雪が雫になるように、心が水に溶けるように
織隼人
冬の朝に
冬のあの日、日の暖かさが積もった雪を溶かしそれが雫になってぽたぽたと落ちる。
そんな小さな田舎のバス停の中で、僕は君に出会った。
その日までは、いつものバス停は静かで誰もいない朝が常だった。
だから、君がそこにいたことに驚いてしまう程、それは意外な出来事だった。
僕の存在に気付いた君は、少しだけ驚いた表情を見せたけど、すぐに笑顔を作って僕に会釈をしてきた。
君は美しかった。
長い黒髪に雪の溶けた水の反射が眩しく写るようだ。
目は大きめで端が切れ長であり意志の強さを感じさせる。
でも全体で見れば柔らかな優しさに溢れる雰囲気を醸し出している。
鼻は高く、口元は薄く、その唇の端にほくろが見えた。
体は細く、灰色のセーラー服に身を包み、その上に紺色のコートを羽織り、赤いマフラーを巻いていた。
ふくらはぎあたりは素足で、防御が強い上半身に比べ弱い防御力だった。
僕が通う高校の制服だが転校生だろうか。初めて見る顔だ。
だが、そんなことよりも、ああと僕は思った。
僕は初めてこのバスで良かった、と。
それから、君と毎朝バスに乗ることになった。
田舎のバスに人はほとんどいない。だいたいいつも僕と君だけだった。
僕は君を見るだけで心が温かくなるのを感じた。
でも、それは決して恋ではない。
僕は君を愛してはいなかったし、愛そうとは欠片も思わなかった。
それでも、君を見て心を温めるのは確かに事実だった。
その頃、僕は人に心を開くようなやつじゃなかった。
誰とも深く関わりたくない、関わっちゃいけないんだと思った。
だから、その頃の僕は、自分の殻に閉じこもっていた。
他人が嫌いで、自分さえ信じられなかった。
でも、そんな僕にとって君はある意味で救いだったのかもしれない。
君との朝の時間だけが、僕の心を温めてくれていたのだから。
バスに乗り降りするたび、その世界は広がりを見せてくれた。
少しずつ少しずつ、君の存在が僕の中に染み渡っていった。
それでも僕は頑なだったんだと思う。
本当は自分の心の開け方を探していたんだろうけど、そんな自分の思いにさえ気づかずにいた。
バス停で、バスの中で僕は君に気づかれないように、君を見ていた。
君はそんな僕の気持ちに気づいてかどうか、いつも本を読んでいた。
スマホじゃなくて本だ。そんな高校生は初めて見た。
どんな本を読んでいるかは分からなかった。
だけど、本を読んでいる君はどこか大人っぽくて、僕はそんな君に見惚れていた。
ある日、君はバス停の前で転んだ。それも盛大に。僕の目の前で。
制服は当然スカートで、その格好で盛大に転べば普段見えないものが見えた。
つまり、白い布だ。
僕はいろいろ驚きながらも咄嗟に君に近づき、手を差し伸べた。
その時、君の手から本が滑り落ちた。
僕が慌ててそれを拾って渡したんだけど、その時に、
「ありがとう」
と君が言った。
それから、僕は君と言葉を交わすようになった。
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