第58話 サミュエルの生い立ちとロスナー家の事情②

「その長い話聞きたいの? しょうがないな」

 そう言いがらもサミュエルは話し始めた。


「アダムとは異母兄弟で、アダムは父上の政略結婚の妻との間の子供だった。その後亡くなって、俺の母が後妻に。貴族には珍しく恋愛結婚だったんだよ。しかし、俺が三つの時に転落事故で母が亡くなった。それ以来母に生き写しの俺の顔をみるとつらくなるからと言って、遠ざけるようになったんだ。時々王都に呼ばれることはあったけれど、ほとんどブライアンの家で育った」

「勝手な話ね」

 サミュエルは淡々とした口調で語っているが、聞いているアリシアの胸はひどく痛んだ。


 母親を亡くしたばかりの子を父親は顔を見たくないと言って遠ざけた。


「君から同情されるほどではないけど。少なくともブライアンの家ではやりたい放題だったし。で、ほかに質問は?」

 アリシアの頭は情報過多ですでにパンクしそうだった。


「あなたのことは知らない事ばかり、もっと整理してから質問する」

 そんなアリシアをサミュエルがしげしげとみる。


「ねえ。君は俺が怖くないの?」

「なんで?」

 アリシアは不思議そうに首を傾げた。


「魔族の血が流れているかもしれないんだぞ。しかも君はその力を目の当たりにした。昨日の俺の瞳をみただろ? 金色で瞳孔が縦にさけてなかったか?」

「ふふふ、誇り高くてとても綺麗だったわ」

 サミュエルが目を瞬いた。


「君はいかれてる」

「あなたもね」

 二人は互いに笑いあった。


「じゃあ、そろそろ出かけるか。今夜中にあの山にたどり着きたい」

 遠くに大きな山がそびえている。


「え? 迂回するのではないの?」

「あの山を越えれば、グレイモア王国だ。とりあえず誰にも見つからず、足跡もたどられず、無事にこの国から逃げ出すことが先決だろう」

 確かにサミュエルの言う通りだ。


 仮にアリシアに追手がいたとしても、まさか女性の足であの山を越えたとは思わないだろう。もちろん、そこはサミュエル頼みではあるが……。

「隊長の仰せのままに」

「誰が隊長だよ。まったく君って人は」

 呆れたように、それでも楽しげにサミュエルは笑った。


「へんね、あなたってもっと気取った人かと思っていたのに」

「さあね、立場が人をつくるんだろ?」 

 サミュエルはもっともらしいことを口にした。



 その後、アリシアは自分の足で歩いたり、時にはサミュエルに担がれたりしながら、山越えをした。山頂の寒さに二人は凍え肩を寄せ合った。

 しかし、上りと違って、下りはすごいスピードだった。急斜面を滑るようにサミュエルは軽々とアリシアを抱いて下る。アリシアは怖くて目を開けてられなかった。


 再び森林地帯に入る。

 その間にお互いにぽつりぽつりと身の上話をした。

 

 サミュエルは以前四人兄弟だと言っていたので、ふとほかの弟たちはどうしているのかと気になっていたのだ。彼によるとロスナー卿は結局三度目の結婚をして、三男と四男は義母が生んだとのこと。


 しかし、この義母が現在のロスナー夫人は自分だから、自分が生んだ長子が跡取りだと主張しアダムと揉めた。今は離婚寸前らしい。

 

 そもそもの諍いの発端はアダムで、彼がロスナー家の財産をすべて自分のものにしようとしているからだ。

 

 伯爵領や男爵領をいくつか持っているにも関わらず誰にも渡さないと宣言していた。


 そしてロスナー家の嫡男にはそれだけの権限が与えられている。

 

 現在、ロスナー夫妻の間では離婚の話し合いが進んでいるらしい。領地がもらえないのなら、財産だけでもと夫人とその実家は考えているようだ。


 サミュエルが言うには「過去にロスナー家で、血で血を洗う、国を巻き込むような跡目争いがあったんだ。それ以来、嫡男に力が集中するようになった」とのこと。理不尽な話だとアリシアは思う。


 アリシアは今まで自分の殻に閉じこもって、自分だけを可哀そうな人間だと思ってきた。


 でも、実際にそうではなくて皆どこかで苦労をしょい込んでいるのだと理解した。

(もっと視野を広げなくちゃ。それにサミュエルには幸せになってほしい)

 

 二人は森を抜けて、旅に出てから初めて街道に出た。


 久しぶりに近くに人がすむ匂いがする。

「アリシア、今更だけど、ここはもうグレイモア王国だよ」

「え? もうついたの。ずいぶん早いのね。あっという間だったわ」

アリシアはびっくりした。


「森を二つと一山超えたからね。結構厳しい旅程だったけど、君文句も言わずにガッツがあるね」

 サミュエルに褒められて少し恥ずかしい。


「ありがとう。もう追われていないのね?」

「それはどうかな? 偽名を使った方が安全だ。俺は町に入ったら、瞳の色と髪の色を変えるけど、君はどうする?」

「ライトブラウンはよくある色よね」

「ライトブラウンというには薄い。アリシアの場合、どちらかというとダークブロンドに近くないか?」


「じゃあ、もっと濃くする」

「緑の瞳も珍しいよ。普通はそこまで透明感のある緑ではないよ。かなり印象的だと思う。それに君は見るからに貴族令嬢だ」


「特徴のない顔だと思っていたのだけれど、それは困ったわね」

 アリシアが途方に暮れていると、サミュエルが怪訝そうに言った。


「ジョシュアは君の容姿を一度もほめなかったの?」

「ないわ、一度も。それに殿下とは会話が続かなくて、話の接ぎ穂を探すだけで苦労したわ」


「ジョシュアのことは、もう慕っていないの?」

 アリシアはほんの少し考え込んだ。


「正直わからない。子供の頃から私には殿下しかいなかったから。だからずっと彼を見つめ続けてきた。でも魔法の鏡がきっかけで魔法科に移って考えが変わったの。殿下にはマリアベルがお似合いだと思う」


「俺も同じ意見。で話は変わるけど、俺、勝手に隣国に来ちゃったけど、ヴォルト伯爵のところへいかなくていいのかい? もし行きたいのなら、海側を回って送っていくけど」


 そこでアリシアはハッとした。


 サミュエルはアリシアの頼みを聞いて逃がしてくれただけなのだ。


 このままずっと一緒にいるものなのかと、いつのまにか思っていた。




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