第10話 家族会議

 パパが言うにはママは今日一日、パリの花屋を巡って、パパの旧知の友人にも会い、そんな様子を見て、ママは前々から思っていたことを切り出した。

「灯花もおかげさまで大きくなったし…。私は鉄雄さんと長い時間を過ごせたから、そろそろ鉄雄さんの自由に生きて欲しいです」

 パリでお花の仕事をしたいなら、ここに残って、晴さんと結婚すればビザ問題も解決するだろう…とも言ったらしい。

 フランスでは同性婚が認められている。

 ママはそんなことも調べて、色んなことを考えていた。日本でやっている仕事はなんとか自分が続けていくから、パパはフランスで頑張って欲しい、とも。

 それを聞いて、私はなんとも言えない気持ちになった。

「…ママ」

 私はその頃、みんなでフランスに来ればいいと能天気なことを言っていたというのに。

「もう私は大丈夫だからって…。もうプチラパンじゃないって言うんだけど…」

「ごめんなさい」と言って、また涙がぽとりと床に落ちた。

「それでマーマーレードが苦さも関係してるの?」と私は聞いた。

「それが…ここにアメールって書いてるんだけど、苦いって言う意味のフランス語。ほんと、苦くて、びっくりしてたみたい。で、『フランス語も出来なくて…頼りなくて…でも、大丈夫だから』って泣き出しちゃって」とパパが悲しそうな顔で言う。

「芽依…」と今まで黙っていた晴さんがいきなり口を挟んだ。

「はい」とママはビクッと肩を上げた。

「鉄雄は自分の意志で芽依と一緒にいることを決めたから。それに知ってると思うけど、俺はワーカーホリックだから、鉄雄とそんなに時間を共有したくない。だからといって、愛がなくなったというわけでも、消えたという訳でもない。昔からずっと、こうだから」

「晴はそう。最初っからそうだった」

 私は晴さんの整った横顔を見る。

「…それにね。ラパン、フランスのお仕事は居住地を移さなくてもできるし、私は日本の花道がやっぱり素敵だと思ってる。日本にいる選択はラパンのためだけにしてる訳じゃないの」

「パパ…あのね…」と私はパパの前に出た。

 ママが小さくなっている気がして、私は堪らなかった。

「ママはパパが大好きで、大好きだから…。私もパパのこと大好きだから分かるけど。…大好きだから好きにさせてあげたいというか…その…だから…あの…大好きだから…そう言ったんだと」と言いながら、私はママの気持ちを伝えたかったけれど、うまく言葉にならずに、最後は俯いてしまった。

「べべ…分かってる。でもラパンは分かってない。ラパンのこともべべのことも、大好きで大事に思ってること。何年、一緒にいると思うの?」

「灯花…。散歩」と言って、私は晴さんに突然、腕を取られた。


 そして二人をキッチンに残して、部屋を出た。表は冷たい冬の空気が肌を刺す。

「どうして、今、散歩?」と私は表に出てから、晴さんに聞いた。

「鉄雄が芽依を抱きしめるところ、見たくない」と晴さんが言う。

「あれ? やきもち焼かないって言ってたのに?」と私は聞いた。

「やきもちは焼かないけど、見たくないものは見ない」

「ごめんなさい。うちのママが」

「…芽依は全く…鉄雄のこと…」

「パパのこと?」

「…何でもない」と晴さんが怒った顔見せるので、私は腕を組んだ。

「晴さん、ワーカーホリックだからパパと一緒にいられないの? どうして?」

「ちゃんと睡眠、栄養、自己管理したいから」

「じゃあ…私とも一緒は無理かな?」

「灯花?」

 少し悩んで、「灯花は世話が増えそうだ」とため息を吐かれた。

「ねぇ、晴さん。私は晴さんがないものをきっとあげれると思う」

 自分でも何を言っているのかよく分からないけれど、でもきっと間違ってない、と思う。胸を張って、晴さんを手招きするから晴さんも私の顔を覗き込む。近づいた顔に私は唇をつけた。晴さんの頰は冷たく冷えていた。あの時見た恋人みたいには上手くできなかったかもしれないけど。

「灯花」と私は晴さんに怒られた。

「ファーストキスだったのにー」と私は晴さんに逆ギレをした。

「頰はノーカウントだから」と横を向くけど、頬を擦って拭き取ることはしなかった。

「それに、灯花に小さい頃、よくキスされたからファーストキスじゃない」と冷静に反論までされた。

 確かに私は晴さんによくキスをしていた。だって、晴さんはとってもいい匂いがしていたから。抱き上げられると、嬉しくてほっぺたにキスをした。いつからかしなくなったけど。

「晴さん、大好き」

 諦めたような笑顔。晴さんは愛を受け取ることがとっても苦手だ。私のこと、ものすごく大切に愛してくれるのに、自分は愛されたくないみたいだ。パパとのことだって、何だかそういう気がする。もちろん、職業のこと、ママとのこと、性格の問題、色々あるけれど、ものすごく優しい人だって、私は分かっている。

「ねぇ、晴さん。私から…離れたんでしょう? 私から離れたくて、フランスに来たんでしょ?

 どうして私は聞きたくない答えまではっきりさせたくなるのだろう。ママだって、きっとこんな気持ちだったのかな、と少しだけ思った。フランスの冬は暗くて寒い。こんなところまで晴さんが来た理由を思えば、私は芯から冷たくなる。

「私のためだと思った?」

 まるで凍ったような晴さんの顔に私は何度も言葉をぶつけた。

「私がダメになると思った?」

 繰り返し、繰り返し。

「一緒にいたら、他の人を好きになれないと思った?」

 何度も何度も。

「晴さん以外の人を好きになれないと思った?」

 でもその言葉は表面で砕けて、奥まで届かない。

 だって、私も分かっている。どんなに好きでも、この気持ちは届かない。

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