第1話


 今日、ぼくの元に不思議な封筒が届いた。

 それは、学校の机の引き出しに突っ込まれていた。見たことも触ったこともない、古びた紙みたいな変な質感の封筒だったから、どうにも気になって、ポイっと捨てられなかった。ついつい、じっくり観察してしまった。

 差出人は不明。だけど、それを見つめるぼくのことを、タイチがニヤって悪いことを考えてる時みたいな目で見たから、ぼくはそれをタイチが入れたのだと思った。

 さっそく中を確認しようと思って、べっとりとくっついている変なシールに触れてみる。

 その瞬間、なんだかイヤな感じがしたから、ぼくはそれを引き出しに戻した。

 うまく言えないんだけど、今開けちゃいけないような気がしたんだ。

 タイチの方をもう一度見てみる。なんだか、表情がこわばって見える。それはだんだんといつも通りに戻っていくから、たぶんちょっと前まで焦っていたりしたんだろうな、と、ぼくは思う。

 どうして焦っていたんだろう。

 ああ、そうか。

 この封筒を、ここで開けると思って焦ったのか。

 もしもぼくが天邪鬼なヤツだったら、今、タイチに見せびらかすように開けるだろう。

 でも、ぼくはそういう〝人がやってほしくなさそうにしていること〟をするのが好きじゃない。だから、時が来るまで、開けるのを我慢する。

 とはいっても、気にはなる。

 いったい、中に何が入っているっていうんだろう。


 何度休み時間が来ても、タイチに何か言われるでもなかった。ぼくもぼくとて、タイチに何か言うでもなかった。

 封筒のことなんてなかったみたいな時間が過ぎて、そのままその日の授業は全部終わった。

 引き出しから持って帰るものを出して、ランドセルに突っ込んでいく。例の封筒も、もれなく。

「またなー」

 って声が、あちらこちらから聞こえてくる。ぼくは、タイチに「一緒に帰ろうぜ」って早く言いたくて、荷物でいっぱいになったランドセルのクルッてするやつを閉じようと、必死に力を込めた。

 タイチは、ぼくの家の向かいにあるアパートに住んでる。だから、何も用がなければ、一緒に帰る。今日はクラブ活動の日でも、委員会活動の日でもないから、一緒に帰れるはずなんだ。

 帰り道なら、これが何か聞いてもいいだろう。いや、それとも、何も聞かずに、家に着いてからこっそり開けた方がいいのかなぁ。

 ようやく準備が整った。いざ、タイチのところへ、と思っていたら、まさか!

 気づいたら、タイチは一人で先に帰っていた。

「ケンカでもしたの?」

 って、同じスイミングスクールに通ってるユウトに問われて、

「え? いや、そのつもりは、ないんだけど……」

 ぼくは不思議にとらわれながら、モゴモゴと言葉を返す。


 家に着くと、いつもランドセルを放り投げる。だけど今日は、投げなかった。靴を脱ぐ間も惜しんで、ドンって置いて、パカって開けて、すぐに封筒を取り出した。

 手を洗うより、おやつを食べるより、宿題をやるより先に、封筒の中を見たかった。

 タイチにヘンテコな行動を取らせた謎の封筒の中を見ずにはいられなかった。

「……は?」

 封筒の中には、透明な板が一枚入っているだけだった。

 引っ張り出して、よく見てみる。電気の方に向けて光を当ててみたり、逆に暗いところがいいのかなって、服の中に突っ込んでみたり。

 あれこれやってみたけれど、何か変化が起こるでもない。

 本当に、ただの透明な板。

「わけわかんない。なんだよ。この透明な板が謎か何かで、それを解き明かせ、みたいなゲームか何か?」

 幸い、と言ったらいいのやら、靴を履いたまんま。タイチは先に帰ったんだから、家にいるはず。謎があって、それが解けないのなら――聞きに行った方が早い。

「ったく。なんなんだよ」

 ボソッと呟き、玄関ドアに手をかける。ぐぃーっと押すと、外の光が隙間から差し込んできた。

 まだ、夜は遠い。

「こんな板、どうすればいいんだよ、って……ええっ!」

 驚いた。突然、板に文字が浮かび上がり始めたから驚いた。

 光のせい? でも、電気の影響は受けなかったけど? じゃあ、太陽のせい?

 もう、わかんないことばっかり!

 とはいえ、これを読めば何かがわかるはずだ。

 ぼくは開けたドアを閉めて、やっぱり靴を履いたまま、腰を下ろしてそれを読んだ。

「招待状、ねぇ」

 それには、招待状と書いてあった。

 なんでも、これさえあれば、ワクワクドキドキの子ども専用ホテルにタダで行けるらしい。

 なんだか、嫌な感じがする。

 嫌、というのは違うかなぁ。

 なんだか、いけない感じがする。

 悪いことに巻き込まれるみたいな、そういう感じがする。

 ぼくは普段、どこかに招待されるようなことはほとんどない。誕生日会とかに稀に招いてもらえることはある。だけど、せいぜいその程度なんだ。

 わざわざ文章で招待されるでもない、口約束で集まるようなことしかない。

 お父さんやお母さんは、時々そういうのをもらってる。関わりがある人からだったり、福引きで当てたりして。

 目録って書かれた封筒の中に、ナントカカントカご招待券、みたいな紙が入ってて、それを「すごいでしょー」って見せびらかされた記憶がよみがえる。

 なんとなく「すごいねー」って返した気がする。興味が膨らまなかったから、チラリとしかそれを見なかった。

 つまるところ、今手にしているこの不思議な板が、ぼくが全ての文字をちゃんと読むはじめての招待状ってことらしい。

「ますます怪しい……」

 お願い、という部分に、「大人には絶対にこのことを言わないように」とか、「十時までに寝るように」って書いてあった。

 なんだそりゃ。

 まるで、寝ている間に誘拐しますので心の準備をしておいてください、とでも言われた気分。

 やっぱり、タイチの所へ行かないとダメみたいだ。

 封筒に文字が浮かんだ板を戻して、それを手に家を出る。

 鳥が鳴きながら飛んでいる。鳥の言葉なんてわからないけれど、なんとなく『もうすぐ夜が来るぞ』って言って回っているような気がした。



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