第1話 切札学園都市
ここは切札学園都市。
ルドゥス皇国・遊戯州の特別自治区。
リアライズがすべてを決める、好きなことだけしていられる夢のような学園――
「
6月初旬に中等部の卒業式を迎え、8月下旬に高等部の始業式をひかえた夏休み中盤、シンエは空き教室で中等部主任教諭の
「初等部の高学年から1年の中間テストまではわるくない成績を残していたのに……なにか理由があるのかな、
おーい、きいてる? 対して筆記試験は満点に近い。中等部の前期は赤点もあったのに。実技を放棄したかわりに力をいれたんだろうが、将来を考えるとあまりいい印象にはならないね。勉強がしたいなら外の学校でもいい。せっかく切札学園にいるのに、リアライズの実力を示さなければなんのためにいるのかわからない。アド損だろう? おーい、ちょっと……あ、
ちっ、バレたか。
「筆記だけじゃ大学部への進学もあやしいぞ」
「PvPを棄てても単位は足ります、筆記成績を維持すれば」
「就職先は減るぞ。プロになるのもきびしい」
「そんなものになろうとは思わない」
「おいおい、切学生の最大の目標はプロになることだろう?」
「無数の屍を無自覚にふみつけて、か」
「は?」
シンエは席から立ちあがる。
「失礼します」
「あ、こら、意味深なこといって立ち去るな。まだ話は終わってな」
空き教室をあとにし、中等部校舎から出る。夏の暑さと湿気に襲われるが、曇り空が日光をさえぎってくれているので、今日はまだ外を歩くのが苦にはならない。
とはいえ前髪の覆いかぶさるひたいには汗がにじむ。純白と漆黒に分かれた髪をちょちょいと軽くはらう。
「直接攻撃!」
「のぅわあああ」
「これでおまえの
グラウンドからカードバトルの声がきこえる。ちょうど決着がついたらしい。互いのプレイヤーが展開していた
「“
「ちくしょおおお」
シンエは高等部学生寮まで歩きながら空を見あげる。黒い左眼と紅い右眼を細める。ちらほらと曇の隙間から薄い青色がのぞいている。
ここは切札学園都市。
リアライズがすべてを決める、好きなことだけしていられる夢のような学園――
そう、思っていた。
大画面の
「この後、女皇カルティア様が圧倒的な勝利をおさめることは皆様もよくご存知でしょう。これから約半世紀、今やリアライズは世界の中核となり――」
カルティア紀元48年。息苦しい残暑が立ちのぼる8月下旬。
ルドゥス皇国に属する、大陸から離れた島国・遊戯州の特別自治区・切札学園都市では始業式がおこなわれていた。
高等部
「この切札学園はプロプレイヤーの養成に特化しています。しかし高等部では
威厳がありながら、見ているだけで尊敬の念をいだいてしまうような、凛とした声音が言葉をつむぐ。高等部に進学した生徒たちが、彼女の言葉と美声に耳をかたむけている。
だがシンエはまったく話をきかず、さきほどのカルティアの映像すら観ていなかった。もう何度も観させられているのだ。いいかげんうんざりしている。
ではなにをしているのかといったら、先輩から試運転を頼まれた自作ゲームのプロトタイプを、まわりにバレないよう
「あらためまして、皆様の高等部進学、ご入学を歓迎いたします」
「高等部1年4組の担任になりました〜、近藤ノゾミです〜。よろしく〜」
教壇の前でぼさぼさ頭の女性がいった。
シンエは窓ぎわのいちばんうしろの席でRPGのストーリーを進める。もうすぐプロトタイプ版のラスボス戦だった。
「は〜い、ではまず自己紹介を」
シュンバンッ、と破裂するようなするどい音が耳をつんざく。びくりと心臓がはねる。ボス戦前でよかった、と思いながら現実空間に目を移す。
ドアが勢いよくひらかれた音だった。教室中の視線がそちらをむいた。
ゾンビのような歩きかたで、空色の髪をめちゃくちゃに乱した女子生徒があらわれた。制服も荒れ放題である。ほんとうに死ぬんじゃないかと思うほど息切れもしている。
近藤先生も目をまるくする。
「あの〜だいじょうぶですか〜?」
「……ぃぶ……す……」
なにかをいおうとしているが、はげしい息切れが言葉のかたちを亡き者にする。
彼女はひざをつき、四つんばいになった。どうやら体力の回復に全身全霊を費やすことにしたらしい。的確な判断だ。
しばし珍妙な沈黙が流れ、ばっと顔をあげるように彼女が立ちあがった。
「寝坊しました!」
いさぎのよい宣言だった。
「楽しみすぎてなかなか寝つけなくて、1回寝たら起きられなくて、昨日ここまできた疲れのせいかアラームも全っ然気づかなくて」
「事情はよ〜くわかりました〜」
近藤先生も苦笑をこぼす。
「ところであなたは、もしかして」
「あ、はい!
「高等部から転入する外部生さんですね〜」
「はい!」
「元気がよいですね〜。今から自己紹介をするところだったので、このままトップバッターおねがいできますか〜?」
そこではじめて気がついたように、ユウラと名乗った外部生は教室を見まわした。当然のごとくすべての目が集まっていた。
「あ、ごめんなさい! 自己紹介止めちゃって」
ふかぶかと頭をさげ、ただでさえ乱れていた髪の毛がますますはちゃめちゃになる。
「では僭越ながら、わたくしがトップバッターいかせてもらいます!」
髪の毛と制服を荒れ放題にしたまま笑顔を輝かせた。
「転入生の明楽ユウラです!
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