第82話 その後の世界

 アリシアの家は一掃されたが、彼女が家に帰ることはなかった。


 あの家には嫌な思い出ばかり、染みついていたからだ。


 祖父母もそれは同じで、時おり屋敷の整備に戻っただけだ。

 トマス、デボラ、マリアベルの出現により、壊されてしまった幸せを見たくはなかったのだろう。


 

 だから、アリシアは変わらず寮生活を送っている。


 アリシアが学園に戻ると、しばらくしてからリリーをはじめとしたマリアベルの取り巻きの貴族の娘たちが、揃って親しげに接してくるようになった。


 アリシアが家督を継いだと知って態度を豹変させたのだ。


 普通科にいた頃のアリシアならば信じたかもしれないが、今の彼女にはそれが演技だとしか思えない。

  

 ――本当の友達というものを知ったから。


 それにマリアベルで女性の裏の顔には凝りた。

 ずっと暴力を恐ろしいものだと思っていたが、もっと恐ろしいものも世の中にはあるのだ。

 隙を見せたらおしまい。


 アリシアが寮のエントランスに戻ると、サロンからリリー達が出てきた。

 この時間のサロンは寮生たちでにぎわっている。そんな中で皆の注目を浴びていた。


「アリシア様、本当にごめんなさい。ウェルストン家に命じられてあの下賤の娘マリアベルの取り巻きをするしかなかったの。私も辛かったわ。ねえ、アリシア様、私たち幼馴染よね? それにマリアベルが入って来るまで学園で仲良くしていてあげたわよね?」

「さあ、昔のことで覚えていませんわ」 

 アリシアはにべもなく答えた。


『仲良くしてあげた』結局そういうことなのだ。

 言葉の端々にアリシアの侮りが見て取れる。

 それにアリシアを虐げる彼女たちの瞳には愉悦と嗜虐の色があった。


(マリアベルの取り巻きは、どうして今更私にすり寄ることができるのだろう)

 

 すると彼女たちは、アリシアの反応が冷たいと泣き始めた。

 気持ちが冷えていく。


 リリーがさらに言い募る。


「あなたが、口添えしてくれればうちは助かるかもしれないの。お願い、アリシア様助けて!」


「よくわからないのだけれど? 私はあなたに助けられるどころか、さげすまれ陰口をたたかれ嫌味を言われ続けてきたわ。なぜ、何かしてあげなければならないの?」

 リリーがその場で泣き崩れると、リリーのそばによる生徒もいれば、遠くで冷めた視線を送る生徒たちもいる。


 そして、日に日にリリーの周りにいた女子生徒たちは学園から去り、リリーもいなくなった。彼女は学費滞納で退学となったのだ。



 ◇


 最終学年になる頃には、アリシアとサミュエルの仲の良さは学園で噂されるようになっていたが、二人は未だ婚約していない。



 アリシアの家のごたごたが続いていることも影響している。

 それはもちろん、ロスナー家も一緒であるが――。


 ウェルストン家は裁かれる人数が多すぎて、そのいずれも証拠を突き付けられても罪を認めない者ばかり。


 最初に落ちたのは父トマスだった。


 マリアベルとデボラは頑として認めないでいる。

 認めれば貴族であるトマスと違って彼女たちは絞首刑になるだろう。


 だが、調べが長引くほどデボラの被害者だと言う遺族が増えている。

 もう逃げきれないところまで来ていた。


 アリシアは努めてマリアベルのことは考えないようにしていた。

 それはアリシアが生まれる環境も育つ環境も選択できないことを知っているからだ。

 果たしてマリアベルにどれだけの選択肢があったのだろうかと――ふと、そんな思いにとらわれないようにしている。


 ジョシュアは、病気という理由で廃太子され辺境の王家直轄の領地で療養中ということになっているが、生死は定かではない。


 そして、王妃エリザベートは次男のデズモンドを王太子にしたものの、表舞台から姿を消した。


 国庫を私物化したとして罪に問われているのだ。


 それに付随するように王妃の派閥の貴族や官吏も贈収賄や詐欺、恐喝などの罪で検挙された。

 

 本来なら、ウェルストン家も裁かれるはずだが、当主の交代とヴァルト伯爵のお陰で難を逃れた状態だ。

 

 そして王妃は今祖国ラドルチェ王国へテルミアナ王国の重要な情報を流したとして、厳しい取り調べを受けている。


 近い将来、毒杯を仰ぐことになるだろう。


 アリシアがたとえ処刑されてもされなくても多少の差はあれど、世の中はこんなふうに動いていた気がする。


 ジョシュアが見た魔法の鏡の向こう側には、救いなど一かけらもなかったのだろう。


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