第11話

護衛の家臣の一人が木猿の怪しい動きに目をつけた。

「誰に向かって手を振っておった」

 木猿は言う。

「振ってなどおりません」

「嘘を申すな! おかしな動きをしておった。誰じゃ! 誰に見せておったのじゃ!」

「誰でもござりません。仕合に備えて体を動かしておっただけです」

「嘘を申すな! お前、まことの力士か?」

 贅肉のない引き締まった木猿の体を見て家臣は疑いを抱く。

「検(あらた)める。こちらへ来い!」

(まずい・・・)

 褌に隠した毒手裏剣が見つかれば木猿が忍びであることが露呈する。

 家臣が引っ立てようとした時、木猿は咄嗟に後ろへ飛び下がり、舞台の柱を猿の如くするするとよじ登った。

「くせ者!」

 家臣が叫ぶ。周りにいた護衛の他の家臣たちが刀剣を抜く。木猿は舞台の上まで身軽に飛び上がった。そこにも多くの衛士がいる。信長はすぐそこだ。

(やるならここだ)

 木猿はビードロの窓越しに信長の顔を見た。そこに手裏剣を投じるにしても張られた分厚いビードロが邪魔をする。そこで木猿は舞台から隣の二の丸城の城壁に飛び移り壁伝いに城の屋根まで登った。そこなら信長の月代が窺える。天窓はない。

(見えた!)

 信長を頭上から狙う。木猿は褌から手裏剣を取り出した。信長の恐ろしい形相が眼下据える。

「覚悟! 信長!」

 木猿が投じようとしたその瞬間、複数の銃声が一斉に鳴り響いた。二の丸城の屋根に仁王立ちしていた褌姿の木猿の裸体にいくつもの弾痕ができ血が舞った。

(木猿!)

 柵の向こうで父小猿が顔を歪めながら声を押し殺す。

 木猿は握っていた手裏剣を離すと、そのまま屋根から転がり落ちた。

(・・・仇は必ず討ってやる)

 観衆に混じっていた小猿は何事もなかったかのように風のようにその場を立ち去った。

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