第8話 プロが代表チームを攻守で圧倒した
それから二か月後の五月下旬、女子プロ野球選抜チーム対日本代表チームの強化試合が行われた。それは女子野球界両雄の決選とも目された。
「プレイボール!」
主審が声高に試合開始を告げた。
プロチームの先発ピッチャーは左腕の速球派、藤田淳子だった。由香は未だベンチの中に座って居た。
代表チームのトップバッターはボールをよく見てフォアボールを選び一塁へ歩いた。
次のバッターが送りバントを上手く決めてワンアウト二塁となり、次は三番の強打者だった。早くもスコアリングポジションにランナーを背負うことになり、強打の三番打者を迎えて淳子は肩に力が入り、力みでストレートのフォアボールを与えてしまった。
此処で、ショートの中村綾子がマウンドに駆け寄って一声かけた。
「気楽に、打たせて行こうよ」
綾子は淳子の高校時代からのチームメイトだった。
頷いた淳子は思い切り腕を振って速球を投じた。
カキーン!
強烈なゴロが三遊間に飛んだ。
横飛びにグラブを差し出した綾子が逆シングルで捕球して直ぐにセカンドへ送球し、セカンドから矢のようなボールがファーストへ転送された。ダブルプレイ!忽ちにしてチェンジとなった。ショートの捕球もセカンドのベースカバーも送球も、目も覚めるほどに速かった。
その裏のプロ側の攻撃は代表側のピッチャーの威力十分な速球に簡単に抑え込まれた、が、二回の表の代表側の攻撃も立ち直った淳子の左腕が三者凡退に封じ込んだ。
そして、二回の裏、プロ側は二年連続の首位打者で去年は打率四割をマークした主砲、真野明日香からの攻撃を迎えた。
コーン・・・
フラフラっと上がった打球がショートの後方、レフトとセンターの前にポトリと落ちた。
ドン詰まりの当たりだったがバットを振り切っていた分だけ飛距離が出ていた。
「ラッキー!」
一塁ランナーの明日香が直ぐに二塁へ盗塁を決め、次打者がゴロでセンターへ抜けるヒットを放って先取点が入った。打球は眼を見張るほどに速かった。本塁へ送球された球が少し横へ逸れた間隙を突いて打ったランナーが二塁へ走った。一瞬の隙を突いてのプレイだった。タイミングはアウトだったが、ランナーが上手く外へ回り込んで滑り込み、タッチを躱して間一髪のセーフとなった。
三振と内野ゴロで二死となったが、次のバッターがライトオーバーの二塁打を放って二点目が入った。逆方向への打球だったが球足は強かった。然も、それが八番打者だった。
三回の裏、プロチームは先頭打者がセンター前にヒット、次打者が自らも生きるドラッグバンドで相手の内野陣を攪乱してオールセーフ、送りバントでランナーを二塁三塁に進めた後、四番打者明日香のライト前ヒットで2点を追加した。
四回の裏には先頭打者のスリーベースヒットから更に一点を加えて五対〇、この三塁打はセンターの頭上を遥かに越えてあわやホームランかと言う程の大きな当りだった。
一回の表のピンチを味方の攻守に助けられた淳子はその後、四回までをスイスイと投げて代表チームを零封した。
ここまで散発二安打に抑えられていた代表チームが、此の侭では終われない、これから後半に入ることだし何とか反撃しなければ、と五回表の攻撃を開始した。
先頭打者が二塁打を放ち次打者のライト前ヒットでホームベースを踏んで漸く一点を返した。動揺して力んだ淳子が三人目をフォアボールで歩かせたところで、プロチームはピッチャーをリリーフエースの由香に替えた。
マウンドで既定の投球練習を終えて、打席に迎えたバッターは強打の三番打者だった。
第一球目、由香はアウトコース低め一杯に直球を投げ込んだ。
相手は思い切りバットを振った。だが、振り遅れて空を切った。
「ストライク」
球は速かった、伸びも切れも抜群だった、威力十分だった。
二球目、落差の大きなスローカーブ・・・。
打者は狙い澄ましてバットを振ったが当たらなかった。眼の前で大きく落下したカーブに眼も身体も従いて行けなかった。
「ストライク」
相手は一旦バッターボックスを外し、構え直して三球目を待った。
その三球目は凄い球だった。インサイド低めに来た直球がベース手前で外側にスライドして曲がった。打者は思わず腰が引けた。高速スライダーだった。
「ストライク」
見逃しの三振だった。
由香は続く二人もスローカーブでカウントを整えた後、一人は速球で、もう一人は高速スライダーで、それぞれ三振に切って取った。代表チームの主軸三人、クリンアップトリオを連続三振に切って捨てたのだった。
試合はプロが尚も一点を追加して六対一で快勝した。
由香は打者九人に対し三振五個を奪い、与四死球ゼロ、被安打ゼロ、一人のランナーも出さない完璧な投球内容だった。
この日の強化試合はダブルヘッダーで二試合が組まれていたが、二試合目も大方の予想を覆してプロが代表チームを攻守で圧倒した。
強化試合の三か月後、国際女子野球ワールドカップにプロリーグからも由香を初め六人の選手が追加選出され、マドンナジャパンは見事に三連覇を達成した。
由香はリリーフエースとして、概ね五回、六回辺りからマウンドに上がり、毎試合平均して二イニングス程度を投げて大車輪の活躍をした。日本の三連覇を報じるマスコミや評論家は由香のピッチングを絶賛した。決して剛速球ではないが、コーナーの左右の突き方、コントロールの良さ、打者の頭の中まで読み切ったコンビネーションの巧みさが世界の打者を翻弄した。さすが小宮由香だ、これぞピッチングと言う投球の神髄を見せつけて観客を唸らせた・・・と。
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