第24話 無の力

 活法かっぽうを用いて起こすとウィールはすぐに意識を取り戻した。

 目が覚めた彼女の視線は焦点が定まっておらず、状況もよく分かっていないようだった。


「本当にすぐ起こしちゃっても大丈夫なの?」

「問題ない。こやつはしばらく力を使えん」

「何やったんだ?」

「『無』を使った」

「『無』? 何もないってことか?」

「うむ。儂は九つの力を持っておる。光・闇・火・土・水・雷・風・金、そして最後の力が『無』じゃ。望んだものを一時的に消すことができる。ただ一番力の消費も大きくてのう。疲れるから普段はあんまり使わんのじゃ」


 あの時、音が消えたのはウィールの声を九鬼が音ごと消し去ったからか。

 そして二度目の『無』でウィールの力を消した。

 だからウィールの氷が途中で生成されなくなったんだ。


 ダンジョン最強の名は伊達だてじゃないなと思った。


 すると不意に、ウィールの背丈が縮み始めた。

 二十代の女性の姿だったのが、十歳くらいの女の子の姿に変わっていく。


「魔力で姿を変えておったんじゃな。これがこやつの本当の姿じゃ」

「子供みたいだって話してたけど、本当に子供だったのね」

「おい、大丈夫か?」


 パンパンと両手で頬を軽くはたくと、ウィールはハッと俺の方を見る。


「どうなってるか分かってるか?」

「……分かんない」


 口調まで子供になってやがる。

 俺は彼女の顔を見つめる。


「負けたんだよ、お前」

「負けた……?」

「その証拠に、ほら」


 俺がウィールのアーティファクトを見せると、ウィールが表情を変えて「あぁっ!」と叫んだ。


「私! 私の宝物! 返して! 返してよぉ!」

「完全に子供になってる……」

「黙らぬか小童こわっぱが。先程までの威勢はどこ行った。ほれ軽口を叩いてみよ雑魚が」

「おい九鬼。あんまり子供をイジメんなよ」

「子供じゃないもん! うわーん!」

「泣いちゃった……。これ配信荒れないわよね? 大丈夫?」


 恨めしそうな顔でウィールは俺のことを睨んでくる。

 冷静に考えれば、俺のやってることはただの強盗だ。

 正直言うと心が痛む。

 でも、もしこれで親父とお袋が生き返るなら、俺はどれだけ批判されても構わない。


「九鬼、このアーティファクトの効力が何か分かるか?」

「そこまでは分からん。じゃがとてつもなく大きな力が込められておるのは確かじゃ。それこそ、人を蘇生する力はあるかもしれん」

「なぁ、ウィール。このアーティファクトは何の力があるんだ?」

「教えないもん!」


 すっかり拗ねている。


「なぁ、頼む。俺の大切な人のために、これが必要かもしれねぇんだ」


 俺は頭を下げる。

 ウィールはしばらく口を尖らせた後、ポソリと呟いた。


「それは……失われたものを取り戻す箱」

「失われたもの……?」

「消えてしまったものを取り戻す力が、その箱にはある」


 俺は息を呑む。

 もしこのアーティファクトが死んだ魔物を蘇らせたのだとしたら、時雨さんが言っていた話と一致する。

 やはりこのアーティファクトを使えば、親父とお袋を取り戻せるんだ。


「なぁ、ウィール。このアーティファクトは俺が探してたものみたいだ。だからどうか、俺に譲ってくれないか」

「えぇー!? 返してくれないの?」

「すまん。その代わり、何でも言うこと聞いてやるよ。死ぬとかは無理だけど」

「もういいから行くぞアキヒト。まともにその小童に付き合う必要あるまい。そやつはもう無力じゃ。放っておけば他の魔物のエサにでもなるじゃろう」

「エサ……? 死んじまうってことか?」

「数日は力が使えんからのう。子供がダンジョンに迷い込むのとさほど変わらん。運が良ければ生き残れるかもな」

「そっか……」


 俺はウィールに向き直る。


「なら、ウィール。俺から提案だ。このアーティファクトを俺にくれ。その代わり、こんな暗い場所じゃなくて、お前もうちに来いよ」

「おうちに……?」

「あぁ。ずっと退屈だったんだろ? ここから出れば、楽しいことがたくさんあるぜ」

「楽しいこと……見てみたい!」


 ウィールが目を輝かせる。

 俺は彼女の頭を撫でると、立ち上がった。


「決まりだな」

「おい、アキヒト! 何言っておるんじゃ! 本気で連れて行く気か? そやつはお主を殺そうとしたんじゃぞ?」

「だって流石にこんな子供になっちまったら放っておけねぇだろ。このまま魔物のエサになるのは見過ごせねぇよ」

「お主というやつは……」


 呆れたように九鬼は頭を抱える。

 俺は構うこと無くウィールに笑いかける。


