第6話 体が動いちゃった男

 試験時間、残り十分。


「さすがだな、レイダリン・アルヴィオン!」

「……ッ!」


 軽い会話を交わした後、レイダとヴァリナがぶつかる。

 【蛇剣】を片手に、ヴァリナが一方的に迫ったのだ。


 そんな様子を、陰からこっそり覗いている者がいた。

 試験中に人を見守る者など一人しかいない。

 他でもなく──オルトだ。


(大丈夫かな……)


 オルトがレイダの様子を覗き始めたのは、三十分前。

 ちょうど彼女が接敵しなくなった頃からである。


 完全にアウトなストーカー行為だが、オルトが完璧に気配を消している為、レイダは全く気づいていなかった。


「どうした、そんなものか! ここには私とお前しかいないのだぞ! 自分の力で切り開いてみせろ!」


 その気配には、ヴァリナも気づいていないほどである。

 ヴァリナほどの者なら、神力操作で周囲を“探知”できるだろう。

 だが、それは逆もしかり。


(神力の練習しといてよかった~)


 オルトほどの者なら、神力操作で“隠密”も可能なのだ。

 身体強化など、基礎的な神力の扱い方を覚えた後、オルトは真っ先にこの“隠密”を身に付けた。


 全ては、この推しの戦いを見るため。


(ここはゲームでは明かされない所だからな。見逃すわけにはいかない!)


 ゲームにおいて、試験はチュートリアルの部分。

 主人公を動かしている為、他の者がどうなっているからは知る術がない。

 ゲームオタクにとっては、何としても見逃せないイベントだったのだ。


 そんな中、二人の戦いは転換点を迎えた。


「できるのだろう、神器具現化マテリアライズを」

「当然よ……!」


 ヴァリナの挑発に乗り、レイダは神器じんぎを解放する。

 神力により、咲き乱れた紫色の桜が剣を形作った。


(きたああああああああ! レイダたその【おう】だああああああ!!)


 画面に穴が空くほど眺めてきたレイダの神器だ。

 それを生で見られて、興奮しないわけがない。


(桜のエフェクトもかっけええええええ!!)


 歓喜のあまり、つい気配を出しそうになる。

 それはギリギリぐっと抑えたが、興奮は冷めやらぬままだ。

 しかし、レイダの状況は好転しない。


「淡いな」

「くっ!」


 レイダが一方的に押されているのだ。

 そんな様子に、オルトは不安になる。


(え、大丈夫だよね……?)


 ゲーム通りに進めば、レイダは“首席合格”となる。

 手を出さなければその通りになると思っていたが、予想外に苦戦しているのだ。

 レイダを溺愛できあいするオルトには、ネガティブな感情が生まれる。


(おいおい、このままだと危ないんじゃないか!?)


 レイダが不合格となる。

 もしそうなれば、世界線を変える原因があったことになる。

 何かイレギュラー・・・・・・が発生したということだ。


 この世界に本来存在しないもの。

 つまり──オルト自身だ。


(え、これ俺のせい!?)


 学園にいるはずのない自分が受験したことで、レイダが不合格になる。

 オルトはそんな最悪の展開を考えてしまった。


(危ないのか!? いや、大丈夫なはず! いや、でも……!)


 ここで手を出せば、ストーリーは確実に変わる。

 だが、すでに変わっている可能性すらある。


(どうしよう! ストーリーが変わってしまうのはヤダ! でも、ここで助けないと……!)


 オルトの頭は混乱する。

 推しを想うからこそ、慎重にならざるを得ないのだ。

 だが──


「貴様の受験はここまでだ」

「……っ!」


 最後に目に映ったのは、推しが苦しそうな姿。


 ヴァリナが【蛇剣】をふくれ上がらせたのだ。

 それを見た途端、オルトの体は考える前に動いた。


「なにっ!?」

「……ッ!?」


 結果、そのまま二人の間に飛び込んでしまった。


「……体が勝手に動いちゃった」


 唐突に現れたオルトに、ヴァリナはとっさに距離を取る。

 自身が神力で強化させた【蛇剣】。

 それを、オルトは手刀で弾いたからだ。


「何者だ?」

「あ、いや、えっと!」

「……」


 オルトを上から下まで見つめ、ヴァリナは顔をしかめる。

 レイダを筆頭に、期待の受験生は抑えているはずだった。

 だが、オルトの顔には見覚えがない。


(どこかの貴族……というわけでもなさそうだが)


 貴族でも、何かで名を上げた者でもない。

 ヴァリナが把握していないということは、受験の年まで一切知れ渡ってこなかった者である。


 それでも、今の動きは見逃せなかった。


(こいつ、相当できる)


 ヴァリナが思考を巡らせる中、レイダも目を見開いていた。

 レイダには見覚えがあったのだ。


「ア、アンタ……」

「え?」


 朝、不思議な視線を向けて来た張本人だったからだ。

 当時の感情の正体は掴めないままだが、今は時間が無い。


(一人で戦って負けるぐらいなら……)


 レイダは人を信じていない。

 だが、ここで試験に落ちれば何も残らない。

 

 難しい二択ではあるが、“視線を不快に感じなかった”。

 レイダはその自分の直感・・・・・を信じることにした。

 

「誰か知らないけど、手伝いなさいよ」

「……!」

「あの教官をぶっ倒すために」


 口調はやはり強い。

 だが、これこそがレイダだ。

 むしろオルトは、ツン具合に感動しているほどである。


(推しからの提案……?)


 ここで手を出せば原作から外れる。

 余計なことはしないほうが良いんじゃないか。

 そんな考えは、すでに頭になかった・・・・・・・・・


「喜んで!」


 推しからの提案には、思考など必要ない。

 考えるという工程をすっ飛ばし、脊髄せきずい反射で口が動いていた。

 心の中では、すでにサイリウムを振っているほどである。


「はっはっは! 面白い!」


 試験時間残り五分。

 レイダとオルトが共闘を開始した──。

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