リア充は爆発しろ!!

渡貫とゐち

呪詛


 若気の至りだったことは自覚している。

 当時の俺はぽっちゃりで、鏡を見たくないほどに不細工だった。

 ただし、それは生まれつきではなく、単純な俺自身の怠惰な結果なのだ。


 ろくに運動もせず、間食を増やしては家でゲームをしていた。

 当然、筋肉がつくわけもなく、ぜい肉が増えていくのは当たり前なのだ。

 髪型も、ファッションにもこだわらない。なんの努力もしていない。にもかかわらず、女の子にモテないことにグチグチと文句を言い、挙句の果てには努力の末に手にした幸せを持つ、整った顔をした、視線の先にいる男に嫉妬して、八つ当たりをして、傷つけて――――


 頑張った結果、手に入れたものだと分かっていたのに、俺は一度も向き合おうとしなかった。

 あいつと俺の違いはなんだ? そんなの、なにもかも、なのだ。


 目を伏せ、目を逸らし、そして俺が辿り着いたのは…………強い『呪い」だった。

 ネットに潜り、独学で調べたところ、俺はとある呪術を見つけたのだ……そう。


 リア充は爆発しろ! という呪いだ。


「幸せだと自覚した人間は体内の細胞が爆発していく呪い……って、なんだこれ、大したことないじゃないか」


 と、当時の俺は思った。しかし、なにもないよりはマシだと思い、ネットの情報、そして古本屋で見つけた古書の記述通りに、呪いをかけるため、儀式の準備を整えた。

 手軽にできる呪術だったので効力などあってないようなものだと軽く考えていたというのもある。結局は現実逃避であり、薬と思い込んで飲むラムネのようなものだ。

 実際に効力などなくとも、思い込みで気持ちが持ち上がればいいと思っていたから……『先』のことなど考えていなかったのだ。


「効果範囲? ……うぅん、まあ、市内でいいんじゃないか……?」


 指先に針を突き刺し、ぷくっと膨らんだ血液を垂らす。

 地面に描いた魔法陣(?)に落ちた血が触れると、じゅわっっ、と一瞬で消えた。やや光って見えたのは夕暮れのせいかもしれない。

 雰囲気にあてられて見た幻覚だったのかも、と今でも当時のことは夢心地のように感じている。勝手に脚色しているだけだろうと思って、気にしていなかったけれど……その認識が、後に大惨事を生むことになるのだが――当時の経験値0の俺になにが分かるでもなく、記述の通りに呪いの儀式を進めていた。


 そして、数分にも及ぶ(短っ)儀式を終え、俺の目的は達成された。

 ……そうなのだ、呪いをかけることが目的であり、実際に呪いの効果が出ることを考えてはいなかったのだ。

 その時の俺は達成感で満足し、呪いを確認することもなく、呪いをかけたことも忘れてしまい――――



 それから市内で謎の奇病が流行った。

 リア充たちが次々と苦しみ出したのだ。

 リア充、というのはリアルが充実している人たちのことを指すため、なにもカップルだけが対象になるわけではない。

 ゲームやアニメに逃げ込む必要がない、リアルが楽しくて仕方ない人間だったなら、アウトドアであれインドアであれ、リア充ということになる。

 つまりカップルでなく、俺みたいな陰キャも奇病に巻き込まれていたから、これが俺がかけた呪いの結果である、とは繋がらなかったのだ。

 考えもしなかった。

 だって、すっかりと俺は忘れていたから――。


 呪いをかけてから半年後のことなど、原因と結果が簡単に繋がるわけもない。


 仕方なかったのだ……。



 さらに、呪いをかけてから二年後。

 俺は成長期に入り、周りの影響もあって運動を始め、次第に筋肉もつき始めた。

 ぽっちゃりしていた体格もしゅっとし始め、まあまあスリムになってきた。髪型も少しいじって、身なりはだいぶマシになっただろう。

 昔は嫌だった鏡も、今では毎日のように見ている。一応、おかしなところがないかの確認のためだが、それができるようになったのは大きな進歩だ。


 小言が多かった親も、成長した俺のことを近所の人に自慢するようになって……。恥ずかしいけど、素直に言えば嬉しかった。

 こんな俺でも誰かを喜ばせることができるんだなと思えたのだ。


 ――恋人ができた。

 彼女は別の学校の子で、毎朝、趣味でやっているランニングで度々顔を合わせるようになってからよく話すようになり、たまに遊びにいって、距離を詰めていった。

 アウトドアもインドアもいける彼女とは気が合う以上に相性が良かったのだ。

 気が早いけど、将来は結婚をすることも視野に入れている。

 入れているだけで、具体的なことはなにも考えていない。勝手に俺がそう考えているだけで……それだけ、彼女のことが大好きなのだ。


 外から見れば、きっと俺は幸せそうに映るだろう。


 まさに、俺が嫉妬していたリア充に、俺はなっていたのだから――――



 深夜、苦しくて眠れなかった俺は親に頼んで救急車を呼んでもらった。

 診断した結果、体内の細胞が爆発していたらしく、それが体調不良の原因だったらしい。

 破損よりも修復の方が早いので命に別状はないものの、痛みと不調だけは続くという、過去に流行った奇病と同じものらしい。

 ……現在も収束しているとは言えず、まだまだ多くの患者がいるようなのだ。

 医者は言った。


「病名はハッキリしませんねえ……医学ではどうしようもない、という結論が出かかっています」

「はあ……」

「医者がこう言ってしまうと反感を買うでしょうが……呪いですね」


 ……呪い。


 そして俺は思い出したのだ……リア充は爆発しろ。

 そう言えば、そんな呪詛を――呪いの儀式をおこなったことがあったような……? と。


 過去の俺がやった八つ当たりが、未来の俺を苦しめている。当時の俺は、まさかこの俺がリア充の仲間入りをするとは露ほども思っていなかったのだから、後先のことを考えていなかった。

 過去の自分の呪いが、今の自分に降りかかってくるなんて…………。


「こりゃあ、自業自得かな……」

「いえ、呪いですよ。では一応、お薬を出しておきますか? なにを出せばいいのか分かりませんが……」

「なら、ラムネでいいですよ。あとはこっちで思い込んで飲んでみます。プラシーボ効果が、呪いに効果があるのか分かりませんが……。まあ、やってみなければなにも分かりませんから」


 ……リア充は爆発しろ、か。


 その言葉を吐くなら、未来の自分の姿も、解像度高く想像しなければいけないみたいだ。




 …了

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