Phase.002『 龍神慶歌の得意な遊び 』
「交渉……!! はい!!
「――慶歌は、現代使われている言語であればすべてに対応可能です!」
そうして表示されたのは、液晶ディスプレイを思わせる八枚のホログラムであった。
すべてのホログラムには同様に、龍神の対応言語と思われるリストが表示され始める。
「地域特有のイントネーションや方言など、この世にデータとして残っているものであれば、あらゆる言語、発音に対応可能なので、
「ふむふむ」
ホログラムに表示された言語名は、画面いっぱいに表示されると、次に下方に向けてゆっくりとスクロールされ始めた。
京香はそれらを眺め終えると、再び春摩に向き直り言った。
「よろしい! では、まずは交渉から試してみるとしよう!」
「はっ……、はいっ!!」
春摩はそれに、背筋を正して応じた。
ー Phase.002『 龍神慶歌の得意な遊び 』ー
「――じゃあ、隊長の言う通り、まずは交渉から始めるとして……。問題は、どうやって交渉の場を作るかと、どうやって研究所に戻る気にさせるかっすね……」
襟足を結ったクセの強い赤髪を揺らしながら、
京香は、その燈哉に視線をやりながら頷く。
「うむ。そうだな」
すると、これまで静観していた異能隊ラボ最高責任者の
「春摩博士。博士には、彼、――慶歌の居場所は分かるのですか?」
ゆっくりと眼鏡をかけ直した聡は、柔らかな金髪を耳にかけると、春摩へと視線を向ける。
先ほどの
むしろ、第一印象から優しい人であろうと判じられる事の多い人物だ。
しかし、そんな聡相手であるにも関わらず、春摩は非常に歯切れの悪い応答をした。
「あ、そ、それが……」
聡が白衣さえ着ていなければ――。
聡が、春摩と同じ科学者であるとさえ分からなければ――。
春摩はもう少し、マシな応答ができたのかもしれない。
しかし、春摩と聡が共に科学者同士である事は揺るぎない事実だ。
それゆえ春摩は、その先輩科学者の問いに頷けないこの現状から、自身の未熟さをより強く責められているように感じた。
そのような事もあり、自身の情けなさに改めて落ち込んだ春摩は、歯切れの悪い応答をして以降、それに続ける言葉を探しながらしばし黙してしまった。
すると、聡のすぐそばに控えていた
「まさか……、こんなもん作れるアンタが探知機能のひとつも備えてなかったとか言う?」
濃い青のグラデーションカラーを襟足に交えた薄水色の髪は、普段から淳の鋭い双眸を隠しがちだが、前髪の間から微かに見えるだけでも、その鋭い双眸は今の春摩を責め立てるには十分な威圧感を発揮した。
しかし、威圧感に圧されて事実を述べないわけにはいかない春摩は、自身を奮い立たせて言った。
「い、いいえっ! 大切な我が子ですから、万が一に備え、どこにいても探知できるようにはしていました! ですが……――」
「 “ですが”?」
淳は、静かながら威圧感のある声色で先を促した。
春摩は、
「――彼の能力は……すでに僕らの想像の域を超えていたんです……」
春摩の言葉に、淳は微かに眉をしかめた。
「ほう?――と、云うと?」
しかし、淳が口を開く前に京香が言葉を紡いだため、淳は再び静観者へと役を戻した。
春摩は、ここで冷静さを欠かぬよう、自身を律しながら語る。
「――以前、慶歌の知能実験として、仮想空間でのかくれんぼ遊びをした際、慶歌がその遊びを随分と気に入ったようだったので、それ以降は、条件や難易度を様々に変更しながら、度々とかくれんぼ遊びをするようになったのですが……」
「ほう。かくれんぼ遊び……」
「はい」
春摩は頷き、次いで軽く眉間に皺を寄せるようにして続けた。
「――実は、そのかくれんぼ遊びの中で、ある日から物質世界を想定したかくれんぼも行うようになりまして……」
