第14話 エルフとの交流、狂暴な戦士
アーテア大森林の奥地に位置するエルフの領域。クコルル村。村の規模としては大きく、森の中と違い、間伐されて日当たり良い土地となっている。
地表には二階建ての枯草で作られた屋根の木造建築物が立ち、樹木の上にも同じ建築物が幹に密着するように建てられ、行き来のできる橋が架かっている。上下に二つ、自由に行き来できる村であった。ぱっと見、森の中にある人族の街とそう変わらない。
日の射す開けた場所には小さいながら畑が広がり、少し下ったところには透明度の高い川が流れ、エルフたちは川辺で釣りや水浴びをしていたりする。
人族という人族がいない、美しきエルフの楽園。他種族が土足で踏み込めるような領域ではない。そして、人というカテゴリーに位置するヒグレたちの場違い感は否めない。それでも快く受け入れてくれた数少ない友好的なエルフが住まう村だ。
投石ではなく挨拶が飛び、ナイフではなく握手の手が差し伸べられる。そしてとても親切。打ち解けるのも時間がかかることもなく、自然な流れで交流が始まった。
そんなこんなで村に滞在することになってから、一週間が過ぎようとしている。
現在、ヒグレは調査のために村からだいぶ離れた場所に来ていた。エルフが見回りでこない場所を重点的に探し回り、魔物の痕跡を見つけ、辿っているうちに見つけた。
「……、今日はここまでだな」
ヒグレは巨大な獣道を見ながら呟いた。
何百頭という大行列が踏み固めた道。魔物の合流地点と考えられた。そして、足先が指し示す方向に大元がいる可能性がある。ここまで来たら突き止めたも同然だった。
村に帰還したヒグレは、門番に軽く挨拶を交わしてドレッドを探す。
途中、寄り道して採取してきた山菜類をおすそ分けしながら、
「どああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
そこで盛大にやられたドレッドがヒグレの足元に落下した。わざとらしいな、とヒグレは彼を倒した女戦士二人のほうを見やる。
長髪で姉のリタ、短髪で妹のリル、と筋骨隆々なエルフのゴードンが紹介してくれた。この村では女戦士は珍しく、二〇人もいかない。そして、男戦士との合同訓練を禁止されている。というのも、古い考えが根強く残っているせいらしい。ともあれ、ちょうど訓練が終わったところのようだ。
「おや、ヒグレ殿じゃないですか。もう調査は終わったのですか?」
「ええまあ、……ってすごい傷ですね」
ヒグレに声をかけてきたのは、村屈指の実力者と謳われるゴードンだった。戦士事情を包み隠さず暴露した張本人だ。そんな人が今現在、ドン引きするほどに傷だらけだった。
「ティンと戦えばこうなりますよ。なにしろ、私に引けを取らない戦士ですから」
「そうですか。お疲れ様です」
「もしよろしければどうですか。この後一杯」
「すみません。まだやることがありまして」
「そうですか。では、また今度」
そう言ってゴードンは後片付けへと向かった。すると、入れ替わるようにして訓練場から汗を拭うティンが歩いてきた。ヒグレが滞在してから何度か見た光景だ。
ティンは村の中でトップ2に入る実力者だ。攻撃力が決定打に欠けるくらいでゴードンとは互角。ギオより強い。そして、戦士の中でなかなかの曲者で問題児である。
戦士は男女で別々であるが、ティンは男性陣の訓練所に乱入しては全員ボコしてから女性陣の訓練に参加し、メインディッシュのゴードンと戦って訓練を終了する。末恐ろしい少女だ。おそらく、武器さえあれば十分に魔物と渡り合える。
そんなティンに、ヒグレはさきほど山菜のお礼にもらった果実ジュースの瓶を取り出す。
「ティン、訓練おつかれさま。さっきジュースをもらったんだけどいるか?」
「あっ、ヒグレ……」
ヒグレが近づいてジュース瓶を差し出すと、ティンは後ろに下がった。
「どうした?」
「えっと、いま汗かいちゃってるから……」
「え?」
「べつに気にしてるわけじゃないけど、その……。ごめん」
ティンは逃げるようにしてその場から離れていく背中を呆然と見送ったヒグレは、足元に転がっているドレッドに目を向ける。
「……。いつまで寝てるんだ? ドレッド」
やられたぁ、と言わんばかりに仰向けで倒れていたドレッドは上半身を起こした。
「いやぁ、あの二人の揺れる豊満な胸! たまんねぇなぁ! お近づきになりてぇ!」
ドレッドの胸付近で揉むような動作をしながらそう言った。
