猫を助けたら、ネズミに転生しました? ~好きは好きでも、好物の好きってどうなってんの?!~
琥宮 千孝(くみや ちたか)
第1話 猫を助けたらネズミに生まれ変わってました?
みんなは目の前の猫が車に轢かれそうになったら助けるよね?
俺もそう。
万年彼女無しの俺の唯一の癒しが、猫カフェで可愛いにゃんこ達と戯れることであったなら、尚更助けないという選択肢は無いはずだ。
あの黒猫は助かったのかな。俺の手をするりと抜けて、逃げていった気がする。無事だといいな。
ん? なぜ覚えてないかって?
いやだってさ、俺は猫を庇って車に轢かれてしまったから。
次に目が覚めたら辺りは薄暗く、ジメジメとした場所。病院だったとしても、ベッドの上じゃないし、そもそも床の上だし、病人が地下に放り投げられたのだとしたら、一体どういう状況でこうなったんだ?
一先ず立ち上がって移動しようとすると、違和感を感じた。どうやら足が短いようだ。いや、元々長くは無いんだけど・・・・・・って、そういう事じゃない!
薄暗くてよく見えないけど、自分の身体くらいは何となく見える。
・・・・・・なんだこれ?!
腕を見ると手の甲までは妙に毛むくじゃらのくせに、そこから指先まではピンク艶々している。爪は鋭く4本しかない。
足は・・・・・・というか、服は着てないし、全身毛むくじゃらだ。そして決して二足歩行に向いているようには見えない。
一体何が起きているんだろうか?
さわさわと自分の体をくまなく触ってみた。手の甲と同じ感じで全身に毛が生えているようだ。毛ざわりはさらそらでもフサフサでもなくゴワゴワだ。
どうやらなんかの動物にでもなったみたいだな。
ポチャン。
どこかで水が落ちる音がした。よく見ると少し先に水たまりがあり、そこには月明かりが差し込んでいた。どうやら、音がしたのはあそこのようだ。
チュチュッ!
「行ってみよう」と発したつもりだが、何か聞き覚えあるような鳴き声が出るだけで喋れないな。これはいよいよだな。
恐る恐る水たまりに近づく。見たこともないくらい綺麗な月が水面に映し出されていて、思わず見惚れそうになる。すぐに目的を思い出し、勇気を出して水面を覗き込んだ。
暗くて見えないほうがどれだけ良かったか。そこに映し出されたのは見覚えのない顔。小さくつぶらな黒い瞳。とがった口先、その上にちょこんとついた鼻と白く長い髭。そして頭のてっぺんにぴょこんとついた耳。これはどう見ても「ネズミ」だね。
「ぢゅー、ぢゅぢゅーぢゅーーー!!(なんで猫を助けて、ネズミになってんだよー!!)」
何をどう見てもネズミでした。もっと国民的スターなポップなアイツみたいな姿ならまだしも、完全にただのネズミ。ねぇ、俺なんかした?
いつまでも落ち込んでも仕方ない。どう考えても詰んでる気がするけど、このままここにいても餓死するか、他の動物の餌になるだけだ。
まずはここがどこなのか調べながら、どう行動するか決めていこう。
しかし、ネズミの脳みそなんて極小のはずなのに前世(?)の記憶がしっかりある。今だけとかかもしれないので油断は出来ないが、これだけでもかなりのアドバンテージだろう。ただ活かせる能力がこの体にあるのかが謎だけど。
いっそゲームの「ステータス」みたいに見えればいいのに。───────そう思った瞬間だった。頭の中に、イメージのようなものが浮かび上がった。
個体名:未決定
種族:スモールラット(亜種)
権限:LV1
種族レベル:LV1
存在値:20
スキル:スティール 索敵 予知
魔法:なし
■■:■■■■■■■
イメージなのに伏字があるとか、なんなんだ?
それよりも、存在値ってなんだろな。強さみたいなことだろうか。これが強いのか弱いのか分からないが、取り敢えず分かったことは、やっぱり自分はネズミだということだ。
そして、こんな事が出来るということはここは日本、いや地球じゃないんだろう。まさかの異世界転生とかいうやつか?
しかしだ、なぜネズミなんだ。猫助けて転生するなら猫だろうが。神様の頭バグってるんじゃないか?
さんざん頭の中で文句を言ってみるも、何かが現れる気配は無い。これは本当に生まれ変わっただけのパターンも有り得るな。
なんにせよ、まずは食料調達だ。ただの賢いネズミなだけでは生きていけない。水たまりがあるから水は大丈夫だろう。ネズミなんだし、それくらいでお腹は壊さないだろ。
さて食料だけど、まず目につくものは・・・・・・、アレか、アレはちょっとね。カサカサしてて素早いし捕まえるのが大変そうだから本当に何も居なかったらにしよう。
虫以外となると、肉かチーズだな。あとは穀物やフルーツ類、野菜は食べれるがお腹膨れるかな。とにかく精神的にも抵抗のない食べ物を確保したい。まずはそこからだな。
四足で颯爽と走り回る。周りから見たらうろちょろしてるように見えるかもしれないが、全力で探索している。この辺りには石の壁しかなく、植物が生えていない。どうやら何かの建物の地下のようだ。
月明かりが差し込むことを考えると、上は廃墟なんだろう。少し気になるので、試しに壁を登り覗いてみる。
おお、さすがネズミの体。爪がうまく引っ掛かり上まで登れた。人間にはなかなか出来ない芸当だ。本能で分かっているのか、手をかける場所や力加減など意識しないでも分かるようだった。
こっそりと覗いてみると、予想の通り上は誰も住んでない廃墟だった。僅かに気配があるのは同族のネズミや虫の類、それと奥の方に蠢く何かがいる。あれはなんだ?
