第64話 旅の終着点~再び

 アリシアが宿屋の二階の部屋で目覚め、身支度を済ませてから、一階の食堂に降りていくとサミュエルがすでにいた。


 これはいつものことで、彼は早朝から鍛錬をしている。

 しかし、今日はいつもと様子が違う。一緒に旅をするうちにそんな些細なことにも気づくことができるようになった。


「おはよう。サミュエル、どうかした」

 席に着くとアリシアはさっそく聞いた。


「ブライアンから連絡があった。朝食が済んだら、リヒター家に行こう」

 いよいよその日がきたとアリシアは覚悟した。

「わかった」

 

 その後簡単な朝食を済ませると、宿から歩いて半日ほどの場所にあるリヒター公爵家に向かった。

 

 

 どきどきと緊張しながら、リヒター家の門をサミュエルと共にくぐったアリシアだったが、その歓待ぶりに驚いた。


 サミュエルは家族のように迎え入れられ、ブライアンは彼の無事な姿を見て泣いていた。

「よかったよ。アリシアも無事で」


「あら、綺麗なお嬢さんね」

 リヒター夫人がさっそくアリシアのもとにやって来た。


「こんなかわいらしい娘が欲しかったの。ブライアンもサミュエルもやんちゃでたいへんだったのよ」

 そう言ってアリシアを抱きしめたので、距離の近さに度肝を抜かれた。


 リヒター公爵も明るい人で、「今日は人数が多いから、庭でシカ肉でも焼いて食べるか」などと豪快な発言をしていた。


(なんでこの家族こんなに明るくて親切なの? ブライアンもサミュエルもこういう環境で育ったから明るくて気さくなのね)


 彼らはサミュエルとアリシアの置かれている立場を知っている。それでも歓迎してくれたのだ。


 アリシアは嬉しさのあまり涙をこぼしそうになった。


 するとリヒター夫人が慌てたようにアリシアを再び抱きしめる。


「可哀そうにつらかったわね。こういう時は甘いものが一番よ。今焼きたてのスコーンをあげるから、たんとお食べなさい」

 こぼれそうになった涙が、ふと留まる。


(私、子ども扱いされたのは初めてだわ。いいえ、違う。サミュエルは褒めるとき「偉いぞ」と言って私の頭を撫でるもの)


 気恥ずかしくなって、アリシアは赤くなった。でもたまならなく嬉しい。


(この家族に絶対に迷惑をかけたくない。私は私で、自国で決着を付ける)

 彼らのぬくもりに触れ、アリシアの決意は固まった。


 楽しくて賑やかな晩餐が済んだ後、サロンでアリシアとサミュエル、ブライアンの三人で話し合いは進んだ。


「まあ、サミュエルの魔物討伐の件はうちで証人を確保できたから置いといて、とりあえずアリシアだな」

 サミュエルの件を聞いてほっとしたと同時に、アリシアは本国で自分の立場がどうなっているのかとどきどきした。


「残念ながら、アリシアと殿下の婚約は白紙に戻されていないんだ」

「そんな……」

 アリシアは絶望した。


 自分がいなくなれば、マリアベルが後釜に座ると期待していたのだ。


 ブライアンが気の毒そうに言う。

「マリアベルは出自がやばいらしい」


「でも、本当はお父様の子供なのよ。そう話しているのを聞いたわ」

 ブライアンが首をふる。


「その件に関しては君のお祖父様のヴォルト伯爵が詳しいよ。俺から君が無事だと連絡を入れようかと迷ったんだが、やはり君の意見を聞いてからと思って。それと……君を退寮させた学園の女子寮の寮監は処分された」

「処分って?」

 アリシアが驚く。


「そのままの意味。役人が来て、連行されたきり消えた。行方を知っている者はいない。それからウェルストン家の当主は保身に走っていて、君の捜索はおざなりだね。だが、少しずつウェルストン家から人が離れていることは確かだ。どうも王妃に問題があるらしい。一大勢力を築いていた王妃の派閥から人が逃げ出している」

 ブライアンが気の毒そうに、それでもはっきりと状況を告げる。



「そんなところに戻るのね……、頑張るけど」

 アリシアは肩を落としながらも、何とか自分を鼓舞しようとした。


「僕は頼るなら、ヴァルト伯爵がいい。あの方だけは君を本気で心配して必死で探しているよ」


「お祖父様が私を探してくれているのね。でもこの婚約はお祖父さまが決めたものなのよ」


「だったら、ジョシュアの方から婚約を白紙に戻させればいい。あんなもの浮気以外の何物でもない」

 それまで黙って聞いたサミュエルがにやりと笑っていった。


「おっ、サミュエルのその顔、久しぶりに見るな。出たな暗黒面。何の悪だくみだよ。僕も参加する。それからミランダのことなんだけど……アリシア、心して聞いて。彼女から手紙が届いて……」


 ブライアンの話すミランダの手紙の内容にアリシアは衝撃をうける。だが、心のどこかである程度覚悟はできていた。


 その後、彼らの話し合いは深夜まで続く。




 翌朝、アリシアはリヒター家の豪華な客間で、目を覚ました。

 久しぶりのふかふかのベッドになんとなく落ち着かない。

 それに今日は大切な来客がある。


 アリシアは緊張を覚えた。自分が彼女の正体を知ってしまったことに……。


 ベッドから起き上がり、カーテンをさっと開くと朝の光が差し込んでくる。

 アリシアは手早く身支度を整えた。


 身支度と言っても、旅の間に買った安物チュニックにズボン姿で簡単なものだ。


 その時、こんこんこんと控えめなノックの音が響いた。


 アリシアが返事をしてドアを開くと、そこには泣き笑いを浮かべたミランダが立っていた。


「アリシア! ごめんなさい。私……無自覚にあなたのことを報告していた。アリシアは褒めるところしかなかったから……。でもあの魔法の鏡を見てきづいたの。私の話しはねじれて届いて」


 ミランダのせいではない。

 アリシアが急に進路変更したので、本来なら接触することのないミランダに白羽の矢が立ってしまったのだろう。


「違う。謝るのは私のほう。あなたがこれほど私のために心を砕いてくれていたのに、黙って消えてしまって、巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」


 アリシアの頬を涙が伝う。

 今までこれほどの誠意を示してくれた友人がいただろうか。


(いいえ、友人たちね。皆が私を助けようとしてくれている……。それなのに私はまだ家族が恐くて、殿下を恐れて、心のどこかで逃げようとしていた)


 ミランダと見つめ合ったまま、お互いに涙が止まらなくなる。


 アリシアはぎゅっとミランダの手を握った。


「ミランダ、お願い。考え直して、私のためにあなたが犠牲を払う必要なんてない!」


「犠牲なんて払っていない。アリシア、忘れたの? 私たちは一緒に魔法の鏡をのぞいた仲じゃない。その時から運命共同体よ。この未来を選ぶことで私たちは生き残る」


 涙をぬぐったミランダが、いつものような明るい笑みを見せる。それに対してアリシアは頷くことしかできないでいた。


「うん、……ありがとう。一緒に生き残ろう」

「これから先も、アリシアと私はずっと友達だよ」

 ミランダとアリシアは固く抱き合った。


 五日後、彼らはそれぞれの決着をつけるため、ともにテルミアナ王国へと向かった。



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