第7話
評定から放たれ、小太郎と衣茅は自分たちの山里にひとまず帰省した。そこは衣茅が小太郎に忍術を仕込まれた修行の地でもある。
稲の収穫を間近に控えた黄金色の田畑を眺めながら小太郎は言った。
「服部様たちの考えはわかっておった」
師の後を二間離れて音もなく歩く衣茅は前髪の隙間から師の背中を眺めた。
「本願寺を出る前から。しかし知らぬを通した」
初めて聞かされた。衣茅は驚きの感情を示さぬよう呟いた。
「それは何故(なにゆえ)でござりますか?」
二人の視界に畑で鍬を振るう農夫の姿が入った。着慣れたようにみえる作務衣に目立った汚れはない。小太郎は急遽季節外れの蝉の声を使った。
(そうせねば我らの動きが上忍三家と繋がっていること、甲賀に知れよう)
衣茅はなぜ師が季節外れの虫の声を使ったのか理解した。その農夫がまこと農夫であるかはわからない。すれば師は敢えて自分たちしか通じ合えない符牒を使ったのだ。喧しい蝉の声は解しにくく他の伊賀者でもあまり使わない。衣茅も蝉の声に切り替えた。
(影武者と知っていて私に殺らせたのは、甲賀の策に嵌ったと見せかけるためですか?)
(そのとおりだ)
(服部様たちはそのこと・・・)
(無論知らん。服部様が送った忍びに儂の息のかかった者もおる)
それは服部正成が信長の従者の身辺に送った忍びのことだ。即ち、小太郎は信長が丑の刻、本願寺の北門から出て大和国へ向かったことを知っていた。知っていた上で、影武者一行が亥の刻、西門から西国街道を抜けて行く跡を追っていた。
(ならば真の信長を殺ることもできなのでは・・・?)
敵方の動きを知っていればわざわざ影武者を追わなくとも、筒井順慶に辿り着く前に信長を殺れたのではないかと衣茅は思う。
しかし小太郎はこれを否定する。
(わずかな手勢とか言うておるが、違う。確かに旅装の一団は十にも満たんが、あの周りにどれほどの地侍や忍びが従軍しておったかわかるか?)
衣茅は蝉の声を使わず首を振る。
(八百じゃ)
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