第24話 ティンの事実


 ラルドの治療は一瞬にして終わった。

 懐中時計。ラルドの持つ〝写真一枚分の時間に、指定した時間だけ滞在することのできる魔導具〟を使用したことで、スイッチを押したときには終わっていた。そのあとも、ラルドは患者たちのために動き回っていた。


 ヒグレたちは部屋に戻ってお茶を飲んで過ごしていた。今回の功労者であるララエは、ラユゥと二人きりで話があるらしく、ティンの隣が定位置の彼女はこの場にはいない。


「それにしてもなんとかなってよかったよなぁ。渋られ続けていたらどうなってたか」

「結局は丸く収まってたんじゃないかなぁ」

「甘いねぇ。ラルドのことだ。力づくでも全員連れていってたんじゃねぇかな」


 おかわりのお茶を淹れるドレッドは呑気に言いながら座った。


「ねぇ。ラルドってもしかしてけっこう良い人?」


 一息ついたティンは言った。


「……。どうしてそう思ったんだ?」

「私の提案を突っぱねた時に違和感を感じた。大金を要求したわりには一線を引いてたし。方法はいくらでもあった。なのに、それ以上は踏み込んでは来なかった」


 ラルドの言動から感じた違和感というものをティンは述べた。


「……。ラルドは良い奴だよ。出会った頃からな。ラルドは試していただけなんだ。あれでも医者だからな。村人ぶん殴ってでも助けただろうし」

「そうなんだ」


 間を開けて、ティンは言葉を続ける。


「それなら、話すだけでも村のみんなは納得してくれたと思う」

「それが可能なら苦労はしない」


 ティンの言葉に、部屋に入ってきたラルドが答えた。お茶を啜るドレッドから、『おつかれ』と湯呑を受け取ったラルドは適当な席に座った。


「たまにいるんだよ。治してから殺す奴がな」


 ラルドはそう言いながらお茶を啜る。


「こんな話がある。治療して問題が解決したのにもかかわらず不安だから殺した、ってな。ここでも術後に血が足りない患者に輸血しようしたら思い切り止められた」


 そう言って大きく溜息を吐いたラルドは言葉を続ける。


「この村も典型的な良い例だ。死にそうな仲間がいるのに教えだのなんだのと文句を言う。助けたいんだか、殺したいんだかわからん。結局は自分たちの体裁を保つたいがために、死んだらとことん医者を叩く。ホントクソみてぇな連中の集まりも良いところだ」

「村のみんなを侮辱するのは許さない」

「ああ、悪い。全員がそうじゃないことはわかってる。どちらかというと理解してくれる人が多いからいいほうだ」

「うん。それでいい」

「話はこの辺にしよう。ティンって言ったか。俺はお前のほうが一番気になってたんだ」


 ラルドはそう言ってティンを指差した。

 ティンは『私?』と小首を傾げながら確認した。


「珍しいな。ラルドが幼気いたいけな少女に興味を示すなんてな」

「ティンがどうかしたのか?」


 ドレッドが茶化すなかでヒグレは訊いた。


「お前らはほかの獣人に会ったことはあるか?」

「いや?」「全然」


 ラルドの問いに、ヒグレとドレッドは答える。


「そうか。ほかの獣人と会ってみればわかることが、俺たちがよく知っている違和感をティンは持っている。つまりは、ティンはこの世界の住人じゃない、ってことだ」


 ラルドが発した言葉に、非常に稀なケースを聞いたヒグレとドレッドの反応は薄かったが、ティンは「どういう……」と告げられた言葉を理解できていなかった。


「そのままの意味だ。ティンは幼少期の頃の記憶はあるか?」

「ない、けど……」

「それはまた珍しいな……、ここに来る途中で歪みがあったわけじゃないし、そもそも安定しているこの世界に迷い込むことはまずない」


 ラルドは興味深そうに呟く。異世界からの来訪者は、べつにヒグレの故郷である世界から召喚、あるいは転移、転生だけではない。それは枝分かれするこの壊れた世界でも例外なく起こる現象だ。ただヒグレの世界よりかは少ない現象だ。