その春摩の言葉に、聡が思わず問う。
「まさか……その時に学習した事が、今まさに活かされていると……?」
「はい、恐らく……」
春摩は、その問いに重々しく頷いた。
「お察しの通り、慶歌は今、僕らの探知機能にかからないような探知妨害プログラムを実行しながら、この物質世界を飛び回っているようなのです……」
そして、すっかりと
しかし――。
「ほほう! それは凄いな!」
次に春摩に与えられたのは、京香による称賛の言葉だった。
「えっ……」
春摩はそれに、思わず驚きの声を発する。
そんな春摩を置き去りに、京香は感心した様子で続ける。
「つまり慶歌は、君たちとのかくれんぼの続きをしながら、この物質世界を観光している、というわけか!」
「あ、は、はい……恐らく……」
春摩は、動揺しながらも何とか応答した。
すると京香に続き、呆れた様子ではありながら、特に叱責する気はないらしい次郎が言った。
「子が親を超えちまったわけか」
「すげぇ……」
「かっこいい……」
そんな次郎に続き、
燈哉は、そんな呑気な二人に思わず水を差す。
「コラ~そこのお二人~。ココ、感心するトコじゃなくて頭抱えるトコですよ~」
すると、そんな燈哉らを横目に、短く切り揃えた暗い藍色の髪を掻きながら、
その顔には、左眉から右頬にかけてタトゥーが刻まれている。
「――探知機能が使えねぇってんなら、俺の耳も役には立たねぇだろうなぁ」
そんな燐と同じく、その場で静観に徹していたルシも、白髪を微かに揺らし首を傾げると、口元に手をやりながら言った。
「その場合、他の手がかりを頼るか、あるいは、おびき寄せるか、か……」
「だな」
燐は、褐色肌が美しい己のバディが紡いだ言葉に楽しげに頷く。
すると、自身の眼鏡にホログラムの龍神を映し、同じく静観役を担っていた
「――おびき寄せられるもの、か」
そんな瑩のサラリとした黒髪を眺めながら、橙髪を短く整えた
「餌になるようなモノでもあればね」
「そうだねぇ」
「餌、か……」
そこで、雪の言葉を引き継いだ次郎は、再び春摩へと向き直る。
「春摩博士。龍神の方から出てきてくれれば、俺たちも無理やり追い回すような事もしなくて済むわけだが……、――何か餌になるような、龍神をおびき寄せられそうなモノはないのか」
「え、餌ですか……」
次郎に問いに、春摩は戸惑う。
次郎は、そんな春摩を落ち着かせるようにゆっくりと言った。
「
「な、なるほど!――慶歌が興味を示すもの……」
気圧されて察しが悪くなっていた春摩だったが、次郎の補足により、ようやく合点がいったらしい。
次郎の言葉を踏まえ、春摩は考え始める。
そして、それからしばらくの沈黙が続いた頃。
「――もしかして、なさげ?」
しばらく考えても答えが出ないらしい春摩の様子に、燈哉は思わず問うた。
春摩はそれに、慌てるように両手を広げ左右に振る。
「あぁ! いえいえ! あります! あります!」
「ほんとか~?」
燈哉は
それに対し、春摩は激しく頷く。
「本当です! 本当にあります!――というより、候補ならいくらでもあるんです!――ただ……」
「もしかして、何か問題が?」
今度は聡が優しく問う。
すると春摩は、首を横に振りながら言った。
「い、いえ! 問題があるわけでもないのです。――ただ、その……、どれが最も効果的かを考えてまして……」
「あぁ、なるほど」
春摩の言葉に、燈哉は納得した様子で息を吐く。
そして、
「それなら――」
と、悩む春摩に燈哉がひとつ提言をしようとした、その時。
ピピ――と、短い電子音が響くなり、会議室の自動扉が開いた。
Next → Phase.003
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