第10話
部屋に入ったエルフリーデは、ホルシュタインがお嬢さん方を連れて帰って来るまで内装などを見て時間を潰す事にする。彼女は部屋をくるりと一周する。あまり教養の無い人間からすれば部屋は殺風景と一括りにするだろう。王都ブルワにある小奇麗な部屋と変わらなく見えるに違いない。家具や壁の色がそう思わせている。教養がある者や観察眼に優れている者ならすぐに違いが分かる。
まずは家具。形はどれもシンプルであるが作りはしっかりとしていて頑丈に出来ている。仕上げも丁寧で市民が使うような物とは違うと分かる。熟練した家具職人が作った事が伺える。エルフリーデは家具の一つである机を手のひらで触る。
「良い手触りだ」
彼女はご満悦の様子。家具から目を放し壁を見つめる。壁は剝き出しの石であるが白色に丁寧に塗装されていた。石の色とは違い、白色は人々に温かい印象を与え暖炉と組み合わせる事で体と心の両面で冬を乗り切る力となっている。これらの理由からブルワ内にある室内のほとんどが白色で壁を塗っている。
雪国特有の事情と王室の人間が華美な装飾を好まずシンプルで実用的な形を好む背景があり、この様な部屋になっている。この国の特色や王室の性格を知っていれば見方は変わるし、少し観察すれば想像も容易だろう。エルフリーデはこの部屋を大変気に入った。彼女自身、豪華な内装で自分の威厳を表す行為を好まない。だからと言って質素すぎても相手から下に見られてしまう。これくらいの塩梅が丁度良い。先ほどヨハンネスと話してみて、ここの王族とは話が合うと思い国王にも会ってみたいと願う。
一通り見て回りベッドに腰を据える。エルフリーデにとって久しぶりにちゃんとしたベッドの感触に懐かしさを覚えた。旧大陸から帆船に乗りエステルスンドにやって来た為揺れる艦内は安心して眠れる環境では無い。彼女にとって初めての船旅はとても厳しい体験となった。上陸してからは持参した簡易ベッドで寝る毎日で、優雅な睡眠を謳歌するにはありとあらゆる物が不足していた。
ベッドに横になる。羊の毛に覆われるのと同じ感覚が体中に行き渡る。少しの幸せが心を満たす。
「いいね。ベッドはこうでなくては」
ベッドを満喫し伸び伸びとしているのとエルフリーデはいつの間にか寝てしまう。寝れる時に眠り、食べれる時に食べる。戦士としての習慣が身についていたせいもあり満足するまで堪能できずにベッド本来の使い方をする。
エルフリーデは夢を見た。薄暗い部屋の中に彼女は立っている。家具など一切ないどころか扉や窓などの外に出る手段と光を取り入れる手段が無い。部屋から出る方法を見つけるよりも気になる事がある。隅に女の子がしゃがみ込んで泣いていたのだ。後ろ姿しか見えないが女の子の特徴的な長くて白い髪の毛先が床についている。部屋全体に響く鳴き声だけが静寂を破壊してる。
エルフリーデはこの子を知っている。
恐る恐る近づき話しかける。
「どうしたの?大丈夫?」
心配し女の子の肩に手を掛ける。手が肩に触れた瞬間に女の子はエルフリーデの手首を掴む。女の子の握力はエルフリーデ並みかそれ以上に振り放す事が出来ない。彼女は恐れを感じていた。女の子はゆっくり立ち上がると彼女の腕を力任せに引っ張り壁にぶつける。危ない!と思ったのも束の間、壁に当たる事無く放り出された。底の見えない闇に。彼女が最後に見た光景は暗闇の中に映る赤い二つの瞳。
ドンドン!
