているよ。だけどララエは自分がいるからお姉ちゃんは自由に動けないと思ったみたいだ。だから私に、ティンと一緒に村を出たい、と言った」

「ララエがそんなことを。あのときの会話、聞いてたのね」


 ティンは勧誘を受けたヒグレとの会話を思い出した。


「私はそれでもよかった。二人とも幸せになれるなら、どんな場所でも送り出したかった」


 ラユゥは墓の挿し木に慈しむようにふれた。


「ティンには、この世界は厳しすぎる。だからヒグレ殿についていけばきっとこのさき安心だと思った。許可を出す前にこうなってしまったがな」


 遠い場所を見つめながらラユゥは視線をティンに向ける。


「ティンは今後どうしたい?」

「正直、わからない。でも、ずっとここにいるわけにはいかないような気がする」

「そうか」


 そよ風に揺れるララエの墓を見つめながらティンは言葉を続ける。


「ララエを失って初めて気づいた。私はずっと疎外感を感じていたんだと思う。気にも留めていなかったけど、心のどこかではみんなとの壁を感じていた。それを忘れさせてくれたのはぜんぶララエのおかげ。心のよりどころだったんだ。私にとって」

「……。そうか、そんなことを思ってたんだな」


 ラユゥはそう言って、ティンの頭を撫でた。

一瞬、怒られると思ったティンはビクッと跳ねた。


「大人だと思ったが、まだまだ子供のようだね。まったく、この可愛い娘は。そう思ってしまう前に無理せず寄りかかってくればいいものを」


 ラユゥが撫でるたびに、ティンの耳は稲穂のように垂れた。


「これは私からの提案だ。ティンのためにも、ヒグレたちと旅に出なさい。外の世界を見てきなさい。そして、たまに顔を見せに帰ってきなさい」


 優しく微笑むラユゥから出た言葉に、ティンは目を見開いた。


「………………、うん。わかった」

「ララエもきっと喜ぶ」


 決意を固めたであろうティンの眼差しに、ラユゥは満足して彼女の肩に手を置いた。



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