「ただ、もう人の命を狙ったり、悪さはすんな。次同じことしたら、今度は助けねぇ」

「私、そんなことしないもん」

「じゃ、約束だな」


 俺が小指を差し出すと、ウィールは「分かった」と呟いて俺の小指にちょんと触れた。

 指切りの文化は知らなくとも、漠然と意味を感じているのかもしれない。


「帰るか」


 こうして俺たちの三層探索は終わりを迎えた。


 ◯


 地上に戻った俺たちはEDGEの時雨さんにアーティファクトを預けた。

 本当はすぐにでも使いたかったのだが、どんな効力を秘めているのか正確に知った方が良いと判断したのだ。

 EDGEの方で解析を進めてくれるらしい。

 保護したウィールはしばらく経過を観察するとのことで、傷つけないことを条件にEDGEの施設に預けることになった。


「ちゃんと大人しくしてたら戻ってこれるから、いい子にしてられるよな?」

「うん……」


 EDGEの職員に連れて行かれるウィールは不安そうだった。

 ダンジョンではあんなに脅威だったのに、まるで小動物みたいに見える。

 EDGEの建物までウィールを送り届け、俺たちは帰路についた。


「あやつは儂と違って元々がわっぱだったんじゃ。虚勢を張っておっても、来訪者が来たのが嬉しかったんじゃろうな」

「自分を怖がって逃げ出した人間が魔物のエサになったって笑ってたけどな」

「それも本当の話かは分からんがな」

「誰も来てなかったってことか?」

わっぱは嘘をつくじゃろう。構ってほしく、自分を大きく見せようとする」


 ふと疑問を抱いた。


「九鬼、お前――妙に人間のことに詳しいよな。人と暮らしていたことがあるのか?」

「……詳しくは覚えておらぬ。何となくそんな気はするがな」


 そう語る九鬼は、どこか寂しそうに見えた。


「俺、いまいち分かんねぇんだけどよ。九鬼もウィールも、何であんなダンジョンにずっといるんだよ。寂しいなら勝手に外に出たら良いじゃねぇか? お前らなら難しくないだろ」

「帰巣本能みたいなものかもしれんな。離れると何となく体が気持ち悪くなるんじゃ」



 ――違う。私は、私が望んでここにいる。生まれた時からそうあるべきと魂に刻まれていた。



 ウィールは確かにそんなことを言っていた。

 魂に刻まれた役割があったからこそ、彼女たちはずっと長い間ダンジョンの持ち場を守り続けていたのかもしれない。

 しかしそれなら、ますます分からなくなる。


「じゃあ、何で俺の時はダンジョンから出てきたんだよ?」

「それは――」


 九鬼はジッと俺の顔を見る。


「理由は分からぬが、アキヒトの顔を見た時、心が解き放たれる気がした」

「えっ?」

「儂らは、お主にきっかけを与えられたのかもな。それまでダンジョンの守り人だったものが、お主と触れて刺激を受け、自我を取り戻した。そんな気がする」

「自我って……」

「お主は儂らのことを人として見て対話しようとするじゃろ。少なくとも、そんなやつはお主が初めてじゃった。あの小童も、案外一緒なのやもしれんな。人とまともに話して、自我を取り戻した。記憶の欠片のようなものを取り戻したのやもしれぬ。それこそ、かつて人と暮らしていたことを思い出したりな。儂も何となくじゃが、人と過ごした時間があった気がしておる」


 九鬼についてはまだ分からないことだらけだ。

 いずれ分かる日が来るのだろうか。

 すると「ねぇ」と背後でリスナーに話しかけていた如月が声をかけてきた。


「私、お腹減っちゃったんだけど。どうせなら何か食べて帰らない?」

「配信はどうしたんだ?」

「さっき終わらせた」


 俺が九鬼をチラリと見ると、彼女は小さく頷く。


「コハルが待っておる。帰ろうぞ、アキヒト」

「なら、うちで飯食うか。報酬ももらったし、何か食べたいものあったら作るぜ」

「守森屋くん、料理できるの!?」

「知らぬのか小娘。アキヒトの飯は上手いぞ? まだまだ理解が足りぬのう」

「うぬぬぬ、何でこの私がマウント取られなきゃダメなのよ!」

「嫌なら来なくてもよいのじゃぞ? 儂はアキヒトに食べさせてもらおうかのう」

「自分で食えよ」

「行く! 行くわよ! ハンバーグ食べたい! ソースで煮込んだやつ!」

「はいはい。じゃあ行くか」


 ちなみにウィールをいじめたことで如月の配信は後日それなりに荒れたらしい。

 何故か九鬼が叩かれていたみたいだが……まぁ良いだろう。


 時雨さんから連絡があったのは、数日後のことだった。

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