それぞれの思惑

野営地の一角に設営された天幕へ颯爽と入って来るアリシア。


「ルドルフ!来たわよ」


「姫様。ご足労頂きありがとうございます」


 中で準備をしていたルドルフが頭を下げて言う。


「それで、お姉様とお兄様は?」

 

 中央に置かれた机へ近づく。


「既に準備できているようです」


 ルドルフがそう言うと、机に2つの青白い球体を置く。


『あら~!アリシアちゃん!小っちゃくなって可愛い~!』


『アリシア。見ない間にとても大きくなったね。僕はうれしいよ』


 そんな言葉と共に球体それぞれから人物の映像が浮かび上がった。


 片やとても大きな女性。


 片やとても小さな男性だった。


「ちょっと!エリザ姉様!ライト兄様!毎回私で遊ぶのやめてもらえない!?」


 アリシアが二人へ文句を言う。


『はっはっは。ごめんごめん。いつも反応が良くてね』


 ライトと呼ばれた男性が朗らかに笑いながら答えると徐々に映像が大きくなっていく。


 顎までの長さのプラチナブロンドとその整った顔立ちはどことなくアリシアに似ていた。


『もうっ!アリシアちゃんすぐ大きくなっちゃうんだもん!お姉ちゃん寂しいわ』


 エリザと呼ばれた女性は頬を大きく膨らませ可愛らしく言うと徐々に映像が小さくなっていく。

 

 肩で切り揃えられたプラチナブロンドと同じく整った顔立ちの彼女もアリシアに似ていた。


「……こほん。それで確認したい事っていうのはゴブリンの襲撃についてですよね?」


 アリシアが1つ咳払いをして、まるでわかってますよという感じに話し出す。


「そうだね。姉さんやアリシアが知ってる通り、昼夜関係なくゴブリンと戦っていたと思うけど、今はそれが全く無くなった。まぁ、だから僕たちはこうして落ち着いて話し合えるわけだけど。アリシア何か知っているのかい?」


「あら~?アリシアちゃん何か知っているの?」


 ライトは少し驚いた風に、エリザはアリシアのその姿を微笑ましく見ながら問いかける。

 

「はい。鬼人召喚を行いました」


「召喚をしちゃったの!?それで、アリシアちゃんは大丈夫なの!?」


 その言葉を聞いて、エリザは珍しく取り乱す。

 

「エリザ姉様落ち着いてください。どうやら私の召喚陣にミスがあったようでして、召喚されたのは人族の男と3匹の子どものフェローでした」


「そうなの?良かったと言っていいのかしら」


 エリザはどこか安心したように胸をなでおろす。


「それで?その話と今回のゴブリンはどう繋がるんだい?」


 ライトはアリシアに話を促す。


「……その人族は桃太郎と名乗りました」


 アリシアはそう言うと、今日起きた出来事を順を追って話す。


「……なるほど。その桃太郎って言う彼が一方的にゴブリンやホブゴブリン、ゴブリンメイジ等を1人で、倒し回ったお陰で、今の状況が出来上がったってわけだね」


 ライトは顎に手を当て考える。


「すごいわね。その話を聞くとまるで本に書かれている戦闘狂の鬼人、そのものじゃない」


「私もそう思いました。ですが、今日1日接していると本に書かれている鬼人とは似ても似つかない感じです」


「その彼は、本当に信用してもいい人物なのかい?」


 ライトは表情を険しくする。


「今のところは信用してもいいと思います。なにやら鬼に対して並々ならぬ思いがあるみたいです」


「鬼か。確かにゴブリンは小鬼とは言われたりしてるけど」


 そう言うとライトは少し考えると、ひどく冷たく感じる声で話出す。


「そうだね。その彼、桃太郎だっけ?彼を上手に扱ってこの長く続いた戦いに終止符を打とうじゃないか」


「ライト?どうしようっていうのかしら?」


 柔らかかった表情を引き締めたエリザが雰囲気の変わったライトに聞く。


「簡単な事だよ。そんなに鬼退治が好きなら好きなだけさせてあげようって言うだけさ。どうやら彼は鬼人のごとき強さみたいじゃないか」


 そのライトの様子を見ていたアリシアの背中に冷たいものが流れた。


「ライトお兄様。桃太郎を軍に組み込むって事ですか?」


「いや。何が起きるか分からないんだ。不確定要素である彼には、好きに暴れてもらってゴブリン共の注意を引いてもらおうじゃないか。その間に僕や姉さんアリシアの部隊で親玉を討伐してお終いさ。……まぁ最悪、彼は死んでしまうかもしれないけど、僕たちに影響が出ないから良かったよ」


