もたらされた奇跡の終焉

 すずが鹿の姿の竜胆と共に村の広場に辿り着くと、何事かと思った村人達が集まり始める。


「すずだ!」

「しばらく見ないうちに、こんなにやつれちゃって……。髪も短くなっているわね」

「村長のせがれに嫁いだから、てっきり良い暮らしをしているものかと……」


 集まった者の中には、村長に金銭を渡し、すずに蘇生を願った者たちも含まれていた。


「あれは黄泉還しの巫女じゃないか」

「なんで鹿と一緒にいるんだ?」


 そのとき……。


「ケーーーーーン!!」


 野次馬の様に集まった村人達を前に鹿の姿を模した竜胆が高い声を上げると、やじ馬たちが一斉に静かになる。


「みんな、聞いて!」


 彼に続いてすずも声を上げた。


「三年前。私は黄泉還しの力に目覚め、みんなの大切なひとも生き返らせた」


 三年ぶりのお腹の底からの発声に、しがらみから解き放たれた気持ちになりながら、彼女は言葉を続けた。


「そのときは、みんなが少しでも大切なひとと一緒にいられるなら、それでいいと思っていたの!」

「……」


 村人達に限って言えば、皆ばつの悪そうな顔をしながら互いを見ていた。


「だけど、現村長は黄泉還しの力をお金儲けに使っている! 莫大な金銭と引き換えに、ひとの命を生き返らせるなんて、本当は罰当たりだと思う!」


 すずは押さえつけられていた気持ちを解放する。


「私は、もうそんな罰当たりなことは、もうやめる!」


 彼女本来の活発的な姿から語られる言葉に、聴集者達がざわめき始めた。


「だから……ごめんなさい。いままで生き返らせたみんなの命も、天に還していこうと思うの。だから、いまのうちにお別れをしてください」


 すずの言葉に対し、聞き入っていた者達は様々な反応を示す。

 彼女の願い通りに別れを告げる者、死にたくないと嘆く者、金銭と引き換えに死者を生き返らせたことを懺悔する者……。

 彼らの様子を眺めて罪悪感で心が締め付けられそうになるすずを励ますように、竜胆が角を彼女に擦りつけた。


 そんな中……。


「すず! お前何をやってるんだ!」

「どうやって牢から出てきたのよ!?」


 騒ぎを嗅ぎつけた元夫と、その恋人が慌ててすずの前に飛び出してきた。


「余計なことを口にするな! お前は俺の言うことを聞いていれば、それで――」


 すずがこれ以上余計なことを言う前に口を塞ごうと元夫が手を伸ばした瞬間、すずに寄り添っていた竜胆が瞬時に動いた。


「俺のすずに手を出すな!」


 本来の鬼の姿へと変貌を遂げると、元夫の手首を掴んで地面に拘束する。


「くそッ! なんだお前は!!」

「きゃあっ!? 鬼!?」

「知っているぞ。貴様等はすずを散々いたぶってきたな!」


 竜胆はこれまですずが受けて来た恨みを晴らすように、男を拘束する力を強くしていく。


「ぐぅッ! 村が潤うんだ! それの何が悪い!!」

「ならば、まともな待遇を与えるべきだったろう!」

「こんな気味の悪い女の待遇だと? いででで……!!」

「それに、乱暴を働き、無理矢理に髪を切るなどと! 許さぬ!」


 竜胆から語られるすずに対する元夫達からの仕打ちに、聴集者達が罪悪感をにじませていく。


「すず! 助けてくれ!! お前の知り合いなんだろう!」


 元夫はどんな状況においても自分のことしか優先しない。

 それは分かっていたことだが、すずは呆れた様子で溜め息をついた。


「……分かった。いま、


 助けられると伝えられてほっとする元夫をよそに、彼女は聴集者達に向かって告げた。


「みんな、お別れは出来た? いままで生き返らせたみんなの命も、天に還していくね」

「なんですって!?」

「や、やめろ! せっかく金儲けができたというのに!! そんなことしたら今までの苦労が水の泡になるだろうが!!」


