第7話 魔法の鏡①

アリシアは侯爵令嬢なので、表立っていじめられることはない。


 だが侮られているのは確かで、クラスの元友人たちは彼女を遠巻きにするようになった。


 しだいにカフェテリアで一人で食事をとることが多くなり、リリーたちのクスクス笑いに苦しめられる。


 アリシアは、とうとうカフェテリアで食べることをやめた。


 べつに王侯貴族が集まるカフェテリアで見世物のように一人で食べる必要はないのだ。


 ほかにも食堂はあるので、彼女は寮の食堂を利用することにした。 

 そこには寮生活をしている者しか入れないから、マリアベルと顔を合わせることもない。


 そして時には食堂でサンドイッチを準備してもらい。学園の広い庭園で一人ポツリとベンチに座って食べることもあった。



 アリシアが別の場所で食事をとり始めてひと月が過ぎたけれど、ジョシュアは何も言ってこないし、リリーたちの教室内でのクスクス笑いは相変わらずだ。


 アリシアは人目にさらされることなく、ひっそりと学園生活を送りたかった。


 きっとマリアベルはジョシュアと共に食事をとっているのだろうとアリシアは思う。


 学園に入るまでは月に二回あったジョシュアとの茶会も、彼の公務が増えて、なくなってしまった。


(本当に私は今でも殿下の婚約者なのだろうか?)


 自身の思い込みなのではと思うことすらある。


 ただ、お妃教育だけはしつこく続いていた。

 

 そんな中で一人で寮の食堂で食事をしていると、声をかけられた。


「アリシア様、ここ、よろしいかしら?」


 最上級生で寮長のフランソワーズ・ムーアだ。彼女は名門伯爵家の令嬢でとても気品がある。


「はい、どうぞ」

 同席を許したものの、彼女とは事務的なこと以外は話したことがないので、訝しく思う。


「実はアリシア様にお話があるの」


 それだけでアリシアの心臓は跳ねる。マリアベルがらみの良くない噂話のような気がした。


「……何でしょうか? ムーア様」

 こわごわと顔を上げ、フランソワーズを見る。


「私のことはフランと呼んでちょうだい。私は上級生かもしれないけれど、身分はあなたの方が上なのだから」


 フランソワーズは気さくな笑顔を浮かべると再び口を開いた。


「折り入って相談があるのだけど、私の話しを聞いてくれるかしら?」

「はい。私でお力になれることでしたら」


 人見知りがあるアリシアは、警戒心を抱きつつも笑顔を浮かべた。

 長年王妃教育を受けてきたのだ。それぐらいの芸当はできる。


「実は私には伯爵家の嫡男の婚約者がいて、その方がとても素敵なの」

 思いもよらない話にアリシアは目を瞬いた。


「存じております。パトリック・ユベール様ですよね。とても素敵なお方ですね」

 確かにパトリックは美男である。

 アリシアは当たり障りのない返事をすると、フランソワーズは苦笑した。


「実はね。パトリックに浮気の噂があるの」

「え? ユベール様にですか?」

「そうよ。相手は私と同じクラスの男爵令嬢シャルロット」

 アリシアはぎょっとした。

「あの、どうしてそのようなことを私に?」


 女友達の離れていったアリシアは噂話に疎いし、フランとも親しくはない。恋の相談に向いているとは思えなかった。


「ぶしつけなことを言うようだけど。今、あなたも私と似たような状態にあると思って」

「……」


 アリシアは胸がつぶれそうな気がした。上級生のフランソワーズが知っているということは、マリアベルとジョシュアのことが学園中の噂になっているのだ。

「それで、あなたは学園の時計塔の鏡の話を知っている?」

「いいえ、存じません」

 アリシアには話がどの方向に進んでいくのか見当もつかなかった。


「学園の奥にある時計塔の四階に古い鏡があって、満月の晩、夜中の二時に行くと、自分の将来の姿を映すらしいの」

「まさか、そんな事って」

 アリシアは曖昧に笑んで首を傾げる。

 

 何のことはない。ただの怪談話だ。

 アリシアはこの手の話しにさして興味もなかった。


(フラン様はとてもしっかりした方なのに、いったいどうしてしまったのかしら?)

 訝しく思う。


「実は私も半信半疑なの。でもその鏡は十年以上前に魔法科の卒業生が作ったものだという噂があって」

「そうですか」

 アリシアは食事も済んだので、頃合いを見て席を立とうと考えていた。


「で、折り入ってご相談というのは、一週間後が満月なの。一緒に行ってみない?」

「一週間後ですか? でも寮の門限は午後八時です」

 アリシアがびっくりすると、フランがにやりと笑う。


「寮長の私がいれば、大丈夫よ。それにあなた、本当は魔法科に行きたかったのでしょう?」

「あの……どうしてそれを」

 とたんにアリシアの瞳が頼りなげにあたりをさまよう。


「図書館でよく魔法書を読んでいるあなたを見かけるから。皆あなたをがり勉って噂しているけど。本当は違うのよね? あなた、授業で習ったことはその場で、すべて頭に入っているんでしょ?」

 図星だった。


「私を監視していたのですか?」

 フランは「ふふふ」と笑う。


「実は私、王妃陛下に言われて、あなたを監視していたの。学園では、王太子妃候補には監視がつくのが慣例なのよ。そしてそれは中立派の貴族でなければならない。でもこのお役目ももう卒業するから終わるわ。誰が引き継ぐのかはわからないけれど」

 アリシアは背筋がゾクりとした。


「では、これは最後の試練ですか? 私が、その誘惑に乗らなければ合格とか」

「違う。あなたが密かに魔法の勉強をしていることは報告してないわ」


「どうしてですか? 別に不利になるとは思えませんが」


 誰にも話したことのない趣味を知られて、少し恥ずかしくは思う。

 だからと言って咎められるようなことでもない。

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