第二楽章 真の後編そして受験はクライマックスへ

ここは聖帝学園エントランスホール

たった今、筆記テストの合格発表が終わったところだ。

『うゎあぁあぁぁあぁぁぁ‼️ 終わった……。

初見演奏もあるとか聞いてねぇーよぉぉぉ……。』

僕の目の前で見事に泣き崩れるのは、さっき知り合ったばかりの共鳴くんだ。

どうやら初見演奏が受験テストに含まれている事を知らなかったらしい。

『と、共鳴くん……。 もしかして、あまり練習してなかったとかじゃ……。』

『うるせーなぁ そのまさかだよ‼️』

『えぇ……。

だけど、本番まであと……。五分しかないですよ?』

『ご、5……ふん?

ど゛お゛し゛て゛だ゛よ゛お゛ぉ゛お゛お゛お゛ぉ゛!!』

再び泣き崩れる共鳴くん、その姿さながら悲劇のヒロイン。





アナウンス【初見演奏テストを受ける受験者の方は、

教員の指示に従ってグループごとに3階教室へおいで下さい】


『オイ! どーすんだよォッッッ メガネぇ!!!!』

『どうしろって、僕に聞かれても.....』


教官『うるせえぞそこのお前らぁッッッ さっさと並べやぁ‼️』

『は、ハイィ……‼️ すんませ〜ん……。』

今にも泣き叫ばんばかりの目をした共鳴くんは、教官の罵声にサッと顔を青くし、まるで仔犬のように大人しく教官の後ろに並んだ。


共鳴くん……。

心配だけど、今は他人のこと気にしてる余裕は無いんだ、

どうか、ご健闘を……。


教官『おい、お前もだぞ! さっさと着いて来んか!』

……。僕も同じグループだったらしい

『申し訳ありません!』






【聖帝学園 3階 個人用教室】

不自然なくらいに真っ白な壁に、天井、そして床。

空間のど真ん中には、艶々の大きなグランドピアノ。

この部屋にはそれ以外は何も無い 。この空間の異様さは、『秩序』の言葉が世界でいちばん良く似合う気がした。




僕たち受験者は、部屋内のドア付近で一列に立って、自分の順番を待っていた。

テストは、1人ずつピアノに座って 見せられた楽譜を30秒ほど見た後に、教官の隣で演奏する。

基本、初見演奏はテストする側が 作った専用の曲を渡されるけど、

どうやら今年からシステムは代わり、オリジナルではなく『既存の曲』を見せられ、それを弾かないと行けないらしい。




たった今、大人しそうな黒髪の女子の、トップバッターの演奏が終わったばっかりだ。

緊張してそうだったけど、ほれ惚れするようないい演奏だったな!

曲はショパンの『子犬のワルツ』だった。

黙って演奏を聞いていた教官が、初めて口を開く、

なんて言うんだろう?



教官『……。うん、全然駄目だね。へっったクソ! 何しにここに来たの?

もういいよ、……。さっさと帰って?』



……。 …………。

ここに来るまでに、 覚悟はできてた。出来てた……。 はずだけど……。



やっぱり……。 実際に目の当たりにすると……心苦しいな。


さっきの女子は、何も言わない。ただじっと俯いていた。


はっきりとは分からないが、その両眼には、心無しか涙が滲んでいるようにも見える。


教官『次の方、早く来て下さい。』



そのまま何も言わずに、その女子は静かに退室して行った。 すれ違った瞬間、顔を見られた。

何か声を掛けようとしたかった。 それでも、どんな言葉も喉でつかえて引っ掛かり出てこない

ーーーーーーーーーーーーーーーー。僕は咄嗟に目を背けた。 背けてしまった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―その後、どれくらい時間がかかっただろうか。

100時間だと言われても納得するだろうし、15分しか経ってない、と言われても納得するだろう。

とにかく、ここにいる全員が、既にまともな時間感覚を失っていた。


トップバッターの後、もう何人も初見を受けているけど……。

あの教官は決して首を縦に降らなかった。

僕みたいに順番が後の人達は、プレッシャーと緊張で段々と心をすり減らしつつある。




『 947番、……。早く来てください?』




遂に……。来たか。






黒く輝くグランドピアノ。きっと僕が、僕たちが今日ほどにこの楽器に怯えた日はないだろう。

規則正しく並ぶこの黒と白の鍵盤たちは、既に何人もの受験者達の夢を刈りとり、希望を砕いて来た。



失敗が恐ろしい。

自分の演奏を否定されるのが怖くて恐くて堪らない。 もう心臓が悲鳴をあげている。

今でもこの部屋から逃げ出したい。


それに、それに、

それから……。


長椅子にそっと腰掛ける。


それでも……、! やるしか無いんだ……。!!



教官は静かに真新しい楽譜を見せる。

タイトルは……。 【4分33秒】







(おっ、次はメガネの番かぁー……。 あいつ、何弾くんだろーな?)

オレたちはたった今、初見演奏テストの順番待ち中だ。 最初は緊張でガッチガチだったオレだが、このバカみたいに長い順番を待っているうちに……。 段々と頭が冷えてきた。

もはや、1周回って冷静になりつつある。

今や他の受験者たちの様子を細かく観察できるくらいにには、心に余裕が出来ていた。


オレは無駄に視力だけは良く、他の受験者の楽譜がこの距離でもはっきり見えた。






さて、メガネの奴はどんな曲を……。 ん? 待てよ、 えぇ?

オレの気の所為だろうか?

あいつの楽譜……。 『4分33秒』 タイトルは見える、けど……

タイトルしか、見えない。

この楽譜にはタイトルしか書いてない。

音符が……。 無いだと?






はぁ? 嘘だろオイ、教官の野郎……! 嫌がらせかぁ??





メガネは、一言も発さない。

ただ……。ひたすらに長椅子に座ったままだ。







「沈黙」ただそれだけが流れる。






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ひたすら静寂。












――――――――――――――――――――









『はい、……。 947番、

ありがとうございました。』






何だ……。 今のは、

『 演奏』が……。終わったらしい。 何が起こったか、オレには良くわからんかったが…

でも、何よりも……メガネのオーラがえげつなかった。

あいつ……。瞬き一回もしてなかった。

目付きが--集中っていうレベルじゃなくて、もう殺気すら滲み出てた。





もしかして、

あの教官がオレらに1番求めてたのって……。




『 』なのかもしれない。



なんか……。 気づけたかも!!!!







僕の順番は終わって、遠くからは

水色の髪の女子が演奏する、ショパンの『幻想即興曲』が聞こえる。



これで……。 本当に終わりだ。




教授、…………。

僕は……。 逃げ出さなかった。

「解答」を僕は出せたはず。

だから、きっと…………。










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