東の空が明ける時、私は。

松下一成

第1話 メイドのクラッキー

 あるところに国が有って、そこにはお姫様が住んでいました。名前は「ミリー」と言います。


 ある時、自分の両親。つまり国王と女王に税金の使い込みが発覚。これに怒った人々は国王と女王を捕まえて、罪を償うために働かせることになります。


 そしてお城にあったお宝は国民の手によって回収されていくことになります。それをじっとミリーは見つめていました。


 持ち去られた宝物庫の中には何も残っていません。ミリーは膝をついて手を床に伸ばすと隙間に入っていた有るものを引きずり出します。


 それは何の変哲もない木の棒でした。


 ミリーはその棒を見つめると


「全く!物の価値をわかってない奴ら!こんないい感じの木の棒よりもキラキラした宝石の方がいいのかしら!」


 とプリプリ怒ったのです。


 お気に入りの棒を手に入れて振りまわしながらもう誰もいないお城の外をうろつくことにしました。


「一国一城の主、これが憧れ・・・・」


 自分の家を持つことが憧れであることは何となく知っていたミリーはここで優越感に浸ることに。


「この歳で・・・ふふ」


 何がうれしいのかは分からないし、多分、その意味も分かっていないのであるが、なんかその響きに憧れていてそれが手に入って喜ぶことにした。その喜びのせいなのかしばらく調子に乗って木の棒を振り回していると手から棒が外れて茂みの中に飛んでいってしまった。


「いてっ」


 茂みの中に誰かいた様子。木の棒を当ててしまったミリーは慌てて駆け寄り、こっそりとその中を見るとびっくりした。


「大きい犬ね」


 そこには真っ白な毛でおおわれたものすごく大きな犬がいた。どうやら棒は犬のお腹に当たった様子だった。


「ごめんなさいね、犬。痛くなかった?」


 すると犬は答える。


「ふふっ、犬は歩かなくても棒に当たる。とはまさにこのこと、面白い。是非とも仕えさせていただきたい」


 そういうと犬はミリーに対して頭を下げた。


 これにはミリーも困惑。


「いいけれど、私、猫派なのよ、相容れないわね」


「・・・そうですか、猫派。今から犬派になりませんか?」


 そう犬が提案するとミリーはあっさりと


「いいわよ。じゃあ私は今日から猫派であり、犬派ということにします!」


「有りがたきお言葉」


 犬はまた頭を下げ、そしてミリーを自分の背中に案内した。「重くないの?」とミリーが心配して犬に聞くと「全く重くありません。国王と女王の不倫よりはずいぶんと軽いですね」と答えた。


 さて、こんな調子ではあるもののミリーは両親と離れて暮らすことになる。割と国民はまともだったため「ミリー様に罪はない」とのこと。


それで今後のことを色々と議会で話し合った結果「国王の血を引くものが居ないと後が面倒になりそう」とのことで仮の住まいを用意してくれたのである。簡素な木造のアパート。その一室がミリーに与えられることになり、掃除や食事などをしてくれるメイドさんもいる。


 けれどミリーに何も罰を与えずにおいた本心は誰も責任を取りたくないからである。国の運営なんか大変でしょ?その責任を取りたくはないじゃないですか。


 とりあえずほとぼりが冷めるまではここに住むことになった。


 部屋のベランダの窓を開け、外を見るとそこには庭が見える。


「ねえ犬。あんたは室内がいい?それとも外?」


「私は・・・そうですね、日当たりのいい2階の端の部屋がいいです」


「そうなの?」


「ええ。構造上窓が多くなりますし、それに隣接する部屋も横と下で2つだけになります。ミリーさまはうるさくしないタイプだと思いますが、音も気になりますし」


「存外に神経質なのね」


「そうです、だって私は動物ですからね。環境が大事なのですよ」


「そう・・・」


 あきれ顔で犬に2階の部屋を与えるとミリーは自分の部屋に戻ることにした。途中外階段を降りるとき、ふと目に入ったものが有った。


コンビニである。


 ポケットの中をまさぐるとお金を発見。それを手にとりあえずコンビニへ。


「い・・いらっしゃいませ」


 コンビニ店員はミリーの顔を見るとびっくりした。そりゃそうよ、テレビとかネットでよく見る顔が目の前に来たのだから。


「いいね。コンビニ」


 実は過去にミリーは何度も城を抜け出してコンビニに来ることがあった。お気に入りはカップ麺の棚にある少し高めのやつ。


 それを購入するとふとあることに気が付く。


「そうだ、犬のご飯」


 早速メイドに電話をしてペット用のご飯をお願いすることになったのだけれど・・・。


「もしもし?ミリーだけど」


「ミリ―様?・・・何の用ですか?」


 電話の向こう側で「カチっ」とライターをつける音がした。


「あんた、今どこなの?クラッキー?」


メイドの名前は「クラッキー」。同僚にはクッキーという愛称で親しまれていたものの、そのイメージとは程遠いほどに性格は超適当。業務そっちのけで居酒屋とかカラオケとかに行ってしまうようなメイドである。


「今ですか?そりゃもちろんお嬢様のお引越しの荷物を運んでるんですよ」


「あら、ご苦労様。ねえ、お願いなんだけど犬のご飯を買ってきてくれない?」


「犬飼うんですか?うれしいです!でかいですか?」


「まあ、でかいわね。態度も含めて」


「そうですか!分かりました。買っていきます」


 電話口でウキウキな口調に変わったと思ったらすぐに電話を切られてしまった。


 とりあえずカップ麺とついでに買った飲み物の入ったコンビニ袋を持ったままミリーはそこら辺を見て回ることにした。


「学校、公園、家、それからなんかの事務所・・・」


 何の変哲もない住宅街である。それを見渡すとあることに気が付く。


「これ、ここで暮すなら車とか自転車とかいるんじゃないかしら?・・・原付でもいいけど」


 そう、買い物をする場所がコンビニ以外に見当たらないのである。スマホを開いて地図を見る。


「・・・あることにはあるわけね。ホームセンターとかスーパーとか」


 お姫様ならメイドが全部やるのではないか?と思う人もいるかもしれないがクラッキーはそんな気の利くメイドではない。というかいつも居るタイプのメイドではないのである。


「他のメイドは別の仕事に就いたからなぁ」


 国王と女王がこの後どうなるのかわからないのもあるし、ミリーも今後どうなるかは誰もわからないし知らない。一応、仕事のようなものは来るとのことだったのだけれど、今までのように何人ものメイドや執事を雇っておけるほどではなかった。


 だからそれまでいた人たちは別の場所へ就職することになってしまった。


「とりあえず帰ってカップ麺でも食べよう」


 自分の家に帰るとちょうどトラックが止まっていた。おそらくクラッキーだろう。2階の部屋のドアが開いている。


「ミリー様!かわいいですね!こいつ!」


 ドアから中を見るとクラッキーは犬を撫でまわしながらドッグフードを出していた。


「あなた、犬派だったっけ?」


「いえ、別に派閥は有りません。だからお城でも浮いてました。国王派か女王派とかめんどくさくて」


「いや、そういうことじゃなくて・・・」


 でも彼女を連れていくと指名したのはこれが理由でもある。繋がれる鎖を嫌がり、馴れ合を嫌がり、そんな彼女を城の中にある喫煙所で何度も見かけたことがあるから。


彼女はミリーが憧れた自由な奴なのである。

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