 竜胆に押さえつけられながらも暴れる元夫を無視し、すずは両手を組み、祈る。


「ごめんなさい……」


 彼女の謝罪は、決して元夫に対して告げたものではない。

 これまで彼女が黄泉還らせた者、そして彼らに関わった者すべての者に対しての言葉だった。


「一緒に、還ろう」


 彼女が祈り始めると、心の準備が出来た者の身体が淡く光り始め、天へと昇っていく。

 残された者は名残惜しんだり、泣き叫んだり……悲しみに暮れる者もいれば、生き永らえることの出来た喜びを感謝する者もいる。


 黄泉還しを遂げた多くの命が天に昇っていく中、元夫は相変わらず叫び続けている。


「やめろと言ってるだろうが! すず!」

「あなた! 身体が……! ど、どうして!?」

「……あ?」


 恋人の驚愕に溢れた声と表情に、元夫が自身の身体を見ると、四肢がゆっくりと溶けていくように砂になっていた。


「な、なんだよ、これ!?」

「黄泉還し後に本人の意志によって悪意を成した者は、他の魂と同じ場所に逝くことは出来ない。……地獄逝きだ」


 鬼からの宣告に、元夫がごくりと唾を飲んだ。


「俺、まさか……」

「……死んでいたんだよ」

「解放するって、まさかそういう……!?」


 三年前のあの日、元夫は死んでいた。彼はその自覚がないまま、これまで過ごしていたのだ。


「うそだろ!」

「あなたの父さん……前の村長さんが、生き返らせて欲しいって頼んだの」

「親父が……?」

「父は子の存命を祈ったのに。その父の子は……あなたは、父の蘇生を願わなかったね……」


 すずは悲しそうな瞳で、かつて夫であった人物を見つめる。


「いやだ! 俺はまだ死にたくない!! いや、百歩譲って死ぬのは良いが、地獄は嫌だ!!」

「わ、私も、身体が砂に!? いやあ!!」


 元夫だけでなく、その恋人までもが身体が砂になっていく。


「助けなさいよ、すず!!」

「そうだ! すず!!」


 地獄逝きが決まった今となっても、すずを虐げて来たふたりは以前と変わらず強気に命令をするが、彼女は頭を振った。


「……私には、そんな力ないよ。それに、あなたたちにとって、この力は不気味なんでしょう?」


 彼らの全身の大半が砂と化していく。

 元夫を押さえつける必要もなくなり、竜胆は彼から手を放して立ち上がる。


「もし地獄逝きを止められる力があったとしても、竜胆様からもらった力を蔑むあなたたちのためになんか、もう使いたくない!」


 彼らの結末を、すずはこの状況を引き起こした者として見届けなければいけない。

 彼女は目を背けずに真っ直ぐな視線で、砂と消えて行く因縁の相手の末路を追った。


「いやあああああ!!!」

「すず!!!! お前を呪ってやる!!!!」


 すずを呪う断末魔を聞かせまいと、竜胆が彼女の耳を塞ごうとする。

 すずはそんな彼の手に触れて、制止した。


「竜胆様。大丈夫だよ。ちゃんと、見届けるから」

「無理はするな」

「こんなの、村長の家にいた頃に比べれば、なんてことはないよ」


 元夫とその恋人が完全に砂となって崩れ落ちたのを見届けた頃、すずの身体が淡く光り始める。


「私は……地獄逝きじゃないんだね」

「ああ」

「竜胆様……。私と一緒に生きてくれるって……本当?」

「待っている」

「うん! 三途の川に、竜胆様に会いに行くよ!」


 すずの全身が光になると、他の魂と同じように天に昇っていく。

 鬼の竜胆は、彼女の魂を追いかけるように村から姿を消す。


 村に残されたのは、一握りの生存者のみ。

 誰も彼も、みな自分たちのことしか考えておらず、すずが苦しい境遇にいたことなど気付いていなかった。

 この結末は彼女への仕打ちに対する報いだろうと、残された者は悟った。

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