第12話 メインヒロイン

<オルト視点>


「すごいよね、オルト君は」


 原作主人公のルクスと話していると、ある少女が会話に入ってくる。

 その姿に、俺は目を見開いた。


「君は──ミリネ」


 ミリネ・サフィラス。


 明るい茶色のミディアムに、少し小柄な体型。

 前髪が長めで、表情を隠しているようにも見える。

 口調や態度も、少し自信がなさげだ。

 

 彼女は──原作メインヒロインの一人だ。


「名前、覚えててくれたんだ」

「あ、うん! そりゃ前の席だからね」


 ゲーム知識は隠しながら、返事をする。

 ミリネは俺の一つ前の席。

 成績順で言えば、下から三番目だ。

 

「ふふっ、嬉しいな」

「……!」


 控えめに笑うミリネ。

 やはり・・・というべきか、振る舞いはつつましいみたいだ。

 すると、先程の続きから言葉にする。


「すごいよね、オルト君は。初日に怒られてこの席だけど、あのレイダ様にも認められてて」


 初日の模擬戦後も、何度かレイダから対決の申し出があった。

 恐れ多くて一度も受けていないが、それが認められていると思ったみたいだ。

 だけど、ミリネの言葉は尻すぼみになっていく。


「私なんて、これっぽっちも……」

「……」


 サフィラス家と言えば、長い歴史の中で多くの聖騎士を出してきた。

 いわゆる名門の家系だ。


 でも、この席にいるということは、ミリネは落ちこぼれ。

 なんとか試験は合格したものの、芽が出ていないんだ。

 

 ここまではゲームと同じ展開だな。

 そして本来ならば、しばらくした後にイベントを開始する。


 でも──。


「やっぱり私、才能ないのかな……」

「ミリネ……」

「って、なんてね! 別に悩んだりはしてないから!」


 どう見ても作り笑いだ。

 初見プレイの時はよく笑う子だと思っていたけど、それは違う。

 ミリネは一人で抱え込んで、他に相談できないタイプなんだ。


「私は上なんて目指してないからーなんてね、あはは……」


 こうは言うものの、彼女の本家での扱いは散々だ。

 落ちこぼれだの、我が子ではないだの。

 周りが才能にあふれるからか、かなりの差別を受けている。


 その表情に、俺は考えてしまう。

 答えを知りながら、この悲しい顔をさせておくのは正解なのだろうか。

 ……いや、俺にはそうは思えない。


「ミリネ」

「え?」

 

 確かに俺はレイダ推しだ。

 でも、ここは俺が愛したゲームの世界で、メインキャラにもみな愛着がある。

 ミリネのイベントが始まるまで放置なんて、あまりに可哀そうだ。


 そもそも、イベントがちゃんと進行するかも分からない。

 それに賭けて、悲しい顔をさせておくのは俺には辛かった。


「放課後、時間あるかな」

「ど、どうして?」

「一緒に神力の修行でもしないか」

「……!」


 ミリネは驚いたような顔で、たずね返してくる。


「……い、いいの? 私なんかと」

「もちろんだよ」

「でも、オルト君の時間が無駄に──」

「俺がやりたいんだ」

「……!」


 ミリネはどこまでも自己肯定感が低い。

 このやり取りも、優しさと自信の無さゆえだ。

 でも、そこを改善すれば、彼女はちゃんと強い・・


「じゃ、じゃあお願いしても、いいかな」

「もちろん!」

「……嬉しい」


 ミリネはぼそっとつぶやく。

 ならばとルクスにも目を向けるが、ルクスは残念そうな顔を浮かべた。


「今日は寮の掃除当番だよ……」

「はは、じゃあ今度な」

「うん!」


 こうして、ミリネとの修行が決まった。


 ただ、この時の俺は気づかなかった。

 この様子をレイダがじっくりと見ていたこと。


「……アイツ」


 そして、そのレイダが嫉妬しっとの目を向けてきているなんてことは──。






 第九修練場。


「──神器具現化マテリアライズ


 俺の手に神力が集まり、武器を形作る。

 手に馴染なじむよう現れたのは、一本の剣だ。


「これが俺の神器だよ」

「わあ~!」


 俺の神器は、今は・・何の変哲もない剣。

 それでも、ミリネは目をキラキラさせていた。


「オルト君、やっぱり神器具現化マテリアライズできたんだ!」

「ま、まあね」

「どうしてレイダ様の模擬戦では使わなかったの?」

「……」


 “推しに武器を向けるべからず”。

 レイダ教の教えがあるとはとても言えない。


「まだ実戦の扱いには慣れなくてさ」

「そっか。でも、具現化できるだけでもすごいね」

「ははっ、ありがとう」


 なんとか誤魔化ごまかせたみたいだ。

 すると、ミリネも早速神力を操作し始めた。


「どうしたら具現化できるんだろう」

「……」


 ここで直接たずねないのがミリネらしいな。

 なんて思いつつ、再度考えてみる。


 神器具現化マテリアライズに必要なのは、“出力”と“制御”。

 出力は、武器を形作るだけの神力を出せるか。

 制御は、出した神力を武器の形に保てるか。


 でも、名門家系だけあって、一般知識は学んでいるはずだ。

 それに、その二つは揃っているように見える。


「神力は出せているのに……」

「ふむ……」


 だったら、何が原因なのか。

 その答えはすぐに出た。


「どうやったら、家のみんなみたいにが出せるんだろう」

「……!」


 なるほど、そういうことだったか。


 ゲーム本編ではこの後に授業で気づいていたのか。

 ここの心情は語られていなかったな。


「ミリネ、君は──」

「ちょっと邪魔するぜ~?」

「「……!」」


 だけど、ふいに修練場の扉が強引に開く。

 入ってきたのは、複数の上級生だ。


「おっと。誰かと思えば、あの・・サフィラス家のミリネじゃねえか」

「……っ!」

「落ちこぼれが修練場でやることあるんですか~?」

「そ、そんな……」


 名門だけあって、ミリネは有名人だ。

 ただ、良い意味ではない。

 家系の知名度が拍車をかけ、ミリネは“落ちこぼれ”と悪い方向で噂になっているんだ。


「そこまで名門に生まれて落ちこぼれとか、逆になり方を教えてほしいぜ!」

「「「ギャッハッハ!」」」

「うぅ……」


 こんな時でもミリネは言い返せない。

 だったら、ここは俺が。


「上級生ですね。修練場は他にもたくさん空いていると思いますが」

「あ? 誰だてめえは」


 すると、今度はこっちが標的になる。


「俺達はここを使いてえんだよ!」

「さっさとどけや!」

「落ちこぼれとつるむってことは、お前は落ちこぼれか!」


「……」


 なるほど、こいつらは修練場を使いたいわけじゃない。

 ただミリネをバカにしにきただけ。

 日々によほどストレスがあるのか、鬱憤うっぷんを晴らしにきたってわけだ。


「……三下だな」

「あ? てめえ、なんつったァ!」

「!」


 すると、一人が神力弾を放ってくる。


「きゃあ!」

「大丈夫か」

「オ、オルト君! ありがとう」


 俺が難なく跳ね返すが、今のは危険だ。

 何もしなければ、ミリネに当たっていた。


「……一線を越えたな」


 これはレイダが絡まれた時とは違う。

 明確に正当防衛だ。


「良い機会だ。ミリネ、君に教えるよ」

「え?」


 上級生たちを前に、俺は神器を構えた。


神器具現化マテリアライズってものを」

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