「手を出すのは構わないけど、問題だけは起こすなよ」
「責任はちゃんと取りますって旦那ぁ」
「まあいいけどさ。問題起こしても俺には関係ねぇし」
ドレッドは「ひでぇな」と立ち上がり、そのまま人気の少ない場所に向けて歩き始める。
「ところで、今日の調査はどうだった? 収穫はあったか?」
「あったぞ。魔物の大行列が通った道を発見した」
「おっ、マジか。んじゃ、俺の出番ってわけだ。それが終われば、あとはもう一人の魔狩人を待つだけだな。今回は早く終わるかもしれないな」
「だといいけどな」
ヒグレはそう言いながら空を仰いで、息をつく。
「そういえば、もう一人は誰が来る予定になってるんだ?」
「心配性のヒグレが欲しがってる医療従事者だぜ。自由奔放な奴だからいつ来るかわからんけどな。当面は戦いに備えてゆっくりできるぞ」
「ゆっくりか……魔物の動きはどうなってる?」
「俺たちが初日に一掃したおかげで警戒してる。俺の術式もあるから問題なしだ」
ドレッドには、広範囲を索敵できる能力を備えた術式がある。彼がいれば移動が難しい場所でも、大森林を短期間で調査することが可能だ。
ならドレッド一人でいいじゃん、となるが、銃火器主体紙装甲の彼では術式を持ってしても、なにが起こるかわからない異世界で格上を相手取るのは難しいのだ。
「偵察や監視は俺の分野だからやっておくとして、主力になってくるのはヒグレだから今のうちにゆっくりしとけよ。それに、お前さんを待ってる人もいるみたいだしな」
「……、わかった。お言葉に甘えるよ」
ドレッドと別れたヒグレは、とある人妻の家に招かれていた。
カメル。ギオの妻であり、子持ちだ。道を踏み外して落ちてきた彼女と赤子を助けたのをきっかけに知り合った。ちなみに、通常のエルフと違ってカメルの耳は短い。遠い地のエルフらしく、数年前の災害で村を失って、生き残った仲間とともに移住してきたらしい。
「ごめんなさいね。ヒグレさんも忙しいのに何度もお願いしちゃって」
「このぐらいお安い御用ですよ。それに今日はもう暇だったんで」
「そう言っていただけると助かります。この子ったらヒグレさんだと大人しくしてくれるのですごく助かっちゃってます」
カメルに頼まれてヒグレは子守をしている。赤子に懐かれたことをきっかけに、カメルから子守を頼まれるようになった。とは言っても、寝具の代役だけである。
「もし寝ちゃったら教えてください。それまでの間、ラリラのことよろしくお願いします」
「わかりました」
洗濯物を干し終えたカメルがそう言いながらべつの家事に取りかかる。
主婦も大変だなぁ、とヒグレは家事をしていた母親を思い出しながら思った。
「あ、カメルさん。今日、森で山菜を採って来たので、よかったら貰ってください」
「まあ! こんなにたくさんいいんですか? いつもすみません」
「自分のきまぐれですので、どうぞお気になさらず」
「またそんなこと言って。お返し、楽しみにしててくださいね」
採ってきた山菜をすべて渡したヒグレは子守に戻り、カメルも家事に戻った。
お返しはべつにいいんだけどなぁ、とヒグレは思いながらラリラに人差し指を近づける。
赤子は指を見つめてから、小さな手で掴んだ。守ってやらないといけないほどに、貧弱でかよわい存在なのに掴む力は意外と強い。すごいな、とヒグレは純粋に思う。
「ヒグレは良いお父さんになる」
先程から肩に寄りかかるティンは、ラリラを見つめながら言った。子守を始めてから少しして、水浴びでサッパリしてきたティンが戻ってきていた。
「……、ここで言うと誤解を招く」
「良く懐いてる。子供は好きなの?」
「……。ほどほどに」
泣いたらその場から逃げ出すほど苦手なんて言えない、とヒグレは思った。
「そういえば、ララエとは一緒じゃないのか?」
「今日はエルムおじさんに読み書きを教えてもらってる。終わるまでは暇」
ティンは波のない平坦な口調で言う。ヒグレはそれに「そうか」と短く返す。自然に話題を変えることに成功して心から安堵する間、彼女は寝返りを打つように体制を変える。
「……、不思議。ヒグレに寄り沿ってるだけなのに、焚火に当たってるみたいで温かくて、心地がいい。とても落ち着く」
「似たようなことを良く言われた」
ヒグレ自身、寄りかかられることには慣れているから気に留めることはなかった。
「……。眠くなってきた」
「赤さんより先に寝ないでくれ」
ヒグレは気の抜けた口調で言う。なにかあったとき大変じゃん、と胡坐の隙間で元気にしている赤子を見つめるが、魔物と対峙する日々とは違う、暖かな風が吹きつける平和な今日に免じて、まあいっか、で完結した。
