第27話 そういう所です

 いつも通りの放課後、俺たちは文芸部の部屋で二人小説を黙々と読んでいた。部員ではない俺がここを利用するのは些か申し訳ない気がしたが、成瀬以外の人はほとんど利用しないという事もあって、結局あれから入り浸ってしまっている。


 あと、流石に文芸部なだけあって蔵書がかなり魅力的なんだよな……。


 春の陽気の名残が優しく照らす中で読む小説は非常に快適で、俺は実に優雅な読書ライフを送っていた。


 (しかし、こうやって部屋以外の場所で静かに本を読むのも悪くないな……)


 普段はやかましくラブコメを仕掛けてくる成瀬も、今日は珍しく集中してラノベを読んでいる。その姿は今まで教室で見ていた通りの深窓の令嬢と言った感じで、自分の素材の良さを存分に発揮している。


(なんか、落ち着かないな……)


 今まで見慣れていたはずの美少女モードの成瀬だが、そんな彼女を間近に見ていると落ち着かなく感じるのはなぜだろうか。

 理由は分からないが、なんだか体中がむず痒い。


「成瀬、今日はしないのか?」

「しないといいますと?」


 成瀬は手に本を持ったまま、こちらに視線を向ける。


「その……いつもみたいに、ラブコメ?しないのか?」


 俺が問いかけると、、成瀬は素知らぬ顔でゆったりと本を机に置いた。今日は珍しくブックカバーを付けておらず、学園系ラブコメ小説の表紙が目に映る。

 本をそっと置いた成瀬は、こちらに目を合わせずに不敵に笑った。


「神野君、私、間違ってました」

「……急にどうした?」


 成瀬のどや顔に漠然とした嫌な予感は感じつつも、俺が聞いた手前放置するわけにもいかず、取り敢えず聞き返す。


「よくぞ聞いてくれましたね、神野君。実は私、たった今ラブコメにおけるとある鉄則に気づいたんですよ」

「……一応聞かしてもらっていい?」


 正直期待はしていないのだが。しかし当の成瀬は誇らしげにふふんと大きくはない胸を張る。


「あのですね、神野君はご存じないかもしれないのですが……」

「うん」


 俺の視線を受けて満足そうな表情をしてから、成瀬は大きく息を吸い、その発見を報告してくる。


「実は、ラブコメは日常パートがあってこそ、キュンキュンシーンが輝くんですよ!」

「……」

「どうですか神野君、目からうろこ過ぎて言葉も出ませんか」

「はい、解散」

「何でですか!」


 手をテーブルにつき、こちらに乗り出してくる成瀬。読書中が特に理知的だと評判の目は真ん丸になっている。俺は意外そうにしている成瀬に、ため息をつきながら答える。


「そんなこと端っから分かってるよ。これでも一応ラノベ作家だし」

「で、でも!私としましては、日常パートで」

「日常パートでふと見せるどきっとした仕草のギャップが重要ってことか」

「……そ、そうです!だから私達が行うラブコメも、日常パートがあってこそラブコメシーンが生かされるんです」

「だから今日はラブコメ無ってことか」

「ま、まあそうです……」


 少し不満そうにしながら席に座る成瀬。俺も再び持っていた小説に取り掛かる。


「折角いい案だと思ったのに」


 ラノベを読みながらぶつくさ言う成瀬。確かに彼女の言い分には一理どころか十理くらいある。

 しかし、ラブコメの日常シーンを演じるとなると、


「ただ成瀬と一緒にいるだけになるんだよなぁ。別に居心地良いけど。」


 ドサッ


 俺がひとりごちると、横で何かを落ちる音がする。見ると、成瀬は本を取り落としていた。


「大丈夫?成瀬」

「え、ええ、まったくもんだいないです。ええ」


 何故だかカタコトの成瀬。綺麗な白い肌は真っ赤に染まり、視線はキョロキョロと忙しく左右を見つめている。


「ち、ちなみに今のはどういった意味ですか?」


 他に誰もいないのに、口元に手を当てて密談をするように話しかけてくる成瀬。何か答えを求めているんだろうが、俺としては何の話か見当もつかない。無意識に何か言っただろうか?


「いや、分かんないなら別にいいです」


 返答に困っていると、成瀬は赤い顔のままラノベに視線を戻す。俺も、もやもやした気持ちのまま本の続きに取り掛かる。


「作家さんって自分で本書いてるだけあって、そういうのもお手の物なんですね」

「どういう意味だよ」

「いえ、ぶっちゃけ私がいなくても神野君一人でラブコメなんて書けちゃうんじゃないのかなって思っただけです」


 あくまで本から目線は動かさずに成瀬は話す。明らかに不満げな様子に、俺も思わずフォローに入る。


「いや、俺は成瀬がいてくれて助かってるぞ?実際の女子のリアクションって貴重だし、成瀬みたいな子が身近にいて助かってるよ」

「そういう所を言ってんですー!」


 素直な感想を言ったつもりだったが、成瀬は逆に怒ってしまった。なぜだ……。


 ガラガラガラガラ


 そんな風に成瀬に怒られていると、部室のドアが開く音がする。相変わらず油の差さっていない音で、この部屋の古さを物語る生き証人となってくれている。


「お疲れー、遅くなりましたー!」


 そんな労わられるべきドアは勢い良く開けられ、外から元気な声が入ってくる。


「琴乃~」

「どうしたの麻衣香、そんな庇護欲をそそる顔しちゃって」


 成瀬の親友、佐倉琴乃だった。

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