扉を叩く音によってエルフリーデは目を覚ます。またこの夢か…声に出さず胸の内に留めておく。ベッドから起き上がり、扉に近づき。
「誰かな?」
扉の向こうの人物に話しかける。
「ホルシュタインだ!お嬢さん方を連れて来たよ」
彼が戻ってきた。手土産を持って。エルフリーデは扉を開ける。廊下に立っていたのはホルシュタインと三人の綺麗な女性達。どれも美人ぞろいでエルフリーデの好み通りでホルシュタインの目利きは良いと思った。女性の趣味が似ているのだろう。
「やあ、お嬢さん方。さあ中へ」
女性達を部屋の中に招き入れる。彼女らは嬉しそうに入ってゆく。ホルシュタインは彼女らを引き渡し去ろうとする。
「では我輩は」
立ち去ろうとするがエルフリーデが呼び止める。
「ホルシュタイン殿。ちょっといいか?」
「なんだね」
「皇太子の前ではかなり気持ちが出ていたな」
ヨハンネスとの謁見時、彼の感情があまりにも漏れ出しているから不思議でならなかった。普段から感情が分かりやすい性格とは思っていなかった。
「ああ。ヨハンネス様はあまり人と会わないからな。世間をあまり知らないんだ。だから粗相がないか心配で仕方なかったんだよ」
彼が説明する。本当にそれだけだろうか。
「他には?」
「他…」
「とぼけるなよ。何か隠しているだろ?」
面と向かって言い放つ。意外は事を言われて少し冷や汗が出ているのが分かる。
「しらんな。何のことかな」
「そうか…じゃあもう一つ」
「なんだね」
「信用は大事だぞ」
ホルシュタインは何も言わず部屋を後にする。
彼女は彼にちょっとした仕掛けを入れ込む。彼の様な人物ならこう言っておけば、考えて悩むだろう。忙しく悩みも多いだろうがエルフリーデに嘘をついたんだ。これくらいしたって罰は当たらないだろう。ホルシュタインの事はこれで良いと片付ける。今は目の前の楽しみを優先させた。
扉を閉めて室内に戻ると彼女たちはコートを脱いでいる最中で露出度の高い服が露わになる。やはり、貿易都市なだけあって羽振りが良いようだ。品質の良い服と綺麗な肌を見て。そこらの娼館と一線を画すのが見て取れた。長く楽しめそうだと確信する。彼女たちの一人がエルフリーデに話しかける。
「ご主人様。火を貸してくださるかしら?」
「火?どうしてだいお嬢さん」
「これを吸いたいからよ」
右手に持っていたのは筒状の何か。金属製で筒の端には口に咥えるのか押し潰した形状をしていて、反対側は小さい筒がくっ付いた形をしている。
「それは?」
「あら、始めて見るのかしら。タバコと言う新大陸からの贈り物よ」
「タバコ?」
始めて見る代物に興味が示す。彼女は懐から小さい金属製の箱を取り出し蓋を開く。中から出て来たのは乾燥した葉っぱ。指で少量を摘まんで筒の先端に押し込む。葉っぱを詰めた先を指差して。
「ここに付けて欲しいの」
エルフリーデは興味津々で彼女の言う通りにする。右手を差し出して指を音を鳴らす時の形にして、勢いよく弾いた。すると指の先から燭台くらいの火がつく。エルフリーデが使える数少ない魔法の一つ。
指先に付いた火を見て、彼女は驚く事は無い。筒の先端を火に近づけさせて葉っぱに着火させる。
「ありがとうご主人様」
「それで、どうするんだ?」
「見てて」
筒を咥えて筒越しにゆっくり息を吸い込む。息を吐き出して空気と共に煙が出てくる。彼女は一連の行動を見せて。
「こうやって使うものよ、とても美味しいわ。試してみます?」
そう言って筒をエルフリーデに差し出す。エルフリーデ自身は人が使う物にそれ程嫌悪感を持ってはいなかった。差し出された物を受け取り、口に咥える。
息を吸い込み肺の中が煙で満たされる。初めての感覚にエルフリーデは思わずむせてしまう。咳き込む様子を見ていた彼女たちは微笑ましいのものでも見ているのか。