「貴様! ここでなにをしてる!」
木材でできた道のほうから怖い顔をしたギオが歩いてきた。近づくにつれて、ヒグレの胡坐の中にいる我が子を見てさらに怖い顔になる。
警戒されてるなぁ、とヒグレは呑気に思いながら、ティンが退いたのを見計らい、ラリラを抱きかかえて立ち上がる。
「なぜお前が娘を抱いているんだ! 子守を頼んだ覚えはないぞ!」
どう返答しようか、とヒグレが考えていると、先にティンが間に入って口を開く。
「落ち着いて。ヒグレはカメルから頼まれて子守をしてる」
「カメルが?」
自分の妻からの頼みと聞いて、ギオのしわの寄った表情が和らぐ。だが、まだ信用しているようではないらしく、訝しげな表情を浮かべている。
「そうか。だが、信用できん。娘は責任をもって俺が面倒を見る」
ギオはそう言ってヒグレの腕の中からラリラを優しく取り返した。だが、実の父親に抱かれているのに、ヒグレから離れたとたん泣き出してしまった。
「あら? あなたおかえりなさい。今日はもう良いのですか?」
「あ、ああ。予定より早く終わったからな」
ラリラの泣き声を聞いてカメルが顔を出し、少し驚いた様子で旦那を出迎える。カメルはギオの腕から受け取ったラリラを手慣れた手つきであやした。
そして、ギオは「ちょっと話が……」と言ってカメルとともに家の中に入っていった。家に入るまでの間、ギオの警戒はずっとヒグレに向いていた。
ヒグレは、そんな警戒しなくてもいいのに、と思った。
「いっちゃったね。このあとどうする?」
「どうするかな」
「水浴び場でもいく? 今いったら女性陣に襲われるかもしれないけど」
「襲われるのに、なんで提案したんだ?」
「ドレッドからヒグレはフリーって聞いた女性陣がその気になってる。ヒグレもその気があるなら紹介するけど。ちなみに、結婚は何人でもいけるよ」
ティンは表情を変えず、そんなことを提案してきた。
「いや、いい。やめてくれ」
「そっか」
据え膳食わぬは男の恥、と言うが、ヒグレは好きでもない他人と男女の関係になるつもりはなかった。ヒグレの意思を尊重してか、ティンはこれ以上の提案はしなかった。
「ひーにぃ! お姉ちゃん!」
ちょうど会話が終わったとき、ララエが必死になって走ってきた。その後ろから彼女を追いかけてきたエルフの男がいた。ララエがティンの後ろに回って隠れると、男も足を止めて荒い息を整えながら口を開く。
「ダメじゃないか、ララエ。まだ授業は終わってないんだから戻りなさい」
「いや!」
男は授業に戻るように促すが、ララエは拒否した。
「なにがあったの? ララエ」
「……ひーにぃたちと遊びたいと言ったら、余所者と遊ぶなって」
ララエから事情を聞いたティンの視線が男に向かった。ティンが苦手なのか、厳しい目を向けられた男は怯えた様子で狼狽する。
「そうなの? エルム」
「いや! その、……言い、ました」
「ラユゥから聞いてたと思ってたけど、伝わっていなかったみたいだね」
「そ、そんなことは! ちゃんと伝わっています! ですから拳を下げてください!」
ティンは「そう、なら良かった」と言いながら、上がりかけていた拳をおろす。強者の威厳というべきか、目上の男ですらいっさい反論させなかった。
ほっと安堵の息をつくエルムと呼ばれた男は、ララエに視線を合わせた。
「ごめんねララエ。おじちゃんが間違ってた。だから嫌わないでくれよな。おじちゃんは君のためを思って言ったんだよ。わかってくれるね?」
エルムはララエを優しく諭すが、
「おじちゃんのことは大好きだよ。でも、ひーにぃを嫌うおじちゃんは大っ嫌い!」
「ぐああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
拒絶されてあえなく撃沈、膝を崩して地面に手を突いた。
「わ、わかった。授業はまた今度にしようね」
エルムはそう言って立ち上がり、踵を返して戻っていく。
「……、」
ヒグレは見ていた。エルムは立ち上がる前、ずっとヒグレのことを睨みつけていた。まるで今にでも殺しにかかるような殺気を帯びた目つきで。
「ひーにぃ。遊ぼ」
「ん? ああ。なにして遊ぼうか」
ヒグレはあの目の意味を考えるのをやめ、ティンとともにララエと遊ぶのだった。
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