第17話 妹のワガママ
翌日。ヒグレは森の中にある草原に来ていた。急な斜面を登り、樹冠とほぼ同じくらい高さの場所にある、草花が咲く小さな草原である。
ヒグレと対面して座るララエは
満足のいく物が完成してララエも満足している。
「はい」
じっと見守るヒグレの頭に白い花の花冠が乗せられた。首飾りと両腕、そして頭に乗せられた物で計四つの花の装飾品を貰っていた。
綺麗に飾られていくヒグレを見て、満足そうにララエは笑顔を浮かべた。
「お姉ちゃんも残念だよね。呼び出されて一緒に来れなくなっちゃうなんて」
「ドレッドも誘ったんだがな。野暮用があるって出払ってる。すまんな」
「うぅん。今もとても楽しいよ」
ララエの鼻歌を聞きながらヒグレは、花飾りが作られていく光景を眺める。
「ララエは同年代の友達とは遊ばないのか?」
「遊ぶよ。でも勉強とか稽古とかで全然。今はひーにぃたちがいるからたくさん遊べるよ」
「気を使わせてしまったか?」
「全然。それに今が一番楽しいの。お姉ちゃんにもやっと友達ができたから」
「……ティンにはいなかったのか?」
「親しい人はいるよ。でも気を使わないような友達はいないかな。いつも私と一緒に遊んでくれるけど、それ以外は私を見守ってるだけかな」
ララエは普段のティンのことを話した。
「でも、私が見てないだけでいるかもしれないしね」
「そっか」
話している間にもララエは花装飾を完成させ、ヒグレの首にかけた。一息ついた彼女は立ち上がり、膝に着いた土埃を払った。
「ひーにぃといきたい場所があるの」
「いきたい場所? ここではない場所か?」
「うん。こっち、見せたいものがあるの。ついてきて」
ララエは頷くとヒグレの手に取り、村の方角から少し逸れた方角のほうへと向かう。
手を引かれるままやってきたのは、なだらかな丘を登った先にある岩場だった。
一番高い場所に登り、ヒグレは彼女に促されるがまま腰かける。
さて、ヒグレが座ってまず目に入ったのは巨大な樹木だった。
それは天高くそびえ立ち、わずかに出ていた雲を軽く超える高さだ。距離的には東京から見える富士山くらいの距離である。遠くからでもわかる幹の太さは圧巻の一言だ。
「晴れてるからしっかり見えるね」
「見せたいものってあのデカい木か?」
「うん!」
ララエは元気よく頷き、言葉を続ける。
「あれはね。‶世界の
「てことは、本体はべつにあるんだな」
「うん。この大森林より遥か遠い、世界の中心にある大陸に‶世界樹〟があるの。あっ、ちなみにあの
「へぇ……」
近隣の川もそこに流れ着くのかな、と思いながらヒグレは大樹を眺める。
「それでね。世界樹には神様が住んでいて、この世界を守る神様なんだって。あの別木にも神様の分霊が住んでいて、この大陸を守ってるの」
「そうなんだ」
「太古の昔、世界が滅びそうになって、大陸が大きく七つ……えっと、九つ? くらいにわかれたみたいなの。そんな現状を憂いた神様が一つの苗木を、世界の中心に植えた。苗木はたちまち大きくなって世界中に根を這って、大陸を繋げて、崩壊を止めた。今の世界があるのは世界樹によって支えられてるからなんだよ」
「へぇ、この世界の神話か」
「本当にあった話みたいだけど、実際はどうなんだろうね。あっ、ちなみに大陸と大陸を繋ぐ根っこは橋みたいになってて渡ることができるんだよ」
ヒグレは興味深い話を聞く。普段はどんな異世界に渡ったとしても、一国の街や村を回る程度で、世界の全貌を知ることはない。初めて他県の土地に踏み込む程度の感覚だ。そのせいか、どの世界も代わり映えがしない。
だが、こういう風に、世界の全貌を知ると世界の風景ががらっと変わる。
ミニマムだった世界が一気に広がった感じが、ヒグレにはあった。
「そういえば、神様には名前があるのか?」
ヒグレが気になったことを訊くと、ララエは頷いた。
「神様の名前はね、――カガリギ様。実際のところはどうなのかわからないけど、村のおじいちゃん、おばあちゃんたちはそう呼んでるよ」
「ああ。カガリギ様は世界樹に住んでる神様のことだったのか」
「知ってたの?」
「いや? 村の老人たちがたまに言ってるのを聞いてたからな」
「……。そっか」
ララエの表情から一瞬だけ笑みが消える。だが、すぐにお日様のような笑顔に戻り、勢いをつけて跳ねるように岩場から立ち上がる。
「ひぃ兄にもう一つ見せたいものがあるんだ」
ララエにそう言われ、ヒグレが案内されたのは鬱蒼と茂った森の中だった。
村から少し離れた場所に位置し、人の手が入っているせいか荒れてはいなかった。
「ここに見せたいものがあるのか?」
ヒグレが訊くと、ララエは無言で頷く。案内されたのはいいだが、周囲を見渡すかぎりここにはなにもない。なにか気配があるわけでもなく、ただの木々が生い茂る場所である。
すると、ララエはヒグレに出て踵を返した。
「ここは村のお墓だよ」
「墓? ……もしかして、この木がそうか?」