「ふふ」
と、笑っていた。
「あらあら大丈夫?初めては誰でもそのなるのよ」
筒を渡してきた本人がエルフリーデの背中を軽くさする。彼女も最初はそうだったし、他の二人も同じ。多くの経験を積んできた彼女にとって初々しい者を見ていると、世情に疎くて穢れを知らない清い心を私色に染められると思うだけで楽しみでならない。目の前の若い軍人さんが私以外で満足できないほどに素晴らしい体験をしてもらおうと張り切る。
数時間が経過し、部屋の中は熱気で満ち満ちていた。彼女たちは体が火照って快楽に心も体も満たされて多量の幸福感が体を包み彼女らは初めて経験する。これまで相手をしてきた客人とは違い技量も経験も全てが上手であった。終始一方的に攻められるだけで、されるがまま三人は果てしまい体に力が入らずベッドの上で寝転がる事しか出来ないく快楽の余韻に浸りながら眠りについてしまう。
エルフリーデはベッドに座り込みタバコを吹かしていた。だいぶ慣れたようでタバコの味を楽しむ余裕が生まれていた。快楽の余韻を肴にタバコを吹かす。大変気に入ったようで野営地に帰る前に街で買おうと頭の中の予定に差し込む。
「ふーー」
大きく息を吐く。ベッドで眠りにつく彼女らの方に振り向く。すっかり夢の世界に行ってしまっている。彼女らの首元には二つの小さな穴が開いてる。今夜は良い相手が見つかったし、美味しい食事も取れた。満足感でお腹がいっぱい。
「さてどうするか…」
余韻に浸るのはここまでとし頭を切り替える。タバコのお陰か頭の中に靄など無く透明度がかつてない程に強く、持っている情報が事細かく見える。
戦いについては負ける気は無いので一切考えなくていいと切り捨てた。彼女はまだ若くて何をするにも若者特有のなんの根拠も無い自信が彼女を動かす。
今回の内戦理由は王位の継承問題。ノルドグレンが大体の内情は説明してくれたが、それは彼の窓から見ている世界であって全体像では無い。仮に見えていたとしてもエルフリーデには切り取った世界をわざと見せていたのかもしれない。ノルドグレンと言う男ならやりかねない思う。ホルシュタインの一派なのだから、知っていてもおかしい話じゃない。そこまでして勘ぐられたくない何かあるのか?彼らにとって余程公にしたくないのだろう。ホルシュタインにはああいう事を言ったが、所詮雇われの身であるエルフリーデは関係ないと片付けられてしまっても文句は言えない。
ただ、エルフリーデの悪い癖が出てしまう。それは。
”楽しそうだから!”
である。目の前にこれ見逃し見せつけられてしまっては突っつかずにはいられない。しかし、藪蛇が出てきては自分が噛まれてしまう。慎重に行かなければ最悪の結末を迎える。長男陣営とも戦う三つ巴なんて笑えやしない。
なら、どうするか。グルーゲルには頼んであるし待っているだけで分かるかもしれない。ただ待っているのも性に合わない。せっかく本丸にいるんだし、ちょっと”散歩”に出ても怒りはしないだろう。
眠りについている彼女たちを起さず、ゆっくりと移動し服を着て部屋を後にする。深夜の館内は静まりかえっている。弱弱しいロウソクが廊下に灯りを提供している。
「どこの夜もこんなもんか」
目的地があるわけでも無く。ふらふらと歩き回っている。歩く事数分。ある曲がり角に差し掛かる時に人気を感じとる。人が居る事を補佐する視覚的情報も入って来る。小さな灯りが見えたのだ。エルフリーデは灯りの類は所持していないので相手は気づいていない。誤解されても面倒になるので先手を打つ。
「誰かいるのか?」
「は、はい!」
聞き覚えのある幼い声が帰って来た。
「その声は。エルフリーデお姉様?」
