第56話 逃避行

「俺たち魔法使いが一番怖いのは魔物ではなく人間だよ。それも同じ魔法使い。そうだろ? だから昼間休んで夜に移動しよう」

「魔物は充分脅威だけれど」


「しかし、君も俺も結界を張れる。ここらへんの魔物ならそれで充分防げるはずだ」

「それもそうね。そうだ。サミュエル、手を出してくれる?」

 サミュエルは何の疑問もなく手を出したので、アリシアは彼の手首に素早く魔法道具を装着した。


「ん? これ何?」

「私が作った魔法道具なの。離れ離れになってもお互いにどこにいるか、無事でいるかわかるのよ」

 そう言ってアリシアも腕に同じ魔法道具を装着した。


 サミュエルが青でアリシアが緑だ。装飾用の細いブレスレットのように見える。


「ええ? 君こういう魔法道具作っていたんだ。てっきりアミュレットばかりかと思っていた」


「もちろん、アミュレットの一種よ。これは、ルミエールさんに頼まれて作っていたの。学園のカップルが買い物に来ることがあるんだって」

「え? カップル」

 サミュエルが大きく目を見開いたので、アリシアは慌ててかぶりを振る。


「違うの、誤解しないで。ほら、どちらかが迷子になったり、サミュエルが私のこと嫌になって逃げ出しちゃったりしたらわかるように」

「逃げるって何だよ。犬の首輪といっしょじゃないか? それにアリシアを嫌いになんてならないよ。短い付き合いだけど、君の性格はわかっているつもりだから」

 サミュエルが不満げに眉根を寄せるので、アリシアは焦った。


「えっと、嫌なら外すけど」

「別に嫌じゃないからいいよ。ああ、俺、今もちあわせがあまりないんだけど、後払いでいい?」

「お金なんてもらえない」

 アリシアはそろそろ本格的に眠くなってきた。


「じゃあ、ありがたく貰っておくよ。それよりアリシアは寝るといい。俺も適当に眠るから、移動はしばらく夜にしよう。ここら辺に出る魔物なら。俺一人で対処できるから」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 アリシアはカバンを枕にして外套にくるまったままで眠りに落ちた。




 翌朝アリシアは目覚めた。硬い寝床は修道院で慣れていたが、目の前に整ったサミュエルの綺麗な寝顔があって驚いて悲鳴を上げた。

「きゃあ!」


 サミュエルの長いまつげがかすかに動きゆっくりと瞼が開く。瞳はいつもの青灰色ではなく、はちみつ色だった。きっとこの色が彼本来の瞳の色なのだろう。


 ブライアンと似ている。


「いきなり、悲鳴で起こされるとは思わなかったよ」

「だ、だって目の前に」

「言っておくけど、俺にしがみついて来たのは君だからね?」

「え? 私?」

 言われてみれば、目覚め時、確かにアリシアがサミュエルにしがみついていた。


「わあ、ごめんなさい! 私ったら、なんでかしら?」

「君、寝言がすごくてね。寒いだの。どこにも行かないでくれだの」

 アリシアはそれを聞いて真っ赤になる。


「本当にごめんなさい!」

「よほど心細かったんだね。今更だけど、君を連れて逃げてよかった。ところで実家で何があったんだい? 身の危険を顧みずに下町の修道院に潜伏するなんてただごとではないよね。世間知らず過ぎてびっくりだけど、奇跡的に無事でよかった」

 サミュエルは言いたいことを言っているように見えるが、心配してくれていたのが伝わってくる。


 だから、アリシアは言いづらくて言葉をつまらせながらも、子供頃から実家でどんな虐待を受けたかを話した。


 同情を引くためのものではないので、なるべく感情を交えず淡々と語る。


 サミュエルは話しをききながらも手早く焚火の準備を始めた。


 どこで見つけてきたのか、美味しい泉の水まで用意してくれている。


「思った以上に君は悲惨な目にあっていたんだね」 


 サミュエルにさしだされた泉の水をのむ。


 森の奥深くなのに至れり尽くせりで、アリシアはありがたくいただいた。

「美味しい!」

「それはよかった」

 サミュエルがにっこりと笑う。昨日は切れていた口の端も治り、僅かにあざ

が残っているだけだった。サミュエルは治癒力も高そうだ。


「でもあなたは公爵家の子息なのに、どうしてこんな生活になれているの?」

「ああ、魔法騎士団の実践訓練ばかり受けていたからね。食料は現地調達で自炊が基本なんだ。もともと狩りの仕方や、食べられる動植物には詳しかったからね」

「そうだったの?」

 アリシアは驚いた。


「俺は、一時期ブライアンの家に預けられていて、あいつとは兄弟のようにして育ったんだ。向こうでは二人で野山を駆け回って野宿をすることもあった。魚釣りや狩りもしてたよ」

 サミュエルがその頃のことを思い出しているのか、懐かしそうに目を細める。


「最初は仲が悪いのかと思っていたけれど、途中からそうでもなくて、不思議だったのよね」

「あいつが拗ねてたんだよ。俺が実家に帰ることが決まった時、涙の別れがあってね。毎年夏には帰るって約束したけど、俺はジョシュアの側近の件が決まってしまい帰れなくなった。以来王宮の舞踏会で顔を合わせるまでアイツとは一度も会っていなかった。そりゃあもう怒っていたよ」

「じゃあ、仲直りできてよかったわね」

「なし崩し的だけどね」


「それで、あなたはなぜ、お尋ね者になっているの?」

 サミュエルは、何かを考えるように上を見る。


「正式には出頭しないことでお尋ねものになっていると思う」

 アリシアはそこでハッとする。


「ごめんなさい! 私のせいよね? 一緒に逃げてと頼んだから」

「いや、どのみち処罰される身だったから構わないよ」

「何があったの?」

 身を乗り出すアリシアに、サミュエルがストップをかける。


「ちょっと待った。腹が減ったから、魚とってくる。君も食べるだろう?」

 アリシアは気が抜けた。


「そう……よね」

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