散り行く鬼灯と見送るふたり(過去)

 ちりん……。

 物悲しい風鈴の音色が響き、すずの意識がハッと覚醒した。

 気付けばすずは、あの懐かしい竜胆畑に立ち尽くしていた。


「ここは……三途の川……」


 上空には鬼灯が浮いており、ふわりふわりと川の向こうへと流されるように飛んでいく。

 前回、すずが幼少期の頃に訪れたときには、見られなかった光景だった。


 彼岸側に辿り着いた鬼灯は、パチパチと音を立てて花火の様に散っていく。

 その残光が、寂しそうに鬼灯を見送る、闇色の喪服の青鬼を照らした。


「竜胆様……」


 会いたかった懐かしい鬼の後姿へと駆け寄ろうと思ったすずだが、現世での行いに対して罰当たり者だと罵られでもしたらと思うと、足がすくんでしまう。


(どうしよう。竜胆様にまで失望されちゃったら……)


 迷うすずへと、彼がゆっくりと振り向く。


「すず……。大事ないか」


 死者を蘇生させる行為を責められると思っていたすずは、心配そうに問いかける青鬼の言葉を嬉しく感じてしまう。

 村長の息子に嫁がされてからと言うものの、誰かに心配されることは久しくなかったからだ。


「う、うん」

「随分と、変わってしまったな」


 すずの目の前に立った竜胆が、彼女の頭を優しく撫でる。

 子供と大人とで大きく差のあった彼らの身長は、今ではすずの身長が伸び、頭ふたつ分程度の差があるだけになった。

 散々夫に蔑まれてきた容姿のことを指摘された思ったすずは、咄嗟に俯いてしまう。


「髪と眼の色は、力を使ったときに変わっちゃって……」

「そうじゃない」

「え?」

「魂が疲弊している。すずを変えてしまったのは、俺か……」


 悔いるように呟いた竜胆がすずの額にこつんと角で触れる。

 距離の近さに、すずはドキッとした。


「り、竜胆様……?」

「俺が、すずに力を与えたからか……」

「やっぱり、黄泉還しの力を与えてくれたのは、竜胆様なんだね。ありがとう!」


 竜胆の言葉に、すずは幼かった頃のようなあどけない笑顔を見せる。

 すると彼は、僅かに目を細めて焦がれるようにすずを見つめた。


「……」


 今度は熱のこもった眼差しを至近距離から向けられ、彼女は気恥ずかしさでドキドキしながらも視線を彷徨わせて問いかけた。


「り、竜胆様?」

「何故礼を言う?」

「竜胆様の力で、父さんと母さんを生き還らせることが出来たからだよ」


 いまの境遇はどうあれ、その事実は変わらないからこそ、すずは竜胆に心からの感謝の気持ちを告げる。


「共に暮らせないと言うのに?」

「……うん」

「寂しくないか?」

「……寂しい、よ」


 風が吹き、ちりん……と涼やかな音が辺りに響く。


「でも、元気で幸せに暮らしてくれていれば……それでいいの」

「……」


 角を離した竜胆が彼女を見つめる。

 どこか罪悪感を滲ませた彼の瞳の右側は、金色に輝いていた。

 以前は両の眼とも、この場所で咲き誇る花と同じように鮮やかな蒼い色をしていたはずだ。

 すずが心配そうに竜胆の顔を覗き込み、問い掛ける。


「竜胆様も、その眼はどうしたの?」

「これは……」

「もしかして、私のせい? 私を現世に送り返したから……」

「すずが原因ではない。俺が望んだ行為だ。俺が、お前に健やかに生きていてほしかったからだが……」


 ちりんちりん……と音が鳴り響くと、竜胆はそこで言葉を切り、空を見上げた。


「……」


 口数少ない彼は何も言わないが、すずが現在どういった状況下で過ごしているのか知っているのだろう。

 黙ってしまった青鬼の視線をすずが辿ると、竜胆畑の上空に数多の鬼灯が風に揺られて舞う姿が見られた。


「竜胆様、どうして鬼灯が飛んでいるの? あれはなに?」

「人の魂だ」

「魂……」

「現世から運ばれた魂は、鬼灯に包まれて三途の川を渡る」


 三途の川の向こう側の上空へと辿り着いた鬼灯が、花火の散り際のようにぱちぱちと爆ぜて散っていく。


「そして彼岸の先で、これまでの生を振り返るために儚く散るんだ」

「綺麗だけど……切ないね……」

「ああ……」

「私も、本当はああなるはずだったの?」

「……そう、だな」

「私が生き返らせた人達も……本当は……」

「……」


 すずは竜胆の隣に立ち、彼の袖を握りながら、鬼灯が散っていく様子を眺める。

 いつかは自分も、そうなるのだろうかと思いながら……。


「帰りたく……ないな」

「……」


 現世ですずを待ち受けるのは悲惨な状況と言うのもある。

 しかしそれ以上に帰りたくない理由は、竜胆のそばにいるだけで心が穏やかになり、安らぐような気持ちがするからだった。


「竜胆様のそばにいると、なんだか落ち着くの」

「……ここに長居するのはよくない」

「うん……」


 否定されることは何となく分かっていたすずは、悲しみを感じながら握っていた竜胆の袖から手を放そうとすた。

 すると、彼はすずの肩に羽織を掛けて彼女を引き寄せる。


「だが……。ここに居る間くらいは、心を休めていくと良い」

「竜胆様、ありがとう……」


 辺りに鳴り響く涼やかな音色に誘われ、すずが竜胆の腕の中で微睡む。


「すず……」


 安堵を滲ませた彼女の右眼のまぶたにふれた竜胆は、物悲しく呟いた。


「俺の我儘で、辛い思いをさせて……すまない……」

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