第11話 冒険者の始まり
ダンジョンを出て帰路につく。
昼間にダンジョンに入ったのに、出る頃にはすっかり夜だった。
「だから何で最初に言わんかったんじゃ! 報酬が貰えんでは意味がないではないか!」
「言う前にあなたが勝手に暴れ始めたんでしょ!」
ダンジョンから出てもなお、まだ九鬼と如月オトメは言い争っている。
九鬼は依然として和服に狐耳、九尾を生やしたままの姿だ。
行きは現地集合にしたので九鬼の姿が目撃されることはなかったが、流石にこの姿のまま街中を歩かせるわけにはいかない。
和服の狐女など、いつ拡散されてもおかしくないからな。
今は夜だから人の姿はないものの、このまま駅に入りたくはない。
どこかで狐の姿に戻ってもらわねば困る。
「はぁ、はぁ……ああ言えばこう言う。全然口が減らないわね、あなた」
「お主には言われとうないわい」
如月と九鬼が息切れしている。
ようやく二人の口論の切れ目が見えたところで「
「俺たち寄るとこあるから、ここで別行動だ。駅まで一人で行けるよな?」
「人を子供扱いしないでよ!」
「へいへい」
プンスカと頭から煙を出しながら如月オトメが道の向こう側へと歩いていく。
そこでふと思い、呼びかけた。
「おい、如月オトメ」
「フルネーム呼びやめてよ!」
「じゃあ如月」
俺は如月に手を振る。
「今日はありがとうな、色々付き合ってくれて」
「うぐ……」
如月は顔を赤らめた後、少し照れたように視線を泳がせ――
「今度はインチキせず撮影させなさいよ」
と言って去っていった。
去りゆく彼女の背中を俺と九鬼で見送る。
「ふん、気の強い
「よせよ」
「事実じゃぞ? 強面の男どもにも臆さず戦い、人柄もカラッとしておるアキヒトをあの小娘が気にしておるのは見てても分かるわ。散々撮影させよとうるさいのも、お主と繋がりが欲しいからかもしれんな」
「んな訳ねーだろ。あいつは人気者で、本来俺らとは住む世界が違うやつなんだから」
「つまらんのう。ちょっとは照れたらどうじゃ。ま、あの小娘が何かしてこようとも、お主をやるつもりはないがな」
九鬼はそう言って俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
胸を俺に引っ付け、いたずらっぽい表情を浮かべていた。
でも浮かれては行けない。
こいつは意図的に俺に引っ付いてからかうのが趣味なのだ。
「引っ付いてないで帰るから狐に戻ってくれ。流石にその姿だと目立つ」
「仕方ないのう。儂はこのままでも良いのじゃが」
「ならもう少し人間らしい格好になってくれないか」
「無理言うでない。尻尾と耳は隠せんのじゃ」
九鬼はしぶしぶと言った様子で小型の狐姿へと変化する。
俺は九鬼をひょいと持ち上げると、そのままリュックに入れた。
リュックから九鬼の顔だけが飛び出る。
「で、これからどうするんじゃ? あの小娘の配信とやらに出るのか?」
「まぁ色々助けてくれたし、義理立てする意味でも一回くらいは出ないとダメだろうな。忙しい中付き合ってくれてんのに流石に申し訳ねぇし」
「お主は相変わらず馬鹿みたいに律儀じゃのう」
「ただ、基本的には如月とは別行動したいな。お前の正体のこともあるし、ダンジョンの探索や依頼をこなすならうちのゲートを使った方が都合も良い」
思えば今日も自宅のゲートが使えなかったからかなり不便だった。
ダンジョンに入るのに一々電車でアクセスするのは、我ながらかなり非効率だ。
「如月に関しては次の連絡を待つとして。それまでは俺たちだけで簡単な依頼からこなしていこう。今日みたいに九鬼がいれば危険な依頼もこなすのは難しくないだろうけど、よくよく考えたら報酬の額もでかいし、悪目立ちしそうな気もしてな。地道にやったほうが良い気がしてきた」
「回りくどいのう」
「それにあんまりお前に無茶させんのも引っかかるんだよ。九鬼にはあくまで俺の仕事のサポートをして欲しい。俺がヤバい時に助けてくれ」
すると九鬼はリュックから身を乗り出して俺の頬をペロペロと舐め始めた。
「何してんだよ」
「弱者の癖に儂の心配をするなど。お主は
「よせっての」
ぐしぐしと俺は九鬼の頭を撫でる。
