社会人として、どうなんですか。

 社会人としてどうなんですか、という言葉が好きになれません。


 利便性は知っています。社会人にカテゴライズされる人に対して使用することで、心的なダメージを与えられます。これは多分、大多数の人が社会人としての理想を持っているからこそ、そういった用法がなされているのだと思います。


 便利な言葉です。社会人にもピンからキリまでいるのに、あたかもその人だけが劣っているかのように感じさせることができてしまう、便利な言葉。


 すっごく暴力的で、すっごく、都合のよい言葉。


 でもきっと、私自身も社会人としての理想のようなモノがあって、別に社会人の定義なんてろくに知りもしないくせに、自分にとって都合の悪い「社会人」を前にしたときは、「アンタ社会人としてどうなんだ」と、心の中で思ったりしています。


 言う勇気はあまりありません。けれど、もしかしたら、いつかどこかで実際に口に出してしまっている時もあるような気がします。だって、便利な言葉だから。使いたくないけれど、色々と役に立つ言葉だから。


 そうやって、割り切れもせずに、中途半端に便利な言葉を選んで使っている。そんな私自身のことも、好きにはなれません。


 私、ウソばっかりなんです。自分の考えかどうかもあやしいことを、あたかも自分の考えとして話してるんです。とりあえず、その場がしのげそうな、都合の良いことばっかり言って、百面相をしながら逃げてるんですよ。


 本当の自分に自信がありません。自信はないけれど、本当の自分のことが、私は大好きです。そんな大好きな自分のことを傷つけられるのが怖くて、つい、傷つけられてもいいウソっぱちな自分を盾にしてしまいます。


 ウソの自分に対して投げかけられる評価は、良かったり悪かったり、いろいろとあります。悪い評価に対しては、「やーい、そいつはニセモノの私だぞ」と言って、負け惜しみを投げます。いい評価に対しては、なんだか、罪悪感を抱きます。


 社会に出ている時間が長ければ長いほど、ウソの自分の時間が続きます。

 ウソの自分のお面をつけている間は、とっても、息苦しい。


 ネットの世界では、お面を被っていても、不思議と息苦しくありません。ペンネームとアイコンで仮装して、仮装しているからこそ、安心して自分が出せるからだと思います。

 ネットも社会ではあります。でも、本当の私はここにいます。


 私の作品が好きなあなた。そんなあなたは、私にどういうイメージを着せていますか。

 私のこと、愛してくれますか。

 社会人としてはおそらくダメな部類の私でも、好きになってくれますか。






 え、





 嫌い?





 会ったこともない人を印象だけで嫌うなんて。

 あなた。社会人として、どうなんですか。

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