Ⅲ‐3



「はい皆さん着席してくださーい」

島崎の声が会場に響く。そして女子の席に屯していた男たちも、女たちもぞろぞろと笑いながら指定席に戻っていった。

 翔太の座席は未だわからない。速足で探し始める。

「佐藤」

 最近聞いた声の方向を見ると、嘉納が手も振らずにこちらを見ている。 この瞬間、心細さが紛れなかったかと言えばそれは嘘だ。思わず手を挙げて答えた。


「何キョドってんだよー」

同時に嘉納の周りにいる二人の男の顔と彼らの表情を伺いながら、頭の中で思い出そうとしてすぐに解った。藤川と鶴井だ。

「あ、翔太君」


 スーツ姿の鶴井が一瞬、にこっとした笑顔を見せてくれて、翔太は自分の肩から背中にかかっていた緊張が抜けていくのを感じた。顔は五年前と何も変わらない。終電を逃した後のサイゼリアで、彼が退屈な生活に嫌気したこと、どのグループの輪にも入れそうにないと話してくれたことを今でも覚えている。

 藤川は穏やかな顔のまま何も言わずに笑んだ。彼は鼻筋の立った美形だ。彼は昔というより、今会ったままの印象の方が強くて、それに過去が引っ張られて思い出されてくるようだった。そういえば学生時代の彼は育ちがいい雰囲気だった。マクドナルドの店員をしていたときすら、周りと全く違う丁寧な所作を見せて、格の違いを見せつけていたが、その分神経質で怒るとひたすらに理攻めをしてくるような面があったと思う。

 今は気配も立ち振る舞いも、老成した様に静かだ。それは何もかもを獲得した余裕とおそらく完成した人生の設計図の完璧さからくる見通しの明るさに満ちていた。藤川の着ているスーツには、明らかに他と生地の違いがあるのが分かる。手指には指輪がある。彼は纏わりついてくる女性陣との会話もそれなりにして速やかに席に着いたのだ。


翔太は思いがけず声を出した。

「久しぶり」

「うん。久しぶり」

藤川の声に反応するように、嘉納が座ったままの翔太を見上げて尋ねた。

「お前席どこ?」

「やあ、六ー三だよ」

「ああね。お前ここだよ」

 嘉納から若干の拒みを感じたが、それはそれだ。


「これくじか何か?」

「いや、何か適当に決まってたらしい。そういうの昔もよくやってたよな。このサークルは。どうせそうするなら事前に聞いて回ればいいのによい子ってゆーかさ」

 嘉納はスピリットでの活動を就活に有利だと判断し参加した人間だった。大学近くの居酒屋でよくやった飲み会で、それを大っぴらにしていたこの男には潜在的な嫌悪感があったことを今更ながら思い出した。

「前山君は?」

「今日は来てないな」

 嘉納は退屈そうな声を出し、そしてこう加えた。

「自分から誘っといて『お前ら楽しんでこいよ』っていうああの感じが前山だから」

 前山に対する不快な気分がその言葉から聞いて取れる。

「野島君も来てないね」

「あいつは来るワケないわ。こういうの嫌いだし。そういう空気出すやん」

「そっか」

 と言いつつ、嘉納は立ったままの翔太が来ている上下のスーツを見て言った。

「ていうかこないだ飲んだ時も思ったけど、ホント変わらないよなお前」

「そうかな、どのあたりが?」

「いや顔。全く老けねー。若いっていうか大学生のまんまじゃね?」

 と嘉納が鶴井を見た。躊躇いながらもうんうん、という感じで鶴井が頷く。

 と、非常に言いづらそうになりながら嘉納と発言と翔太のバランスをとるように、そうかもと言った。嘉納が不機嫌なのは、前山と野島が不在であること以上に、彼ら二人の社会人としては真っ当な、しかし友達としては無責任な行動と、スピリットが潜在的に持つ態度に欺瞞的な善をずっと読み取っていたことは明らかだった。そして翔太はその腐れ縁による戦禍を飲まされる貧乏くじを引かされたという事でしかない。

「若く見られるっていいことだよね」

 藤川がそう言って嘉納が反応する。

「いやそれより!卒業式から変わってる気しないわ」

 という言葉に翔太は少し考えあぐねながらも言葉を紡いだ。仕事を話題にはしたくなかった。そして翔太がこの場に参加した目的も話題にしてほしくなかった。

「クローゼットにあったやつだからそうかもしれない」

「へえ。ホントに社会人かよ?」

 翔太は笑いで返答したつもりだが、ぎこちない表情であることは自分でもわかる。

 『うすいうすい、存在が』そう言って笑う嘉納の言葉に少しばかり毒をもらった気もしたが、この男と張り合うことが今日の目的ではないのだ。そう思うと幾分か気分はまぎれた。そしてこの二者の会話を、心では何歩も距離を置くように無言で見ていた藤川の視線を、翔太はずっと気にしていた。

 

 するとスタンドマイクが立つ会場の下手から、島崎が現れた。

「スピリット十期の同窓会へようこそ。皆さん、お久しぶりですね!このコロナ禍ですがやっとお会いできましたね。ホント、皆変わらない顔でとても懐かしいです!」

 しまちゃー!と声が聞こえる。可愛いぞー!とか顔変わらーんとかいうのもある。あっとその方向を見て気づく。その声の主はケイを伴った数人の男たちだ。先ほど女性たちの輪に混ざっていた集団だった。

「今日は学生時代に戻って懐かしく語り合いましょう。それではグラスの準備をお願いします。本日の再会を祝して、乾杯!」

 座ったまま乾杯のグラスを交わす。ガラスに守られた酒と違い、集団の意識は交じり合い、お互いの領分を侵し、様々な感情を会場内に満たしていく。

 嘉納は藤川に言った。

「席移動しない?」

藤川は佇んだまま答える。

「少し食べていくから」

藤川の明確なNOであることは、その場の誰にも分かった。

「そうか、じゃまた後で」

 言うなり立ち上がった嘉納が、足早に別のテーブルへと歩いていく。


その後姿を見送った鶴井は、翔太に尋ねてきた。

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