なろう小説なんてクソ食らえ

1-1

 俺の人生は運命という海の上に漂うマンボウだ。


 何十年もある人生。人生に起こる大半の事象は上手く行かない。

 それは、俺の若い十七年の人生が何よりを証明している。


 それでも、この世界にはというものがあって――上手く行く人間はとことん上手く行って、ダメな人間はどこまでも堕ちる。その中も俺はダメな部類だ。

 この差はきっと性格とか――人間としてのが起因していると思う。

 俺の場合は……過度に期待する性格故だろう。

 

 それを人は妄想癖と言う。


 単純な失敗は目を瞑るとしても、俺は妄想の果てに期待を持つことで、何事も失敗と感じてしまうのだ。

 だが、今回ばかりは妄想で片づけられる事案では無い。ふて寝を強いられる程だ。

「……うっわ……」

 その有様に当の本人も言葉を失う。

 せめて後悔の矛先を向けるとしたら、それはきっと俺の運。運命にだろう。

「……全部消えちゃった……」

 幸福の裏には不幸が潜んでいて、だいたいその不幸の方が往々にして残酷だ。

 目の前のディスプレイに映るは、タイトル以外消えた真っ白の更地。『やって後悔した方が辛い』なんて俺の生き様を綴った小説は、応募期限二日前に消えた。

 今回、俺に降りかかった幸福は――きっと目に見えるものじゃなかったのだろう。 

 タイトル以外何も残らなかった俺の心は、ぽっかりと開いてしまったようで――残った喪失感は、もう当分は埋まる気配が無かった。


 それは授業すらも手が付かないほどで。

 せっせと板書を取るこの状況に、俺は腕を組んでボーっと座っていた。

「なぁ? 落ち込んでる?」

 隣から囁く友達。

「……昨日応募する予定の小説間違って消しちゃったんだよね」

「っなわけ」

 その言葉から漏れる吐息には、微かに含み笑いが混じっていて――。

 俺だってまだ現実で起こったことだって信じたくないってかまだ信じてないよ!

「……あらすじと本編別で送れってやつでさ、イジってたら全部消えたんスよ」

 別に将来入賞するかも分からない小説をここまで執着するのは自分でもおかしいと思うときがある。だからと言って瞬時に切り替えれる訳でも無いし――。


 モヤモヤした気持ちは一層鬱々とさせる。

 何となく見る黒板に書かれた日付。一週間、そうか今日で一週間。

 今思えばコイツが来てから調子が狂った。コイツが俺の運を吸い取っていてもなんらおかしくない。むしろコイツに神経すり減らしてたせいで――。


 俺の視線は宙を舞う。


 こいつが日常化しているこの事態を悍ましいことだ。

 コイツは何者でなぜ俺の前に現れたのか――ぶっきらぼうなその顔が歪むぐらい問い詰めてやりたい。


 それは空中を浮いている。いや、泳いでいるのだろうか。

 ユニークな形状と、ゆっくりした泳ぎ。円盤のような形は……やはりマンボウだ。 


 いつからか俺の目の前には空を泳ぐマンボウが現れた。特に喋る訳でも、魔法の力を与える訳でも無く――ただ空に浮いている。

 なぜ急に俺の日常に溶け込んで来たのか、当てがないのが一番怖い所だ。

田野たの~ご飯食いに行こうぜ~」

 隣から聞こえるその声は、依然宙に浮いたその違和感に声を上げない。


 ――その姿は俺以外誰にも見えていないらしい。

  

 向かいで座る学食、俺はカレーを食べながらもそのことに頭を悩ませていた。

 そしてその疑問は、脳内に収まらず、向かいに座る友達にまで投げかける。

「なぁ、マンボウの対処方法とか分かる?」

「……マンボウかぁ。ストレスに弱いとか聞いたことあるけどー……」

「……窮屈な奴なんだな。広い海でストレスなんて感じるか?」

 匂う俺のセリフに向かいの友達は俺に向かって箸を突きつける。

「マンボウにまで文句言うなんてお前も対外だぞ? 死ねよ」

「そんなに!?」

 激しめのボケとツッコミ、友達は薄笑いを浮かべる。これが俺の日常だ。何がどう間違っても俺の周りをマンボウ泳ぐなんてあるはずない。

 改めて宙を漂うマンボウを眺めるが、やはり俺の前に現れる理由が分からない。

 幻覚? 薬も葉っぱも当てはないぞ? やっぱ……なんで付いて来てんだろな。


 *


 放課後の昼とも夕方とも取れない時間。

 磯のような独特の匂いがする川を渡って駅に着く。


 ガヤガヤとした喧騒に包まれた駅前。そこから続くのは歓楽街。霞がたなびくような薄暗い裏路地を抜け、俺は壁にもたれかかる黒ずくめの男の前に立つ。

「ファンタジーは好きかい?」

「……物によるな。なろう系とか主人公の器が足りない話は嫌いだ」

 思想を押し付ける話は好きだが、一辺倒な妄想を押し付ける話は受け付けてない。

 小説を書くようになって中の人間を容易く想像できるようになってしまってからはさらになろう嫌いが酷くなった。

「いくら嫌いだからって客相手にそんなことを言うなよ?」

 胸に押し付けられる茶色の紙袋。それもちょうど本一冊入りそうな――。

「分かってるよ。これは?」

「欲望の塊。草戸大橋くさどおおはしに客がいるはずだ」

「……分かった」

 

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