九鬼はどこか幸せそうに目を細めた。
とにかく、これでやるべきことは決まった。
「今日は失敗に終わっちまったけど、これから稼ごうぜ、相棒」
「うむ、頼りにするが良い」
◯
数日後、俺はカフェのバイトを減らし、本格的な冒険者稼業を始めた。
GランクからEランク帯の依頼を中心に仕事をこなしていく。
ダンジョンの仕事は決して多いわけではなく、地域によって仕事の量もバラけているらしい。
冒険者の稼ぎが低い時は、カフェのバイトに出て補った。
俺の自宅から受けられる仕事は、精々週に一つか二つ。
人の捜索などは数日かかることもあるため、依頼を受けたからと言って必ずしも成果があるわけじゃない。
先に他の冒険者が依頼をこなしてしまうこともあるため、稼ぎは週に一万の時もあれば、二十万近く稼げることもある。
正直、思った以上に運が絡む仕事なのだと気が付いた。
ダンジョンの探索にはEDGEより専用の地図アプリが開発されており、そこに登録することでSNSのように情報を共有することができるらしい。
九鬼のねぐらは危険区域として登録しておいたので、とりあえずこれでダンジョンを通じて自宅に侵入される心配はすくないだろう。
冒険者として活動しながら、俺は自分に宿る異能を操る訓練もした。
小型の魔物を攻撃したり、動きの早い魔物を捕まえたり、敵の攻撃を回避したり。
元々運動は得意な方だったからか、相手の動きをスローモーションに捉えるこの能力はかなり俺と相性が良かった。
上手く使いこなせば、アクロバティックな動きをすることも可能にしてくれる。
俺の冒険者稼業は、おおよそ順調と言えた。
「ふふ……」
大学の講義室で俺がスマホに映った報酬額を眺めていると、隣に氷室が座る。
「守森屋くん、ずいぶんご機嫌だね?」
「最近新しく始めた仕事が上手く行っててな。思った以上に稼げてるんだ」
「新しく始めたって……冒険者の仕事?」
「あぁ。氷室から教えてもらったあと色々あって始めることにしたんだ」
「そっか。うん、守森屋くんなら絶対活躍できると思ってたよ!」
氷室はキラキラした瞳を俺に向けてくる。
俺は思わず苦笑した。
「つっても、まだ簡単な仕事しかしてねぇけどな」
「これからだよ! 守森屋くんなら、どんどん有名になれるはずだよ」
「有名って、俺は別に……」
「楽しそうね?」
俺の言葉に被せるように、聞き覚えのある声が聞こえる。
思わぬ珍客に俺は目を見開き、氷室はヒュッと息を呑んだ。
如月オトメがそこに立っていた。
「冒険者活動は、ずいぶん上手く行っているようね?」
如月は言うや否や、俺の隣に座ってくる。
「あれ以降全然連絡がないと思ったら。まさか私に内緒でもう活動してたなんてね? 大学でも全然見かけないし」
「親じゃねぇんだから一々連絡なんてしねぇだろ。それに会わなかったのもたまたまだ。お前こそ、ほとんど大学に来てねぇみたいじゃねぇか。少なくとも俺は毎日講義には出てたぞ」
俺が言うと如月は「うっ……」と顔をしかめた。
「こ、こっちはインフルエンサーなのよ? 人気配信者なの! 色々案件とか、コラボとか、立て込んでるのよ! あんたこそ、冒険者として活動するなら
「何でだよ……」
流石にそこまで密な関係を築いたつもりはないのだが。
俺が呆れていると、氷室が俺の服をちょいと引っ張った。
「ま、守森屋くん。如月オトメさんと知り合いなの?」
「ん? あぁ、最近知り合ったんだ。如月、俺の友達の氷室だ。こいつ、お前の大ファンなんだよ」
「は、始めまして。あ、あの、動画! 配信! ゼンブミテマス!」
「そう? どうも」
「お前、ガチガチじゃねぇか」
「だ、だってあの如月オトメと話すなんて思わないから……!」
混乱する氷室をなだめていると講義開始のチャイムが鳴り響いた。
「ねぇ、この席このまま使っても良いかしら?」
「あっ? おぉ。別に空いてるけど」
「じゃあ一緒に受けさせてもらうわね」
「あぁ……如月オトメと講義受けるなんて……おぼぼぼぼぼ」
「氷室? おい、しっかりしろ氷室ぉぉぉ!」
氷室は白目を剥いて倒れた。
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