第7話 筋肉、魔法とめぐり逢うっ!

 エイドリアン――エリィという唯一無二の友人得たあの日から、4年の月日が流れた。

 友人を得たことにより、必然的に会話するようになった私の言語能力は、飛躍的に向上することになる。

 長い時間をかけ、毎日毎日エリィと会話を続けた結果、私は他者とそん色がないほどにまで喋れるようになったのだ。


 言語を覚えるには実践が1番。

 そんなのは当たり前のことである。


 かくて、私はエリィのおかげで、自身が抱え込んでいたコンプレックスを完全に払しょくすることができたのだった。

 まだうまく喋れなったころに友人となってくれたエリィには、本当に頭が下がる思いである。

 エリィのほうも私と友人になることで孤独から解放され、また私の筋肉が畏れ多く近づきがたかったせいか、ジョヴィくんらいじめっ子たちも近づかなくなったらしい。


 なんとも素晴らしい結果ではないか。

 これこそ正しいWin-Winの関係というものであろう。

 私が教会近くの町外れでトレーニングをし、教会での勤めを終えたエリィがお喋りをしに会いにくる。

 そんな関係がもう4年も続いていた。


「……ねぇマッスルくん」


「二千七百三十はーち……ん? どうしたんだねエリィ。そんな思いつめたような顔をして?」


 84975セット目のハンドスタンド・プッシュアップをしていた時、いつもならトレーニングが終わるまで見守り続けているエリィが遠慮がちに話しかけてきた。


「えっと、その……ま、マッスルくんとわたしって、同じ9歳じゃない?」


「二千七百三十きゅー……うむ」


「だ、だから来年は10歳になるから、その……学園(・・)に入れる歳になるでしょ? そ、それでマッスルくんは学園へいくのかなー……って」


「二千七百よんじゅー……そうだな。そういえば親父殿も母殿も『学園へ行きなさい』とおっしゃっていたな」


「あっ、そうなんだ! じゃあじゃあ、マッスルくんも学園へ行くの?」


「二千七百四十いーち……『マッスルくん“も”』ということは……エリィ、君も学園へ?」


「うん! 神父さまが『学費は出すから学園へ行きなさい』っておっしゃってくれたの!」


「二千七百四十にー……ほう。それはよかった。では来年になれば私と一緒に学園へ通えるわけだな」


「そうなんだよ。一緒に学園に通えるの。ふう、よかったー……。マッスルくんと一緒でわたし安心したよー」


「それはよかった。私もエリィと一緒なら心強い」


「ほんと? ほんとにそう思ってる?」


「もちろんだとも」


「へへへー、ならよかった。あっ、そうそ、マッスルくんは何科へいくの?」


「ん? 『何科』? それはなんだね?」


「んっとね、学園には色々な科があって、それぞれで学べるものが変わってくるんだよ。わたしは神聖術科へ入って回復魔法の勉強をするつもりなの」


「回復……魔法だと?」


 私はトレーニングを途中で打ち切り、エリィへと顔を向けた。


「う、うん。回復魔法……だよ。神父さまに教わってたから少しだけ使えるの。ほら見て、」


 そう言うとエリィの両手は淡い光を発しはじめ、その両手を私へ――主に上腕二頭筋の辺りへと向ける。


「この光が回復魔法。これをね、こうすると……ほら、少しは疲れがとれたでしょ?」


「これが……魔法の力……」


 私は驚き、息を飲む。

 なぜなら先ほどまで痛めつけられ悲鳴を上げていた筋繊維たちが癒され、回復されていたからだ。


「素晴らしい……素晴らしいぞこれはっ!」


 私は知らず知らずのうちに感嘆の声をあげていた。

 筋肉を増加させるためには、筋肉の破壊と修復。これを繰り返さなければならない。


 筋肉の限界値を超えたトレーニングを行うことにより、筋肉は一度破壊されるが、休息時間を挟むことによって少しづつ修復されていくのだ。

 そして修復された筋肉は以前の筋肉よりも強く、太くなる。


 これを『超回復』といい、その超回復を何度も何度も繰り返すことによってボディビルダーは成長していくのだ。

 筋肉に負荷を与えて破壊し、休息時間を設けて回復させる。


 これが一般的なのだが……いまエリィが行った回復魔法を用いれば、休息時間の大幅な短縮ができるのではないだろうか?