うぞうぞと動き、近くの虫や気配を感じ取れずに捕まるネズミたち。半透明で液体のような体、そして捕食した獲物を溶かして吸収する生き物。あれはスライム?!
まさに異世界の王道モンスターに早速出会うとはね。しかし、抱いたのは感動よりも恐怖だ。今しがた同族のネズミが食べれれたばかりなのだ。狙われればひとたまりも無い。
くそ、生まれ変わってそうそう死ぬなんてごめんだ。バレないようにそそくさと下に逃げよう。
そう思って踵を返して下に降りようとしたその時だった。
ヒュンッと、鞭のようなものが自分に襲いかかってきた。しっぽの先にそれが掠り、ジュッと嫌な音と共に痛みが走る。痛い痛い痛い!なんてことをしてくれるんだ。
怖くて確認出来ないが確実にしっぽの先が溶けた。ヤバいスライムに狙われた!
ウサギでないが、脱兎のごとく逃げ出し壁を駆け下りる。地面に降りたことを確認してほっと一息つき上を見ると蠢く水のようなものが天井から垂れ落ちて来た。くそっ、完全にロックオンされたか。他にも獲物はいるはずなのに、なんで狙われるんだ!?
幸い相手の動きは緩慢で、逃げ回ることは可能だ。しかし、この部屋は出口がない。唯一の出口があの月明かりが差し込む穴だけなのだ。そこにスライムがいる以上、まさに袋こねずみ。部屋の中を逃げ回ったところでいつかは捕まってしまうだろう。
それにスライムがこの一匹だけとは限らない。どうにかして倒さないと餌の確保所ではないぞ。
注意深く相手との距離を取りながら、観察を続ける。さっき捕食したはずの獲物は既に消化済み。俺のしっぽも見当たらない。チラッと自分のしっぽを見ると三分の一くらい短くなっていた。ちくしょうこうなったらやり返してやる!
ポチャンと湿った音を立てて地面に舞い降りたスライム。しばらく形を整えるためにうぞうぞと蠢いていたが、散らばった体を集め終わると再びこちらに狙いを定める。どうやら目も何もないが、こちらが何処にいるのか正確に把握しているみたいだ。音を立てないように移動してもしっかりとこちらに向かってくる。動きに知性は感じられないが、それでも圧倒的に相手の方が有利な今の状況では関係ない。
ふと、見ていて気がついた。落ちてきた時に散らばった体が集まる中心に丸い玉の様なものが見えた。あれがもしかしたら核となる部分かもしれない。破壊することが出来れば、倒すことが可能なんでは?
しかし、体の中を忙しなく動き回り、かつあの体に触れれば溶かされて捕食完了だ。なんとかあの核だけを狙う方法を考えなければ。
まずは相手の周りを素早く動き回ってみた。体の一部を鞭のように変形させて叩きつけてきた。今度は問題なく避けれたが直撃すれば即死だ。気をつけなければそこでゲームオーバーになる。なんとか感じているうちに気がついたことがある。
自由自在に動かせると思っていたスライムの体だが、鞭のように変化させた後だとすぐに戻せないみたいだ。一回体から切り離されて、本体が回収するまでその場に居続けた。しかも、切り離した分だけスライムの体は薄っぺらくなるようだ。
これなら周りをウロチョロしつつ、わざと近づき攻撃させれば全体的に薄っぺらになっていくんではないだろうか。よし、まずはやってみよう!
挑発するようにヒットアンドアウェイで地面に転がっている小石を投げつける。それに合わせるかのように、スライムの鞭が襲いかかってきた。それをギリギリでかわして、すぐに次の攻撃に移る。目的はダメージを与えることでは無いが、攻撃されている相手は少し焦っているようだった。
ちなみに投げた小石は消化出来ないらしく通り抜けて地面に転がっていた。よし、有機物しか溶かせないみたいだな。辺りにもっといい物は落ちてないか?
キラッと光るものを見つけた。それは何の変哲もない砕けたガラスの破片。しかし、ネズミの体には大きなナイフなんて持てない。だからこそ、ちょうどいい大きさの尖った武器だ。これならあの核を傷つけるのに丁度良さそうだな。
スライムの周りを三周ほどして、ガラスの破片のところまで来た。スライムは俺に攻撃を続けた影響でほぼ平ペったくなっていた。それでも執拗に狙い続けるあたり凄い執念だ。だが、それが仇になることを思い知らせてやる!
「ぢゅー、ぢゅぢゅーぢゅーーー!!(しっぽを食われた恨み、果たさせてもらうぞっ!!)」
思わず叫ぶが、やはり言葉にはならない。両手でガラスの破片を掴み、体の中心から動けなくなったスライムの核を狙って飛び込む。そこで予想外のことが起きた。なんと散らばっていた体を無理やり引き寄せて四方からスライムが襲いかかる。まるでイソギンチャクのようになったスライムは俺を包み込む様に呑む込もうとしたいる。
(もう逃げる時間は無い。やるかやられるかだ!!)
そのまま全体重をかけて核にガラス片をぶっ刺す。くっ、思ったよりも硬い。いや、自分が軽すぎなのか、力が足りないのか、だがこのまま砕くしか生存するすべは無い!!
「じゅじゅーーーーー!!!」
言葉にならない言葉を発し、渾身の力を込める。
ぱき・・・・・・ぱきぱき、バギンッ!!
よし、倒した!
バシャーン!!
ぎゃーー、あちい、痛いい、溶ける溶ける溶ける!!
【スティール発動、レベルアップしました】
何か聞こえた気がするが、そこで意識を失ってしまっまた。
異世界での初戦は、スライムと引き分けで終わったのだった。あれ、それじゃオレまた死ぬの?!
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