 しかし、そうなるとティンがエルフの領域にいることもにも説明がつく。現状、この世界の獣人は奴隷以外いない。人の領域から逃げてきたにしても、大森林の最奥にあるこの村まで辿り着くのは到底かなわない。

 記憶を失っているティンには、とうてい実感できるものではない。比較できるものがないのだから。そう告げられても困惑するだけだ。


「そうなんだ。私は、この世界にいる獣人ではないんだね」


 一度は動揺を見せたティンだったが、落ち着いてその事実を受け入れていた。


「あまり驚かないのだな」

「うん、まあ。この世界に来る前の記憶がないから、私からしたらなにも変わらない」

「そうか。なら、無理に話を広げる必要もないな。次の話題にいこう」


 ラルドは淡々と言って、ヒグレにある資料を渡した。


「これは?」

「調査の一環で行われた魔物の解剖記録だ。本来、魔物は討伐したら消滅するが、今回にいたっては消滅しない。それでいてキメラと来たもんだ。検査の結果、エルフ、豚、魔物、その他といった感じに混ざり合っていた。内臓は人間に似た構造をしていた」


 各々が順番に回されていく資料を目を通す中、最後に手渡されたティンは資料に記された狂気の先端にわずかに眉をひそめた。


「面白いのはここからでな。こいつらには胃が二つあるんだ。一つは消化器官としての役割、もう一つは保存用の器官だ」

「保存用? 越冬するような大陸じゃあるまいし、なぜそんな器官が?」


 ドレッドは疑問を投げるが、ラルドは両手を小さく広げた。


「さあな。内容物を見るに、女性を限定とした一部の臓器を貯め込んでいた。用途は今もわからんままだが、後で食べるにしたって腐敗を止める液体で満たされているのは不自然だ。エルフを優先的に狙っていることは知ってたが、具体的な理由はわからんままだ」


 淡々と開示されていく魔物の情報。それは現地に赴いていたヒグレとドレッドが薄々と感じていたものと同じだった。


「以上が、魔物に関する情報だ。まあ、ここまで言えばわかると思うが、明らかに人の手が加わった人工生命体だ。それも魔物を使った最悪なほうのな。ヒグレたちは大森林で魔物と接敵したのだろう? なにか気になったことはなかったか? なんでもいい」


 ひとしきり話し終えたラルドは質問を投げかける。


「うーん。俺は気になったことはなかったけど……」

「術式を使うヤツ、言葉を発するヤツ、二足歩行になった異形の豚、くらいだ」


 ドレッドとヒグレは、自分が持つ魔物の情報を思い出しながら答えた。

 そして、ティンも手を上げた。


「有力な情報になるのかわからないけど、魔物は私を見て、マジョ? と言ってた」


 自信なさそうに答えるティンに「そういえば言ってたな」とドレッドとヒグレは証言する。一定の魔物がティンを視認すると過剰な反応を見せていた。なにがそうさせているのか不明のままだが、証言を聞いたラルドは興味深そうに頷いた。


「まさかこんなところで耳にするとはな」

「有名なの?」

「まあな。魔物が言ってたのは間違いなく魔女のことだろう。大昔に絶滅した種族だ。魔物が反応を示したということは、ティンにも血の繋がりがあるのだろうな」

「私が、魔女の?」

「遠縁だとは思うがな」


 ラルドはそう言ってお茶を啜った。ティンはわずかに驚いた顔を浮かべていた。

 異世界人で魔女の遠縁。いったい何者なのだろう、とヒグレは不思議に思う。

 その隣で、「ん?」と天井を見ながら首を傾げるドレッドは口を開いた。


「なあ? 病室ってラルドが出る時、何人いたんだ?」

「何人って、俺が出る時は誰もいなかったぞ」

「そう? なんか、めっちゃ動く気配が複数人いるんだけど?」


 ドレッドの言葉に室内は静かになる。村人たちが寝静まった時間帯に病室で動き回る複数の気配。それがなにを意味するのか、この中で一番ラルドが知っていたことだ。


「――ッ!? まさか!」


 ラルドはドアを突き破るような勢いで部屋を飛び出した。その場にいた全員は、彼の焦りように異常を察して、あとを追うように病室へ向かった。

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