周囲を見渡してヒグレは近くの樹木に視線を向ける。
「そうだよ。
一本ずつ墓標の樹木を一周しながら話すララエ。
「村にはね。カガリギ様の〝教え〟があるの。死んだエルフの魂は樹木に宿り、長い時をえて、精霊に生まれ変わるって。カガリギ様を信仰してるみんなはそれを願ってるの」
「へぇ。そうなんだ」
「私のお父さんとお母さんは死んじゃったけど、いつか精霊になって帰ってくる、って」
ヒグレはなにも感じない樹木を見ながら腕を組んで関心するふりをする。信仰者に下手なことを言えるはずがなく、そういう文化なのだ、とそのまま受け入れて尊重する。
「……、でも、みんな嘘つき」
だが、ララエから発せられたのは意外な言葉だった。柔和な笑みを浮かべて俯く彼女の表情はどこか寂しげにも見えた。
そして、ララエの発言からヒグレは察してしまった。
「視えているんだな」
「……、うん。やっぱりひーにぃにもわかるんだね」
ララエは小さく頷いて苦笑した。魂というものは魔力と同じように肉眼では視ることはできない。魔力は魔力強化による五感の強化をしてようやく可視化できるが、魂は魔力強化では可視化することは現状不可能に近い。視るにしても相当な鍛錬が必要となる。
だが、ごく稀に魂を認識することが可能な者が現れるのだ。
ララエもその一人のようだ。彼女が前もって世界樹の別木とカカリギ様の話をしたのは、すべて彼女が視えている現実を話すためだったのだ。
「ねぇ、ひーにぃ。私も連れてって」
「え?」
突然の言葉にヒグレは動揺した。なぜそんな話になるのか、脈略が掴めなかった。
「私がついていけば、お姉ちゃんは自由になれるんだよね?」
「……。ああ、そういうことか。あのとき起きてたんだね」
「それはそうだよ。眠らないからって〝眠り花〟を何度も使われたら嫌でも耐性つくよ」
「困ったら使うのか、あれ」
「お姉ちゃんは単純な手口を好むからね」
ララエは苦笑を浮かべた後、不安げな双眸がヒグレに向けられる。
「ダメ、かな……」
「……。俺の一存では決められない。それにララエは子供で、ティンはおと、な……大人なのか? まあ、自分で選択できる歳ではあるか。まずはちゃんと大人に相談してから考えるのもいいんじゃないか――――」
「大人は信じられないよ! 私は憶えてるもん。『木に魂は宿ってない。精霊もいない』って言ったお姉ちゃんが、複数人の大人に何度もアザができるまで殴られたのを! 相談したら、きっと今すぐにでもお姉ちゃんは、大人たちに……」
そこまで言ってララエは言葉を噤んだ。その言葉の先に待ち受ける悲劇を口にするのが怖くなったのだろう。ララエの話に面食らったヒグレだが、
「けど、その話が事実でも、ララエが一人で決めていいことじゃない。それはわかってくれ。ちゃんと頼れる大人に相談してから決めるべきだ」
優しく諭すように言う。
「……、」
納得のいっていないララエは無言のまま俯いている。
難しい話を除いたとしてもこの村、とくにラユゥを裏切りたくはないのがヒグレの本音だ。だが、ララエの気持ちを蔑ろにはしたくはないのも事実だ。
ティンの自由は保障されているといっていい。だが、もしララエが〝木に魂が宿っていない〟ことを話したとき、ティンを良く思っていない者たちがなにをするか。
悲惨な未来、ヒグレはそれを望まない。
「俺がこんなこと言っちゃあダメなんだけど、最終的にお姉ちゃんと相談して決めればいい。お姉ちゃんが良ければララエも連れていく。それでいいか?」
最終的にティンの追放を回避できるなら、ヒグレは二人とも連れていくことにした。
「いいの?」
「いいぞ。あっ、でも、ラユゥにはちゃんとこのことを話すんだぞ。親身になって聞いてくれるだろうし、心強いティンの見方だからさ」
「わかった! 帰ったら話してみるね!」
「そのかわり、三人が納得いくまで話すんだ。約束だ」
「うん、約束! ありがとう! 大好き!」
ララエはそう言ってヒグレに抱き着いた。
なんだか妹ができたみたいだな、とヒグレは元居た世界の肉親に思いを馳せながらララエの頭を撫でる。蘇る懐かしい記憶に、元気にしてるかなぁ、と呑気に思った。
「それじゃ、そろそろ帰るか。雲行きも怪しくなってきたし」
「うん。あ、その前にこれあげる」
ララエがそう言うと、小袋を取り出した。
「それは?」
「キラキラ。川で拾ったの。中を見てみて」
ララエに促されてヒグレが小袋を受け取ろうとした時、ポツリ、と一滴の雫が落ちてきた。ポツポツと降り始め、そのうち本格的に降りそうな空をしていた。
「降ってきたから、見せてもらうのはあとでいいか?」
「うん!」
「それじゃ、急ごう。村に着くまで肩車してあげる」
「やった!」
ララエを肩車したヒグレは急ぎ足で村へと戻る。日光を遮断された森は薄暗く、生物は息を潜めて物静かだ。遠い空の向こうからは雷鳴が轟いていた。
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