 そう冷たく言い放ったライトは雰囲気を一変させると、アリシアとエリザに優しく笑いかけながら言う。


「じゃあ、明日のゴブリン要塞攻略の作戦会議を始めようか。……やっと国に帰ることが出来そうだよ」


「……っ!」


 ライトのその言葉と雰囲気に呑まれアリシアは何も言うことが出来ず、ただ拳を強く握るだけしかできなかった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 アリシアが指揮天幕で話し合っていた頃。


 桃太郎たちは用意されたテントに到着していた。


「ここで貴方達は過ごすのよ」


 先頭を歩いていたカレンはテントの入り口に到着するとクルッと回って桃太郎たちを見る。


「ここに来るまでに似たような布で出来た家がたくさんあったが、お前らはこんなところに住んでいるのか?……これなら馬小屋の方がまだ丈夫な作りじゃねぇーか」


 桃太郎はテントに近づき、マジマジと観察しながら言う。


「住んでるには住んでるけど。これは一時的に使用するための住居よ」


「じゃあ、ここが僕たちのお家って事!?」


「まぁ簡単に言えばそうね。……ほら、入りなさいよ」


 カレンはそう言い桃太郎たちをテントに入るように促す。


 子犬、子キジ、桃太郎、子ザル、カレンの順に入っていくと、子キジが中を見渡しながら言う。


 「私たちは一度、汚れ落としを貰いにこのあたりまで来ましたけど、中はこうなっていたんですね」


 テントの中は簡易的な机や椅子、それとベッドが置かれていた。


「なぁカレン。針と糸は?」


 子ザルがカレンの足元まで行くと裾をクイクイと引っ張りながら言う。

 