やはり、思った通り声の主はオーサだった。エルフリーデは角から出て、オーサの前に姿を現す。少女は寝間着を着て蝋燭立てを持っている。
「様はつけなくていい。お姉ちゃんで良いよ」
「ごめんなさい…」
「謝る事ないさ。それでどうしてここに?良い子は寝る時間だぞ」
「それは…」
オーサはもじもじとしている。エルフリーデはすぐに理解する。
「トイレか。一人で行くのが怖いなら一緒に行くよ」
「ありがとうエルフリーデお姉ちゃん!」
彼女はオーサを仲間に加え目的地を設定した。少女の案内の元、トイレを目指す。トイレが設置されいるのは建物の外に建てられた小屋。玄関から出るのでは無く裏にある使用人が主に使う通路を通る。
外に抜ければ闇夜に降る雪は美しく舞い降りる天使を連想させる。
雪…エルフリーデは立ち止まる。彼女らの相手で忘れていたが夢の内容を思い出してしまい顔の表情に力が入りしわが出来る。事情を知らない者が見れば怒りの感情を露わにしていると勘違いさせてしまう。
「エルフリーデお姉ちゃん…怒ってる…?」
オーサは怒っていると見えるエルフリーデに恐る恐る話しかける。
は、と夢から現世に舞い戻る。
「怒ってないよ。怖がらせてすまないな」
少女と同じ目線までしゃがみ頭を撫でてやる。子供は純粋だ。純粋だからこそ。
「寒くないか?上着を貸してやる」
自信が着ている上着を脱いでオーサに被せる。
「ありがとう!」
「さあ行こう」
歩いてすぐの場所にトイレの小屋が設置されている。
「私は外で待っているから、怖がらず行っておいで」
「うん!」
元気良く頷き小屋に入る。
エルフリーデは待っている間、扉にもたれ掛かる。
「エルフリーデお姉ちゃん。待ってる…?」
「ああ、いるさ」
「よかった…」
「ところで、オーサ。ヨハンネス様とは長いのか?」
「え?私は…最近お仕えするようになったので…」
それほど長い訳では無いと…
「身支度も任せてもらってない?」
「そうなんです。私も他の人もヨハンネス様の身支度は誰もしていません」
貴族延いては王家の人間ならば一人或いは複数の召使いを身近に置き、身の回りの世話をさせるのが普通だ。事実、エルフリーデも実家に居住している時は二人~四人の使用人を側に置いていた。一人で居たい変わり者か、或いは…
「どうしてそんな事を聞くんですか?」
オーサの子供らしく疑問に思った事をすぐに言葉に変換する。大人と違って腹黒くない白き心。悪い大人に利用されないか心配になる。だけど、もう遅い。悪い大人がすぐ近くにいるのだから。
「体が強くないと聞いていたが元気だと思ってね。弱いなら助けてくれる人がいっぱいついて居ると思ったのさ」
「ヨハンネス様はとても元気です!館内を歩き回ったり、私たちの仕事を見て褒めてくれたりします。ともて良い人です」
今まで集めた情報との乖離が目立つ。金メッキという名の虚像が剥がれ落ち始める。
「エルフリーデお姉ちゃん…?」
「どうした?」
「ヨハンネス様の事…好き?」
なんの脈略も無くオーサは言ってのけた。エルフリーデは質問の意図を理解した。少女にとって初恋の相手なのだろう。甘酸っぱい。液体にして飲みほしたい程にエルフリーデはこの手の話が好きだ。彼女が強大な恋敵と思えてならないのだろう。取られたくない。子供ながらの思いにエルフリーデはオーサに花を手向ける。
「素敵な人物だね。だけど私には勿体ない。オーサ、君にやろう」
返事が返ってくる事は小屋から出るまで無かった。オーサから聞けるのはここまでのようだ。
オーサを使用人の部屋までついて行き別れの挨拶を言って別れる。エルフリーデ自身も部屋に戻っていった。明日から本格的に始まる。戦闘も諜報も。
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