 もしそうなのだとしたら、これはボディビル界にとって革命ともいえるだろう。


 筋肉を愛する者のひとりとして、驚かずに、そして感動せずにはいられない。

 そんなのは当たり前のことである。


「なんて……素晴らしい力なんだ」


「へへー、そんなことないよ。神父さまのほうがもっとすごいもん。だからわたしはもっと上手になりたいの。だから学園でいっぱい勉強したいの。そして傷ついてる人を助けるの! いっぱいいっぱい助けたいの!」


「うむ。なんとも素晴らしい心意気だなエリィ。私は友人として君を誇らしく思うぞ」


「あ、ありがとう。んと……マッスルくんは何科に入るのかな? 鍛えてるからやっぱり戦士科? それともマッスルくんのお母さまもお父さまも魔力を持っているから、とーぜんマッスルくんも魔力あるよね? それだったらちょー厳しいっていう魔法戦士科かな?」


「そんなにたくさんの学科があるのか?」


「うん。そうだけど……マッスルくんは知らないの?」


「あいにくと私はあまり学園に興味を持っていなくてな。学園について説明していた母殿の話も、よく聞いていなかったのだ」


「こらー。お母さまの話はちゃんと聞かないとダメでしょ。いいわ、わたしがかわりに話してあげるから、よく聞くんだぞ」


「うむ」


「じゃあまずは学校の成り立ちからはじめるね。そもそも学校とは――――……」


 エリィが少しだけお姉さんぶると、丁寧に『学園』とやらの説明をしてくれた。

 それによると、そもそも学園という施設(機関?)ができたのは、10年前の大戦で国の人口と共に多くの人材を失ってしまった王国が早急に優秀な人材を育て、補てんするためにできた施設であるらしい。

 しかもそれを国王に提唱したのが母殿だというのだから驚きだ。


 学園は10歳になると入学することができ、そこで5年間さまざまなことを学ぶのだという。

 文字の読み書きからはじまり、算術に近隣国の言葉、国の歴史などなど。

 とりわけ学校では大戦で失った兵力の補充に力を入れていて、戦闘職を学べる科がいくつもあるらしい。


 近接戦闘を得意とする戦士科を筆頭に、遠距離からの狙撃を得意とする弓兵科。敵情を偵察する偵察兵科など多岐にわたる。

 潜在的な資質が必須とされる魔力を持つ者にはより多くの選択肢があり、エリィが希望している神聖魔術科のような負傷者を回復させる魔法を教える科もあれば、攻撃魔術をメインに教える黒魔術科。魔法と武器の扱いかた両方を教えるエリートしか入れない魔法戦士科などがあるらしい。


 学園ができる以前は個人で師を招かなければいけなかったらしく、そんなことができるのは貴族や商人、裕福な地主ぐらいしかいなかったそうだ。

 であるからして、現在のように誰でも入学できる状況というのはとても素晴らしいことだ、とエリィは説明を締めくくった。


「……なるほどな。学園に多くの科が存在し、そのなかからひとつを選ばなくてはならないというわけか」


「うん。そうなんだよ。それで……マッスルくんは何科にいくの?」


 エリィが私を見上げ、そう訊いてくる。

 私はその蒼く澄んだ瞳を正面から受け止めつつ、考えを巡らした。


 さて、どうしたものか?

 転生してからというもの、主に筋肉のことしか考えていなかったら、まさか進路に迷うことになるとは思いもしなかった。


 より筋肉を育てるためには戦士科とやらへ進むべきだろうか?

 それとも私は魔力を持っているらしいから他の道を模索するべきか?

 そういえば親父殿は「俺と同じ魔法戦士になれよ」とか言っていたような気がするから、勇者シドの息子としては魔法戦士科へと入るのが既定路線なのだろうか?


 くっ……。ボディビルダー科があれば迷わず入るのに。

 いったい全体、どうしたものか。

 私は目を閉じ心を整え、自分のなかにいる小さな私リトルマッスルに問いかけた。


『おい私の筋肉。魔法戦士科に進むのかい、進まないのかい、どっちなんだい?』


 その問いかけに小さな私リトルマッスルは答え、私はその答えをそのままエリィへと告げる。


「……エリィ、決めたぞ。私も神聖魔術科へ入ろう」


 私の答えが予想外だったのか、エリィは大きく見開かれた目で私を見返すのだった。

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