 「針と糸ね。……たしか、ここに常備されているはずだけど」


 そう言いながらカレンはテントの隅に置かれている木箱に近づきゴソゴソする。


「あったあった。……おサル、これでいい?」


「バッチリだ!桃太郎!さっき破いた着物を貸してくれよ!」


 カレンから針と糸を受け取った子ザルはテントの中を興味深そうに見渡していた桃太郎に言う。


「いいけどよ。何すんだよ」


 腰に巻いていた破れた着物を子ザルに渡す。


「俺は手先が器用って言ってんだろ!この破けた着物を縫って直すんだよ」


 桃太郎から着物を受け取ると、そそくさと簡易机の上に登りチクチクと裁縫を始める。


「へぇ~。おサルのくせにやるわね」


 カレンは、その様子を興味深そうに椅子に座りながら見ている。


「桃太郎!みてみて!ここすっごいふわふわしてるー!」


「ホントすごいですね!」


 桃太郎が名前を呼ばれそちらを見ると、ベッドの上で子犬と子キジが飛び跳ねたり、寝転んでゴロゴロしたりと感触を楽しんでいた。


「お前らはお前らでなにしてんだよ」


 そう言いながら近づくと、気になったのか桃太郎も触る。


「おぉ?やばっ!なんだこれ」


 その柔らかさに虜となる1人と2匹。


「おい!カレン!なんだこれ!めっちゃ気持ちいぞ!」


 子ザルの裁縫を頬杖をつきながら見ていたカレンは桃太郎に呼ばれ視線を向ける。


「……貴方、ベッドも知らないの?」


「べっどだぁ?なんだそれ」


「寝る場所よ寝る場所。そんなことも知らないなんて貴方の居た場所はどんなところなのよ」


「寝床はゴザだろ?こんなに柔らかいわけないだろ。バカにしてんのか?」


「そっちこそござって何よ。そんな訳の分からない場所なんて無いのだから、大人しくそこで寝なさいよ」


 俺はまだ納得してねぇーぞ!とベッドの上に胡坐をかいて座りながらブツブツと文句を言う桃太郎だった。


 そんなこんなで時間は過ぎて行き。


 夕食の時間の時にも。


「おい!なんだこれ!うめぇーじゃねぇーか!」


「桃太郎さん!これは絶品ですね!特にこのお肉!」


「カレン!見て見て!全部食べたからお代わり頂戴!」


「バナナには適わねぇ―な」


「貴方たちって一々騒がないとダメなの?食事くらいは大人しく食べなさいよ。……それとキジ。それはイワトリっていう鳥肉よ」


 あれからもずっと監視兼お世話係としてカレンは桃太郎たちと一緒にいた。


 カレンの言葉に子キジは、食べる動きを止めたが、すぐに再開する。


 これも弱肉強食です。と自分に言い聞かせていた。


 またまた時間は進み。


 桃太郎はベッドで横になり、カレン、子犬、子キジ、子ザル達が遊んでいるのを眺めていた時だった。


「桃太郎?居るかしら?」


 テントの外からアリシアの声が聞こえてきた。


「……あぁ?」


 ベッドから起き上がり、テントの入り口を見ると、アリシアが入って来るところだった。


「あー!アリシアだ!」


 カレンと遊んでいた子犬がアリシアに気づくと、一目散に駆け寄っていく。


「遅くにごめんね子犬ちゃん」


 近寄ってきてお腹を見せた子犬のお腹を撫でるアリシア。


「アリシア様。こんな夜中にどうしたのですか?」


 アリシアに近づきながら問いかけるカレン。


「カレンもご苦労様。明日の事で桃太郎たちに伝えとく事があって」


「俺に伝えることってなんだよ」


 ベッドの上から動くつもりが無い桃太郎は胡坐をかきながら聞く。


 子犬のお腹を撫でるために屈んでいたアリシアは立ち上がり、桃太郎へと向き直る。


「明日、ゴブリンキングが住み着いている廃砦へ攻め込むことになったわ。その際、桃太郎。貴方には一暴れして注意を引いてほしいのよ」


「ごぶりんきんぐ?」


「昼間に戦った鬼の親玉だと思って頂ければ」


 桃太郎の言葉に後ろで控えていたルドルフが口をはさむ。


「ほぉ?鬼の頭目の首を取りに行くってわけか。いいじゃねぇーか!」


 パチンと一方の手の平を拳で叩き気合を入れる桃太郎。


「えぇ。だから桃太郎には私たちがゴブリンキングを倒すまで他のゴブリン達の注意を引き付けてほしいのよ。お願いしてもいいかしら?」


「はぁ?俺に雑魚処理をしろってことか?ふざけんな。俺が首を取るからてめぇーらが雑魚処理しろよ」


「桃太郎さん。お願いします。姫様の言うとおりに」


 様子を見ていたルドルフが桃太郎に深々と頭を下げる。


「舐めた事いってんじゃ……」


「ねぇ。桃太郎、アリシアをあまり虐めないであげようよ」


 同じく様子を見ていた子犬が桃太郎に目をウルウルとさせ訴えかけるように言う。


「チッ。わーったよ!……クソがっ」


 腕を組みそっぽ向く桃太郎。


「ありがとうございます」


「助かるわ桃太郎」


 そんな桃太郎に礼を言う主従。

 

「すべての雑魚を倒しちまったら、あとは好きにさせてもらうからな」


 アリシア達に顔を合わせないまま言う。


「ええ。こちらがお願いした事をやってくれるのだったら、これ以上何も言わないわ」


「わかった。……気分わりぃから寝るわ」


 桃太郎はそう言うとベッドへ横になった。


「じゃあ、明日はよろしくね」


 そう言うと、アリシアとルドルフ、そして蝋燭の火を消して、カレンもテントから出て行った。


「うんしょ。おやすみ桃太郎」


 ベッドに登り桃太郎の背中にピトっと寄り添い子犬、子ザル、子キジは同じく眠りについた。


 ただ一人、桃太郎だけはその目を爛々とさせていた。

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